03
その後、何かのトラブルでチームは解散したらしいが、そこまではさすがのアズマも知らないようだった。
サンライズには薄々見えたものがあった。
『彼は、シェイカーなんだよ』支部長が以前ナカガワに自分を紹介した時の、ナカガワのあの凍りついたような目を思い出していた。多分、彼らはもっと前にシェイカーに絡むトラブルに巻き込まれたのだ。そして、ナカガワは一生消えない心の傷を負った。
彼を憎々しげに見おろす、ナカガワのあの視線。
彼にとってはその記憶はいつまでも生々しいものだったのだろう。
「……すまないが、眠くなってしまった。ここで休んでいってもいいかな?」
アズマ、屈託のない言い方でベッドルームを指した。ボビーはかいがいしく、着替えを出しにクローゼットルームに向かう。
しばらくたってから、ボビーだけが戻ってきた。
「彼、すぐ眠っちゃった」
クスクス笑っている。「羊が一匹、って言ったとたん。マンガよね」
「何度も助けてもらったな」
サンライズは、ソファにもたれかかった。
「ちゃんと帳面につけてあるから、次回払ってもらうわよ。それより眠いでしょう?」
「いや」今聞いた話がどれも刺激的だったせいか、眠気は完全に吹っ飛んでしまった。
「オレから直接、支部長に話すよ、明日」
ボビーが迫った。「タクちゃんのことは、言わないで」
「もちろんだよ」
しかし、何となく支部長はそこまで把握しているかも、そういう気もした。
「どうやって支部に入る?」
ボビーは鼻にしわを寄せて真剣に考えている。
「外に出てきてもらおうか? 彼のスケジュールが確認できてないけど」
ボビーが彼に話を伝え、外に出てもらうことにする。明日が無理でも、とりあえず会えるまで、サンライズは毎日近くのマクドナルドに通い、決まった時間だけそこに居る、という話になった。
「助けてもらったついでに……」サンライズはおずおずと切り出した。
「荷物は全て、ヤツらに奪われてしまった。通信機は間際に壊したからだいじょうぶだが、すまない、金を少し」
ボビーは黙って、脇のビデオラックから札入れを持ってきた。何枚か無造作に抜き出し、枚数を数えてから彼の前に置く。そして、メモ用紙にさらさらと何かを書いて、その上に置いた。
「ああそうだ、お財布も要るわよね」別の黒い財布を出してきて脇に置いた。
サンライズは目を近づけて、書きつけを読んだ。
『シイナタカオはマクグレイン・クリストファー・Jに金10万円を借りるものとする。利息は0。期限は2ヶ月後の月末とする。2006年9月30日』
「ありがとう、十分だよ」
それまでに、解決させたい。たとえ辞職に追い込まれてもすっきりとした結末が見たいもんだ、彼は札を丁寧に揃えて財布にしまった。
「その前の分は、悪いがまた実費で払わせてくれ。車のクリーニング代とか」
「分かってるわよ」ボビーは優しく彼の腕をたたいた。
彼がうつむいたので、「眠いの」とボビーが顔をのぞき込みにきた。が、すぐに気づいて言葉を足す。
「参観会の話、してなかったわね」
救われたような表情だったのか、またボビーが同情的な目をしているのが分った。
「どうだった?」
ボビーはかいつまんで、トシの友だちの祖父と会話したこと、子どもたちに見つかり、マサにはどうやら別人だとバレてしまったこと、マサの担任から相談があると言われたが逃げてきたことを話して聞かせた。
サンライズ、先ほどと同じくらい真剣に話を聞いていたが、最後にふう、と吐息をもらす。
「マサには通用しないかな、とは思ったが……」
明日由利香に電話してみる、と案外明るい声が出た。
「ボビー」カップを下げようと立ちあがった彼を、サンライズの声が止めた。
「なあに」
「しばらく世話になる」彼は、組んだ手の先に目を落としたまま言った。
「水くさいわね」ぽん、と肩に手をやって彼はキッチンへと向かった。
「先にお休みなさい、大変な一日だったろうから」
片づけが済んで戻ると、サンライズはソファベッドの上ですっかり気持ちよさそうに眠っていた。
寝室に戻りベッドに潜り込もうとした時、隣が目を覚ましているのに気づいた。
「あら」ボビーは手を伸ばし、母親が子どもの頭をなでるように額に手をあてて髪をすき上げてやった。
「どうしたのタクちゃん、眠れなくなった?」
「……ボビー、というんだね」コードネームの話か。
「そう、ロバートだから縮めてボビー。もうシゴトの話はやめましょう?」
「彼のことを愛しているんだね」
「彼?」アズマはまっすぐ天井を見上げていた。ずっと、ヤキモチとか嫉妬とかはしない人だとは思っていたのだが、それでも今夜のような状況は気にもなったらしい。
「アオキカズハルくん、いい男だ」
「そうね……」しばらく、沈黙が二人を包む。
「愛していない、と思ってる」
ようやく、ボビーが答えた。
「リーダーとして、尊敬しているし、信頼もしているわ。でもね」
アズマに体を寄せ、目を覗き込んだ。アズマも彼をみた。
「愛していない、そう思わないとやり切れないでしょ?」
アズマが寂しげに笑う。
「両想いのうちが花、なのかもな」
「そうね」
二人は手の先を絡めあったまま、それぞれの思いに囚われ、天井を見つめていた。