01
[[節:]] 海の見える、だんだん畑。彼は一人で[[*鍬*くわ]]を振るっていた。
サンライズが近づいていくと、ようやく気づいたらしく少し目を細め、それから
「ああ」鍬に寄りかかってまっすぐ立って、彼を待つ。
「あれは、宮澤賢治でしたっけ」
「ああ……『下の畑に居ります』ね」ナカガワが、日焼けした顔をほころばせた。
彼がこんなにくつろいだ表情をしているのを、見たことがなかった。
「家が大きな農家だったんだよ、実家が花巻でね」
農業が辛くてイヤで東京に出てきたはずなのに、それがこんなに西の地でまた畑仕事をしようとは……と、彼はかなたに光る海をみていた。
「中尊寺支部長から、連絡はもらったよ」
海を見たまま、彼が言った。平板な口調だった。
「言っておくが、まだシェイカーが憎い」
「ちゃんと話をお聞きするように、言われました」
うん、と軽く汗をぬぐってから彼が木陰を指さした。
「秋なのに暑いな、あそこに入ろう」
日陰に入ると、ナカガワは少しだけ、かつての顔に戻った気がした。
しかし、ここには二人きりしかいない。聞けることは今、聞かないと。
「支部長と、チームを組んでいらしたんですね」
「ああ」ナカガワはちらりとサンライズの顔をみた。
「心を読もうとするな、と言ってもここでは無駄かな」
「スキャニングは、もうやめたんです」
訓練の後、耳が聴こえなくなった話をした。それからスキャニングの能力を封印したことも。
ナカガワは、ふうん、と遠くを見ながら返事をしていたが急にまたこちらを向いた。
「シェイクは、まだ使っているんだろう?」
詰問という風ではなかったが、目の鋭さにサンライズははっとなった。
「そうですね、たまに」
「そうか」手についた泥が乾いてきたのを、少しずつはがしている。
やがて顔を上げた時には、何かの決心ができたような目をしていた。彼はゆっくり話し始めた。
私は、リバー。本部特務課のチーム・ベリアルのレギュラーメンバーだった。たいがいはベリアル・リーダーと共に任務についた。二人きりの任務も多かった。
リーダーも私も、ネゴシエイター登録制度ができたばかりの頃、すでに一級ネゴシエイト資格を取っていた。だからかなり危険な仕事にもふり当てられた。
私にとって、リーダーは絶対だった。信頼しきっていた、彼に逆らうことなど考えられなかった。
例えばね……右と左に通路が伸びて、左は炎に包まれている。リーダーが、よし、左に逃げろ、そう言えばすぐに炎の中に飛び込んだ(その結果、今まだこうして生きていられるのだがね)。
毎日が生きるか死ぬか、それでも私はリーダーにどこまでもついて行こうと決めていた。
そんな時、チームに新人が来た。
名前は……一応アルファ、としておこう。彼は、シェイカーだった。
当時私はシェイカーの存在を知らなかった。アルファはそうだなあ、ちょっとあの、ライトニングだっけ? あの子を思い出させるような、人懐っこい性格でね、リーダーにも私にもすぐに打ち解けた。
その頃ちょうど、私にも恋人ができた。シゴトを離れることはまるで考えられなかった私が、急に、何となく他の生き方も考えるようになってきたんだ。
彼女は、もちろん私の仕事内容について知らなかった。キミも覚えがあるだろうが、女房や恋人に、全部正直に話すばかりがいいんじゃないってね……心配はかけたくない、と。
しかし決心はついていた。次の任務が無事終了したら、リーダーに言おう。特務から降りたい、と。
最後の任務で、運命が変わった。
私とアルファは、偽の情報に騙されて敵に捕まってしまった。まず、若いアルファから自白を迫られた、彼は耐えたよ。まだリーダーがどこかに潜伏しているはずだったので、それだけは隠しておかねばならなかったからね。
次は私の番だった。同じようにクスリを使ったようだったが、我々もだてに訓練しているわけではない、うまく質問をかわすことができた。
何も情報が取れない、と気づいて彼らは今度はアルファにこう持ちかけた。
「連れを尋問しろ。ソイツから聞きだすことができれば、ソイツは助けてやろう。
礼にオマエも苦しめずにとどめをさしてやる。何も聞けなかったら、二人ともなぶり殺しにするからな」
アルファは青い顔をしていた。クスリのせいで目がまだ泳いでいたが、判断力は十分あったのだと思う。私の頭を抱え、自分の額をつけた。何が起こるのか、さっぱり分からなかった。が、突然周りの空気がいっきに冷えた。目の前が暗くなり、自分の中から何か暖かいものが流れ出していくような感覚に陥った。
その感覚も酷かったが、アルファが語り始めた内容が聴こえて、更にぎょっとなった。ヤツは、私の心を読んで、そう文字通り読んでいたんだ。
任務の内容、メンバー構成とベースの設置場所、連絡コード……
アルファには知らせていなかった、リーダーの潜伏場所の座標も含まれていた。
やめろ、と叫んだが彼らに口をふさがれてしまった。なのに彼はずっと、私の言葉をしゃべり続けていた。どんどん、自分が空っぽになっていくのが分かった、大量に出血しているかのような、激しい虚脱感と真っ黒い絶望感。
廃人のようになっていただろうな、私も、もちろんアルファも。
横たわる私たちをまたぐようにヤツらは立っていた。
ヤツらは興奮していたんだと思う。なぜアルファが自白したのか、しかも他人の知っている情報を、それについては深く追求しようとはしなかったんだ。
すぐにコイツらのリーダーを捕まえよう、場所は判った、そう言っているのがすごく遠くから聴こえた。ヤツらが動き出そうとした、その時やはり遠くからだったが、よく通る声が響いた。すぐ判った、リーダーだ。
「捜さなくていい、ここにいるぞ」
そして立て続けにこう叫んだ。
「ブリトー、ママの所に帰れ。オマエは味方を全て撃ち殺して降参しろ」
マシンガンの銃声が響き渡った。何が起こっていたのか、全く見えなかったが気づいた時にはすでに、リーダーが近くにかがみこんでいた。
アルフアは、跳弾をくらっていた。左目と背中に。私をかばおうとしたのか、上に覆いかぶさっていたのにその時気づいた。彼がいなかったら、私に当たっていたかもしれない。しかし、私はまだ恐ろしくて震えていた。さっきのは何だったんだ?
その時、アルファが残っている方の目を開けてリーダーに言ったんだ。
「知ってる? リバーはもうチームを降りたかったんだって、このシゴトに入る前から」
続けて、私の方をみた。
「リーダーがもう、信じられなくなってしまったんだね」
違うぞ、言い返そうとした時、彼は大量に血を吐いてこと切れた。
私はリーダーを見た。
「外で話す」リーダーの表情は固かった。「立てるか?」
退避の最中も黙ったまま、肩を貸してくれた。安全な所まで出たとたん、私は気を失った。
シェイカーのことを聞いたのは意識が戻ってからだ。一週間も経っていた。