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 02

キサラギは危険覚悟で、数回ラチの動向も追ってみたらしい。

「本部から新橋へ何度か足を運んでいます。あと地下鉄に乗って霞が関まで数回」

 一度ははっきり、フカサワコーポレーションのある通りで姿をみたのだと。

 キサラギは更に、驚くべきこともやってのけた。

 末松町の路上生活者たちと直接接触し、『アオキ』という男を襲うように指示を受けていた三人を特定した。

 そして、彼らと直談判の末、元の指示者にずっと偽の情報を送り続けるよう、依頼したのだと言う。

「金額的にすんなり折り合いがついて、快く引き受けましたよ」

 その三人は、元々指示したのが誰かは言えないが、まだアオキが近くをウロウロしている、ということについてはその男に時々報告をする、と言ってくれたそうだ。

 アズマはアズマで、独自にフカサワの内部に斬り込んでいた。

 トラノシンは、社内で重要なプロジェクトに参加していた。

 彼の発案したソリューションシステムは、町工場から大小さまざまな一般企業、果ては国家にまで応用のきく、社内ネットワーク網の構築法としては画期的なものだった。

 現在世界的に開発が進んでいる携帯端末とPC機能を併せ持つ小型の機器をすべての社員に持たせ、情報の一元管理を行うというのが基本発想だった。

 スマートフォンと呼ばれるその小型機器のモデルを、トラノシンは実際にデザインしたらしい、現在各社が開発にしのぎを削っているが、コストパフォーマンスや応用性などどれをとってみても、十分に勝てる内容だという噂だった。

 パテントを取ろうと用意した資料を、しかし彼は封印したまま姿を消してしまい、その後誰も中身が確認できない状態なのだそうだ。

「この業界は、一日一時間、いや一秒でも早い者勝ちらしい、フカサワの営業部長が業を煮やして、ラチに個人的に相談を持ちかけたらしいんだ」

 普通ならば、行方不明者の捜索は警察か民間の興信所に頼むのが一般的だが、その営業部長は政府直轄の情報局に知り合いが多く、そのつてでラチを紹介してもらったのだそうだ。

 営業部長としては単純に、一刻も早く資料を手に入れるのが目的だった。

 しかし、社長の親心をうまく利用して、トラノシン捜索という表向きの理由を手に入れた。

「あの会社の技術部は、営業部に対してかなり敵対心を抱いているね」

 アズマはそんな話をサンライズに聞かせてから、どこの組織も似たような話はあるもんだが、と軽く言い添えた。


 サンライズは、持っていたプラ袋を少し上げてみせた。

「ヨン、朝飯食ったか?」

「いえ、でも買ってありますよ」

「ここで食って行っていいかな」

「もちろんですよ」

 二人して、小さな窓から差し込む朝の光のもと、コンビニで買ったおむすびをかじる。

「オレたちはさ、シゴトでやってるからいいけど」急にサンライズが顔をあげた。

「ずっとここに暮らし続けるのは、本当に孤独なもんだなあ」

 今は二人で飯を食ってるが、来てからの一週間は、一人きりのメシが続いたからね、とつぶやく。

「でもみんな、仕事がみつかれば出ていくんでしょう?」

 ヨンが言うと、サンライズは少し眉をひそめた。

「そういう単純な話なら楽だが、まず、長期の仕事がみつかるかどうか、それに生活が保障されるかどうか、保険とかもね。不景気だからいったんこういう所に流れてくると、なかなか抜け出すのは大変らしい。

 それにね、今は我々みたいな働き盛りで仕事に困っている連中よりも、高齢者や体の不自由な人たちが増えてきているらしいよ、ここに」

 個室で誰にも気づかれずに亡くなる人の率も高いらしい。

「トラノシンは、どういう思いで暮らしているんだろう?」ヨンが考えながら言った。

「と言うより、まだこの町にいるんだろうか?」

 ワークセンターの大矢のところも訪ねて話を聞いたが、あれからトラノシンの姿を見かけなかったそうだ。少なくとも、センターで仕事を紹介してもらっているわけではないようだ。

「コンビニも飽きたなあ」

 少し贅沢心が芽生えてきたサンライズ、ヨンにいたずらっぽく笑う。

「三ブロックほど向こうに、ホームレスでも気軽に入れる食堂があるんだ、街で活動しているNPO法人が別部門として運営している。昼はそこに行ってみるか?」

 温かい食事が案外安く食べられるんだって、オレはまだ入ったことないけど、どう? と誘われ、二つ返事で了解。

 ついて早々、なのにもう、人恋しくなってきたヨンだった。


 食堂は、思ったよりも彼らのようなオッサンは少なかった。

 サンライズが話していたように、高齢者の姿が目立つ。彼らは常連なのか、わずかな惣菜を前にして、ちびちびと箸をつけながら、スタッフの人たちと他愛ない会話を楽しんでいた。

 店は、家庭的な優しさに包まれていた。

 二人は、カレーライスとトン汁を注文した。初めての客なのにまかないのオバチャンは

「はいね、ゆっくり食べてってねぇ」

 親しげな声をかけて、とん、と絶妙の力加減でお盆を目の前に置いてくれた。

 アツアツのカレーライスとトン汁に、二人は舌鼓をうった。絶品、というものではないが、まさしく、家で食べる、あの味だった。

 ヨンが未練がましく皿をスプーンでこすっている。

 ごちそうさま、と二人は満足して外に出た。


 それから昼になると、二人は店に通うようになった。

 会社員ならばそれほど高いランチではないはずだが、さすがにこの町では贅沢の部類に入るのか、毎日通っているらしい人は高齢の常連さん以外はいないようだった。

 時々、「あのさ、食券もらったんだけどよ……」と、いかにも拾ってきたようなヨレヨレの券を見せながら入ってくる労働者風の人間もいたが、スタッフは

「ありがとう、じゃあ何食べる?」

 と声をかけて、かいがいしく水を運んだりしていた。

 何日か過ぎ、サンライズとヨンがいつものようにカレーライスを食べていると、急に厨房がにぎやかになった。

「届けてきましたよ」

「ありがと」

 誰かが出前にでも行ってきたのか、大きな四角い容器を棚に戻している。

「さて、皿洗うかな」

 来たばかりの男が腕まくりをしている。「何だか久々だね、皿洗い」

 その時、サンライズが立ち上がった。中のおばちゃんの声が続いていた。

「先にお昼食べちゃいなさいよ、トラちゃん」

「見ぃつけた」サンライズが、満面の笑みでつぶやいた。


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