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 02

空しく日々は過ぎていく。すでに九月に入っていた。

 常にすきっ腹をかかえ、体の痒みとたたかう日々だった。


 集団があまり利用しないゴミ捨て場が、縄張り内に数ヶ所残されている。

 以前住民と大きなトラブルがあって避けられている所とか、ごく最近できたばかりでまだ内容が安定していない場所とか。今のところは、そこが彼の『狩り場』だった。

 ビニル袋に詰められた残飯の寄せ集めを拾って食べられる所を選んだり(捨てられたらすぐ拾うのが、匂いをあまり気にせず食べるためのコツだった)、賞味期限の切れたらしいお菓子の袋を拾ってきたり、少し傷んでいるものの丸のままの果物や野菜を急いで拾い集めて、飢えをしのいでいた。

 二回ほど、家庭菜園のトマトを盗んだこともあった。

 たまたま、塾帰りの小学生が食べかけのサンドイッチを落とした瞬間を見つけ、その子の目の前でそれを拾って逃げたりもした。

 もう、恥とか体面とかを考えている余裕もない。

 体を洗う適当な場所は、見つからなかった。

 仕方なく、タオルシーツのボロ布を常に持ち歩き、噴水のある池や川のほとりで休んでいるフリをしながらそれを水にひたし、軽く絞ってからヤツらにバレない場所まで持ち運んで、こっそり体を拭いていた。


 ヤツらに、それとなく見張られているのにも気づいていた。

 彼があまり『縄張り』を荒らさないように、ずっと警戒しているのだろう。もちろん常に、というわけではないが、気がつくと、向こうから黒い顔がじっとこちらをにらんでいたり、寝床がわざと判るように動かされていたり、ということもあった。

 任務のために、ハローワークに是非とも入りたかった、が、そこには常にヤツらの目が光っており、一歩でもフロアに入ろうものなら数人が壁のように立ちはだかり、ジャマをするのだった。

 そのくせ、誰か一人を捕まえて話を聞こうとすると、みんなするりと逃げ隠れてしまう。彼と口をきこうとするものは、皆無だった。


 雨が続くと、どうしようもなく落ち込んだ。

 二十四時間、見張られているような錯覚。かなり神経が参っている気がする。

 いつもならばもっと積極的に次の手を考えるはずなのに、なぜか後ろ向きな気分ばかりで押しつぶされそうになっている。

 大きな橋の下、公園のレストコーナーなどは集団に占領されている。人目の多い駅構内では、やはり個人は狙われやすい上に、酔っぱらいに絡まれたりして落ち着いていられない。しかたなく、閉店した店舗の陰のじめじめした隙間に、拾ってきたボロボロのブルーシートを拡げて、何をするでもなく横になっていた。


 本来ならば他人に接触して、行方不明になった男の情報を辿らねばならないのに、このままでは自分が行方不明者の仲間になってしまう。

 更に恐ろしいのは……この自堕落な生活、案外快感なのかも、とつい頭をかすめてしまったことだった。何か、麻薬にも似た習慣性の空気に、気がついたら絡め取られていた。


どこからか、学校帰りの子どもたちの声が聞こえた。そこで急にスイッチが入る。

 ずっと約束していた、九月半ばの小学校父親参観日を唐突に思い出した。

 もちろん、任務のことは大切だが、双子の小僧らが小学校に上がって初めての参観、仕事は休んでも必ず行くよ、と由利香と子どもらと指きりまでしていたのに。

 さんざん悩んで、ついに、公衆電話にたどり着いた。

 他のホームレスは幸運にも視界に入って来ていない。

 またまたコレクトコール。覚えていた番号を告げる。今度はつないでもらえた。

「はい?」

「ボビー?」

 向こうの声が急に裏返った。「わぉ、本当にリーダーね、どうしたの?」

「頼みがあって電話した」

「公衆電話ね? 今お仕事中?」

「そう」あたりをキョロキョロしながら、声をひそめる。

「個人的なことで……聞いてくれないかな?」

「どんなこと?」

「オレの変装して、行って欲しい所がある……」

「えっ?」かなりな驚きよう。「どこに?」

 彼は更に声をひそめる。

「子どもの学校」

「えええ?」あまりな驚きよう。

「まどかちゃんの?」

「ちがう、小学校。息子の参観日にどうしても出なくちゃならないんだ」

「いつ」

「明後日」

「ねえ……それってアナタが自分で行くべきじゃないの?」

 こんな時に妙に気まじめに説教しやがる。

「行けねえからお願いしてんじゃん」

「とにかく一度、会えないかしら?」現在の様子を見てからでないと、化けられるかどうか分かんないし……と言うので密会の時間と場所を指定。

 夜中の11時半、末松町三丁目のセブンイレブン駐車場にて。


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