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 01

 横浜市立みどり丘第一小学校、子どもたちの元気な歓声が正門の外にまで響いてくる。

 ボビー、今日は短髪を黒く染め、黒ぶちの眼鏡に顔立ちもやや変えて、地味なグレイの背広に身を包み、おずおずと校内へと足を踏みいれた。


 正面の玄関、縦長のホワイトボードに

『一、二学年父親参観 ☞ ありがとうございます』というのが立っていた。

 すでに数人、事務室前の廊下から階段付近まで何人かの姿が見えた。そのあたりの掲示物を一通り眺めているらしい姿も見えた。

 簡単な説明では、シイナ・トシユキとシイナ・マサユキは別々のクラス、トシが一組、マサが二組とのことだった。

 どちらも一年ということで、教室は一階。ここからずっと奥に入っていった方らしい。

 給食が済んで、今は昼休みらしく時折、子どもらがうれしそうに玄関先をのぞきに来るのがみえた。

 まどかには一度だけ会ったことがあるが、双子はまだ見たことがなかったボビー、それでも写真はちゃんと手に入れてどちらがどちらか、間違えないようには頭の中で整理していた。

 トシユキは目をぱっちりと見開くクセがある、落ち着きがないが愛想もいい。

 マサユキの方が線の細い感じで、伏し目がちにしている事が多い。

 同じような双子でも、やはり身内には違いが歴然としているらしい。

 それにしても、とボビーはかすかに鼻をうごめかせた。

 給食の後だからか、曇り空だからか、少し古くなった食パンのような匂いが建物の中にこもっている。それに、上履きの匂いとまだ幼いような甘い汗の匂いが混じり合い、独特の子ども臭さを放っている。

 この匂いが、ニガテなのよねえ、地の表情が出ないように気をつけながら、さりげなく鼻を覆う。匂いもそうだけど、この子どもたちの声がキンキンと響くのも苦手。

「あれ、」急に横の方からよく響く声で急に話しかけられた。

「トシくんの、お父さんですよね」

 かなり年配な感じ、白髪が多く、日焼けした顔に大きく笑みを浮かべている。

「はあ……」いきなり、顔見知りに会ってしまったわけ、シイナタカオ?

「ワタシ、ヒロカワ・ダイキの祖父です」いやはやお世話になっております、と近づいてくる。あわてて、頭の中のにわか仕込みのファイルをめくる。トシのクラス、いたかも、ダイキはたぶん、スポーツクラブの友だちだ。

「あの……スポーツクラブで」

 そうですそうです、とうれしそうな祖父。かなり若い感じ。

「いつもトシくんと仲良くしてもらってまして、時々遊びに行かせてもらったり」

「そうですか」頭をかく。これはよくリーダーがやってたな。

「すみません、シゴトが忙しくて小僧のコトは女房にまかせっきりなものですから」

 言いそう、これも。しかしこの人に会ったことあるのかな?

「すみません、人の覚えが悪くて全然」少しずつ後ずさりする。

「いえいえ、ワタシもですよ。前に一度、体育館の駐車場で御挨拶しただけだったんで」

「あ、ああ」何となく覚えているようないないような、というあいまいな笑みを浮かべながら、さらに後ずさる。

「またよろしくお願いします、あ、すみませんこの後まだシゴトがあるので先に教室をのぞきに行ってきます……まずマサの方を」ついて来られないように予防線を張ってから、にこやかなままダイキの祖父と別れる。

 ようやく振り切れた。しかしこんなに会話までしてしまうなんて。声が似ていたかどうかは自信があまりない。作りこむのに時間が少なすぎたせいもあるし、子ども二人分のデータを一通り記憶しておくのにかなり手を焼いてしまった。

 それでもあまり疑われていなかった、と思いたい。ふう、とサンライズ的ため息を一つ、ついてみた。うん、これは会心の出来だろう。

 その時急に、どしん、と背中にショック。

「何?」がばっとふり向くと、なんとそこには子ザルが一匹

「父さん、やっぱり来てくれたんだあ」やばい、めちゃくちゃ至近距離。

「マサ、やっぱオレの勝ちね」何と、後ろにもう一匹、いや一人。

 少し離れた位置からやや上目づかいにこちらをみている。

「オマエら……」こういう時、彼なら何とリアクションするのか?

「勝ち、って?」

 抱きついていたトシが指でマルを作ってみせる。何と、父親が来るかどうかを賭けていたらしい。「十円もうかった、イェイ」

「あのさ……」ホント、何と言うべきか、それとも言わざるべきか。

 そこに救いの神が登場。

「こらトシくん」若い女性教師が教室からのぞく。

「もう始まるよ、早く席について」

「やっべ」トシはあわてて教室に飛び込んだ。

 ボビー、マサと向かい合う形になってしまった。しかたなく小声で

「オマエも教室に入れ」

 と声をかける。

 彼はまだうつ向き気味だったが急にはっとするような目で彼を見つめた。この目、リーダーと同じだ。

 永遠とも思える一瞬の間。そして、マサは小声で彼をこう刺した。

「ちがうよね」

 え? 何が? 聞こうとする前に、彼はだっと自分の教室に駆けこんでしまった。

 もう十分でしょう、後はジャッジに任せたい。かかなくていい汗かきながら、玄関に戻ろうとする所をまた

「あのぉ」今度は出席簿を抱えた年配の女性教師から声をかけられた。

「シイナさん、でしょうか?」

「はあ……」

「二組のマサユキくんの担任です、ハナゾノと申します」

 あ、どうも、と口の中であいさつをする。これ以上何が必要なの? もう。

「実はちょっと……マサユキくんのことで御相談が」

「すみません」また頭をかく。「すぐ仕事に戻らなくては……」

 彼女は少し途方にくれたようにすみません、と謝ってから

「どうしましょうか後日でもよろしければ」うんそれがいいわよ、とボビーも賛成。

「また家に電話をください。都合をつけますから、近いうちに」

 では、とあわてて玄関へと向かい、学校を出た。

 どんな任務よりも冷や汗ものの15分間だった。


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