05
駅の南口には、支部長の知り合いらしい小柄な男が、黒いカバンを手につっ立っていた。
「おせえぞ」蝉取りの約束をしていた小学生みたいな言い方だった。
「すまんすまん」ボビーを紹介して、「彼の所にいるんだ、行こう」
すぐに三人で歩き出す。支部長と似たり寄ったりで、やはり歩くのが速い。
部屋に入るとすぐ、ソファに直行。
「リーダー」ソファにはいなかった。「どこ?」
「こっちだ」
支部長が呼んだ。「ボビー、手伝ってくれ、足を持て」
トイレに行ったのだろうか、出てきたところで倒れたのか、彼が長くのびていた。
支部長と二人でソファに運ぶ。すぐについてきた男がカバンから消毒や注射のセットを出した。まず瞳孔を確認し、聴診器をあてて熱と血圧も測り、顔の傷を確認する。
「少し、あちらで待っていてくれや」
支部長とボビーを向かずにそう言うので、二人はバーカウンターに移動。
「何か飲みますか?」
「水をくれ」そう言うので、冷蔵庫からミネラルウォーターを出してグラスに注ぐ。
しばらくは支部長からの細かい質問に、用心深く答えていたがそのうち、二人とも黙りこんだ。
かなりたってから、男が呼んだ。「もういいよ、来てくれ」
サンライズの顔のばんそうこうは少しだけ、専門的な感じに変わっていた。
「縫う程じゃあなかった、体にも特に大きな傷はないし、折れてもいないようだ」
熱も、抗生物質を注射したのでじきに下がるだろう、あとはこれを、と飲み薬をテーブルに置いた。
「破傷風もやっといたから」
「助かったよ、ありがとうシゲル」
「キヨはいつも急だからよ」
相変わらず小学生のガキ大将のようだ。「ちとこっち来いや」
少し離れたところに支部長と何か小声で話をしている。が、間もなく
「じゃ、オレ帰るわ」ボビーに手を挙げて帰ろうとしたので
「下まで送ります」と立ち上がったら「ここでいいよ、ここで」さっさと帰ってしまった。
溜めていた息を吐いて、またサンライズの脇に座る。
「五日は薬を飲ませるように、と」
支部長がいつの間にか、近くに座っていた。
「熱はケガが原因ではないかも、と言ってた。ストレスから来る場合もあるそうだ。傷口は思ったよりキレイで、すぐ治りそうだと」
「ありがとうございます」
ボビーは立ち上がってまたカウンターについた。
「コーヒー、淹れましょうか」
「うれしいね」
香りたつカップを彼のもとに運んでから、急に気づいて
「あの」タクちゃんに一応連絡をしておかないと。
「ちょっと車に忘れものがあって……少し彼を見ていていただけますか」
「いいよ」支部長は特に時計を気にするふうでもなく、カップを口に近づけている。
ボビーは急いで地下の駐車場に向かう。タクちゃんが来るなら、まず駐車場を見張ればよかったんだ。
いつも黒いシビックを入れるスペースには、今はまだ車が入っていない。
携帯をかけてみる。つながらない。やだわ、どこかに置きっぱなしなのかしら?
今は支部長が来ているから絶対に来ないで、と連絡するつもりだったのに。
それでも少しここで見張っていればいいかしら? ボビーは油断なく、出入り口に目を向けていた。
ドアチャイムが鳴ったので、中尊寺は腰を浮かせた。
がちゃがちゃとカギを鳴らす音がしていたので、ボビーが戻ったのか、とカップを持ったままカウンターに向かう。
「今日はさ、車、パンクしてて」全然別の男の声に、中尊寺は立ち止った。
「電車で来たよ、そしたら」
カウンターの脇に立つ男に気づき、笑顔のまま彫像のように凍りついた。
中尊寺、彼の手にある白い薔薇を見た。それから、カウンターの上にあるグラスに挿してあった花を見て、今度は彼の顔をしげしげと見つめた。
「チュウさん」アズマが、息を吐くように言った。
「タクロウ……」また、薔薇の花を見比べている。
「いつからだ?」
「去年の冬から、かなあ」携帯が鳴っているのに気づいた。
「ちょっと待ってくれ」もしもし? 今どこ? ボビーの声が漏れている。
「今キミの部屋についたけど」あわてて電話を切る音が響いた。
「ふうん」中尊寺は、少し面白がっているようだった。
「ワタシの部下だって、知ってて付き合ってたのか?」
「冗談だろ」
アズマが大股でカウンターにやってきた。グラスの中に二本目の薔薇を挿す。
「チュウさんの部下だと分かってたら、絶対に手は出さなかったよ。MIROCだとも知らなかったしね、もちろんオレも、ただの自営業だとしか言ってなかったけど」
ボビーが駆けこんできた。「あつっ」額を押さえている。
「すみません、支部長……この人は」
「うん、よく知ってるよ」支部長は、にこにこして言った。
「それに、これからワタシたちを全面的に助けてくれるそうだ」
「えっ」ボビーとアズマが同時に叫んだ。