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 04

 翌朝ボビーが目覚めると、アズマはすでにいなかった。

 カウンターに、白い薔薇が一輪、長めのグラスに挿して置かれていた。

 彼はいつも、こんな手土産持参でやってくるのだった。花弁に優しく触れて、そっと口をつける。

 サンライズはまだ眠っていた。ソファが柔らかすぎるのか、半分体が沈みこんでいた。

 息が苦しくないのかしら? 額に触れて、熱に気づいた。

 あれだけの傷に不潔な状態だったから、あり得ないことではなかった。昨夜のうちに抗生物質を飲ませておけばよかった、ボビーは唇をかんだ。

 物音に気付いたのか、彼が目を開いた。

「だれ?」寝ぼけているのだろうか。「もう来ている? そんな時間?」

「誰も来てないわよ、ワタシよ。ボビー」冷たい手で額を覆ってやる。

「カイシャに行ってくるわね、支部長と話してくる」

 その言葉で正気に戻ったのか、サンライズが跳ね起きようとした。

「オレも行かなくちゃ」起きられない。

「熱が出たの」子どもに言い聞かせるように、もう一度繰り返す。

「アナタ、熱が出たのよ。休んでいなくてはダメ。ワタシが一人で行くから」

「わかった」妙に素直だ。悪い兆候かもしれない。ボビーは手早く支度をして彼に氷嚢を当ててやってから近くに水の入ったピッチャーを置いた。

「寝てるのよ」

 しつこく言い聞かせる。

「わかった」本当に、わかっているのかしら? 彼はふり返りふり返り、部屋を出ていった。


 土曜日なのに出社なんて珍しいよね、とたまたま出くわしたメイさんにも言われた。

「アナタみたいに、急にオシゴトが好きになったの」言ってやると、

「その口をハンダ付けしちゃる」と構えられた。

 軽くいなしてデスクに向かおうとしたところに

「ねえ」メイさんにいつになく真剣な顔で呼びとめられた。

「カレ……サンちゃん本当に逃げたんだと思う?」

「いいえ」そこだけは強く、言いきった。「絶対信じないわ、そんなこと」

「何か手伝うことあればやるから。ハンダでもネジでも」

 そんな気持ちだけでもうれしい。「ありがと、メイさん」

 しかし、作戦課の主任にそう言ってもらえるのは百人力だった。


 支部長室のドアをノックすると、「はい」支部長の応答があった。

「資料課のボビーですが」

「入りたまえ」

 ボビーはドアを開けて軽く一礼した。

「すみません、少しお話が」

 彼はデスクについて何かの資料をめくっていたが、それを閉じて眼鏡を外した。

「すまない、ちょっと喉が渇いてしまってね、外に出たい」

「はあ」支部長は立ち上がり、彼の脇を通り過ぎようとして軽く手まねきした。

「キミも何か飲むか? そう言えば私も話がある。資料課からキミの資料の扱いについて少しクレームがあった」

 お説教をしようと思ったのか? 支部長の顔はいつになく厳しかった。相変わらず温和な顔だが、笑ってはいなかった。しかし、ボビーは

「分かりました」と後に従った。

 支部長はまっすぐエレベーターに向かい、一階のエントランスまで降りていく。二人は出入り口でカードを通し、そのまま外に出た。

「少し歩いていいか?」そのまま新横浜の駅方面に向かう。

 こうして並んで歩いたことはなかったが、すごく歩くのが速い。

「あの、支部長」

 ボビー息を切らして、ようやく喫茶『レント』に入ろうとする彼に追いついた。

 店内で、早速支部長は「モーニング」と注文。

「いやあ、喉が渇いたというより、何だか腹が減ってね」

 ようやくいつものようににこやかに笑っている。

「そうですね」言いながらも、ボビーはオレンジジュースを頼む。本当に喉が渇いた。

 注文が揃ってから、支部長が単刀直入に訊ねた。

「彼はどこに?」

 やっぱり、ずっと気になっていたんだ。しかし彼はあえて低い声で返す。

「まず、お聞きしたいのですが、支部長は彼が逃げたと思ってますか?」

「いや全然」あっさりとそう答えられ、何だか肩の力が抜けた。

「しかし、内容についてはほとんど分からない。本部が全て管理することになっていた」

 支部長も嵌められたのだ。

「サンライズは、末松町でずっとトラノシンを捜していました」

「トラノシン?」

 支部長はきょとんとしていた。それからすまなそうに付け加えた。

「すまない、一から説明してもらわないと」

 そこで、かいつまんで今回の件を話す。もちろん、父親参観に行った件とタクちゃんの部分はうまく外して。

「ほう」支部長は玉子の殻を剥く手をとめた。ボビーは低い声で続ける。

「本当ならば、アナタが捕まるまでリーダーが毎日マクドで待つという手はずだったんですが、すみません、今朝は彼、熱が出てしまいました」

 他のホームレス集団に襲われた話をする。

 支部長は、完全に玉子を置いた。「発熱した?」携帯で、どこかにかけている。

 すぐに電話がつながったらしく、話を始めた。

「急にすまん、ゆうべケガして、熱が出た、患部が清潔ではなかったらしい、えっ?

違うよワタシじゃあない、すぐ来てくれないか」キミんち自由が丘だったよね、と急に聞いてきたので、はい、と反射的にうなずく。

「自由が丘、南口の横浜側にいるから、そうだな……40分くらい後に」

 トーストも玉子もコーヒーもほったらかしで、すぐ行こう、と立ち上がった。ボビーもあわてて後に続く。

「今からですか?」

 うちまで来るって言うの? うわぉ。判断能力が一時麻痺している。

 歩くのも速いが、決断もはやい。店を出てタクシーに乗る。

 車内では、運転手とのんびり、政治の話とかしている。聞きながらボビー、少し不安になってきた。タクちゃん、また来ないわよね?



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