02
ホームレス生活を始めて一週間。
我が家には戻れない。
仕事が始まる前、しばらく留守にするから、と告げても由利香は
「はいはい、また出張ね」
と冷たい返事。まさか案外近い所に、しかもこんな有様でずっといようとは想像もすまい。
まどかは中学生になり、部活が忙しくなったのであまり問題はないが、双子の小僧どもが
「夏休みだろ? どっか連れてってよぉ」
と毎日うるさいだろう。その文句すら聞いてやれない。
今回の仕事は、本部からの依頼だった。何かの事情でそういうこともたまにはあるのだが、下につく部下も本部から貸し出す、と言われてサンライズは少し首をかしげた。
それでも、上の考えることにいちいち疑問を持っていたらこのおシゴトは立ち行かない、と持ち前の謙虚さがまず前面に出る。彼は任務を承諾し、本部へと向かった。
シゴト自体は案外単純、いなくなった会社重役をひとり探してほしい、というもの。犯罪に巻き込まれたという感じではないらしいので、きな臭さもあまり感じない。しかし、こんな内容をどうして本部にまで行ってやるんだ? と、そこも引っかかったが、もう受けてしまったものは仕方がない。
組んだのは本部の作戦課にいるキサラギ・ユウスケ、そして同じく本部特務の新人ヨン。
キサラギはずいぶん以前ペーペーだった頃、支部で組んで仕事をしたことがあった。
その頃には入社して二年かそこらでかなり使い物にならない若僧だったが、それからそれなりに修行も積んで、どうにか一通りの仕事はこなせるように成長していた。
「お腹周りも成長しましたよ」
最初にニコニコしながら握手したキサラギは、特務の若者を彼に紹介した。
「こいつ、コードネーム・ヨンジュです」
名前のせいか、なんとなく韓流スターのような優男にみえた。が、握手は力強かった。
「まだまだ詰めは甘いんですけどね」キサラギからそのセリフが出る日が来ようとは。
「サンライズ・リーダー、一緒にお仕事できて光栄です」
ヨンはかなり感動しているようだが、
「まあ……シゴトが上手く行ってからまた握手できるよう、がんばろう」
そうやんわりと言ってその手を離した。
キサラギのデータは、今度はかなり綿密だった。いなくなった男は東京の末松あたりでどうやらホームレス生活を送っているらしい、と情報にあった。その後特に大きな動きはない。
しかし、二、三週間目のある日。
何回目かのデータ確認のため、隠してあったケータイを出してきてアクセスしたとき、ひやりとした。何かおかしい。
捜している相手の履歴が、ずいぶん少なくないか? 何度もスクロールしてみる。
少ないはずだ、初回に見たデータに戻っていた。
その後、キサラギが細部まで調査を進めて内容をかなり充実させたはずなのに、そちらの詳細が全く見当たらなかった。
毎週二回ずつ確認するものなのでだいたい細部については記憶していたが、それでもデータは常に変化するし、新事実も入っているかも知れない。
どうしたことだろう? 夜中でも通じる本部コードにアクセス。
「こちらサンライズ・リーダー、チャンネルR‐01より。D‐01どうぞ」
「こちら本部D‐01」女性の声が機械的に告げる。
「月別コードをお願いします」そこで月ごと更新されるナンバーをプッシュ。が
「コード不一致。再度お願いします」との返答。
「え?」そんなはずはない。この番号は本部技術課の課長から直接聞いたのだ。
現に前回はこのナンバーでアクセスできている。
再度、コードを伝えたが「コード不一致」そう言って、通信が切れた。
ここではじかれたということは、本部の玄関先で門前払いをくらわされたのと一緒だ。
任務中なので簡単に電話もできない。通信機が使えているという前提で、普段どことでも簡単に連絡が取れるのだが、一番の大元が切られてしまっているのでは、オール電化で停電してしまったようなものだ。
所属の東日本支部に連絡を入れてみる。ここでも、普段ならばごく普通に通信コードを入力して窓口を通してでも、担当者本人に直接でも話ができるのだが、今は本部の仕事をしている関係上、とりあえず窓口の番号を選んだ。
ここもアクセスできなかった。
ひやりとした汗が背中を伝わる。
手持ちの金は今回補充してもらうつもりだったので、もう三十円程しかない。
テレカも一応持っているが、度数も少ないのでこちらも今回補充予定だった。
それでも仕方なく、近くのボックスまで歩いていって、まず本部にかけてみようとした、が電話の調子悪いようだ。カードが使えない。何度入れてもはじかれてしまう。
コインを入れるしかない。
コレクトコールで本部総務を呼んでもらう。ところが
「先方はお受けできません」とNTT。
「名前は言っていただけましたよね、アオキカズハル、って」
「アオキカズハルさまからの電話はお受けできないそうです」切れてしまった。
すぐに東日本支部の総務にかけてみる。
結果は同じだった。
どういうことだ? まるで悪夢の中に迷い込んだようだった。