03
内部情報を閲覧してから、やはりどうしても会わねばならない人がいると思いすぐに電話を入れた。
メイ主任の名前を借りて、つないでもらう。
キサラギはデスクにいた。
「あ、メイさんじゃないや、久しぶり~誰かと思ったら」
名前は言わないで、と制してから「すぐ会えない? 外で」と聞くと
「いいですよ、オレからも聞きたいことある」
幸運にもすぐ、捕まった。
「東京に出張」ホワイトボードに書いて即、出動。
指定の喫茶店には、二人の男が待っていた。
「ボビー、どうしたの?」キサラギは立ち上がりかけた。
「髪、切ったんだ、それにそのスーツ」すっかり爺むさいかしら?
「いやあ、ボビー、オトコだったんだあ」
「失礼しちゃうわね」それでも久しぶりに握手。「こちらは?」
「本部特務課のヨンジュです」軽く握手。
「お名前だけは伺ってるわ、彼から」
「サンライズ・リーダーに会ったの?」キサラギは心から驚いている。
「ねえ」ボビーは低い声でまず聞いた。
「まずお互いの情報交換しましょうよ、一体何が起こっているの?」
サンライズ・チームとして彼らに与えられた任務は、行方不明人の捜索だった。
その名は深澤寅之進。現在36歳、フカサワ・コーポレーションの社長室長だった。
現在の社長は深澤信子、彼の母親。創業者でもある先代社長はトラノシンの父、深澤末男。彼が病気で亡くなり、すぐに信子が社長に就任、その時に長男のトラノシンを室長として会社に迎え入れた。
信子は元々経理部長として社長を支えていたので経営については一通りのことは判っていたが、体調も安定せず、社内の派閥争いも絶えないため早くトラノシンに社長職を譲りたがっていた。
しかし突如、トラノシンはオフィスから姿を消した。
「さらわれた様子はなかったんだって。自分のデスクの上に、いつも着ているスーツと履いている靴、携帯電話と時計、それに『辞表』が並べて置いてあった」
キサラギは、ボビーが来て明らかにほっとしているようだった。
「オフィスが新橋にあったのを一部新横浜に移転していたので、本部と支部とのジョイント任務になった、そう上からは聞いてる」
キサラギ、少し太ったわね、でも前みたいに目が泳いでないわ。聞きながらもボビーはつい、彼を観察してしまう。
「トラノシンの目撃情報が取れたのが、北区の末松町だった」
ホームレスの恰好をして、ハローワークの列に並んでいた、という社員が出てきた。
その社員はたまたま近所を自転車で走っていた時、ふと目が合って
「室長?」呼びかけたところ、列の前後を突き飛ばすように、だっと走って逃げてしまったのだと言う。
「そこでまず、サンライズ・リーダーに潜入調査が命じられたんだ」
「どうしてそこの若い子がやらなかったの?」ボビーに冷たい目を向けられ、ヨンが首をすくめた。キサラギがあわててとりなす。
「いや、もちろんヨンは自ら志願したんだ、オレやりますから、って」
そこに本部の技術部長が口を出した。
ヨンはバックヤードだ、潜入はリーダーに任せろ、と。
「部長?」サンライズのことを毛嫌いしていたあのナカガワはすでに西日本支部の一拠点に所長として異動となっていた。
まあ、上層部の派閥争いに敗れて事実上の左遷という噂だったが。
「もうナカガワはいないじゃない」
そう言うボビーに、ヨンが厳しい顔を向けた。
「今度のラチ部長が、また輪をかけてイヤなヤツなんです」
ボビーはナカガワに直接関わったことがなかったが、少しくらいは話を聞いたことはある。 そのナカガワを追いやったくらいだから、かなりの逸材か、かなりの悪人なのだろう。
「今回の任務も、急に中止命令を出したのが部長だった」
言いかけたキサラギ、ボビーにきっと睨まれた。
「どうしてそれがサンライズに伝わってないの?」
キサラギははっと身をおこした。
「あの人は任務放棄した、そう聞いてる」
ヨンと顔を見合わせてから、またボビーを見た。
「伝わって、ないって?」
「まだ末松町にいるわよ、路上生活で」
キサラギとヨンは数秒は固まっていた。たぶん、戦闘時ならば二人ともすぐに撃たれて死んでしまっているだろう。
「……トラノシンが横浜に移ったかも知れない、というのも知らないとか?」
「データが一番古いのしか見られなかった、とは言ってた」
ボビーは指を組み合わせた。
「ワタシが調べた限りでは、ヨコハマとはあったけど場所が判らなかった、先週末のデータまでは見られたけど」
「見たんだ、すごいな」
まさかシヴァまでついているとは知らないキサラギ、懐からメモの切れ端を出した。
「じゃあこれは知ってる?」
手書きの文字で『中区鶴賀山町1―25 ハローワーク鶴賀ワークセンター 大矢』
携帯の電話番号まで記されていた。
「この職員に以前シゴト絡みで貸しがあったんで、一応トラノシンのデータを送ってあってね、万が一窓口に現れたり登録したりしたらすぐ連絡くれるよう頼んであったんだ」
もしかしたら彼かもしれない、という男が窓口に来た、と情報をもらったのが今週に入ってすぐのことだったという。
しかし任務はリーダーの放棄で中断されており、部長判断でこれ以上の捜索は不要、と言い渡されていたのだそうだ。
「それでも何となく気になって、メモを捨てずにいたんだけど」
「キサラギ~」ボビー、つい彼に頬ずり。
「アンタ、使えるようになったわねえ、オネエサンうれしいわ」
「や、やめてくれよぅ」
一応、後輩の前なのでかなり虚勢を張ってはいるが、やっぱりキサラギは昔のキサラギだった。顔を真っ赤にして身を振りほどき、頭を掻いている。
ヨンはもう目が点。それでもようやく気を取り直して咳払いした。
「じゃあ、リーダーは任務放棄したわけではないんですね?」
「当たり前じゃない」
彼に限ってそれは考えられない。それはワタシがよく知ってるわ、とボビーは小鼻を膨らませる。
「何も知らされずにずっとホームレス生活してて、一人で捜索を続けてたんですか?」
信じられない、と何度も首を振っている。
「カイシャへのアクセスコードも彼には内緒で変更されてたのよ」
「あの部長」ヨンの目が凶悪になった。
「絶対にこのカタキはとってやらないと」
キサラギも口を引き結んでいる。
「それに早くリーダーを助けないとな」
問題は、どうやって社内に戻すか、だ。
それでもこの会見の内容は極秘、ということで彼らはそれぞれの持ち場に散った。