01
気がついた時には、上から誰かがのぞいていた。
「クリス」男が向こうに声をかける。
「起きたよ、彼」
ボビーらしき顔がのぞいた。「よかった」
サンライズは、のろのろと起き上がった。口の中がのどの奥まで腫れているように痛い。顔中もたぶん、腫れているのか感覚がおかしい。全体の皮膚が浮き上がったような感じがする。
触れてみると、あちこちにガーゼがとめてあった。眼鏡が割れた時に、ガラスで切った傷がほとんどだった。
体中がズキズキしていたが、動かせない個所はなさそうだった。
彼はようやく起き上がって、あたりを見回した。
「ここは」すぐ気がついた。ボビーのマンションだ。では脇にいる男は……
視線に気づき、男が手を差し出した。
「タクロウです」サンライズよりは年配のようだ。
眼鏡がないのでディテールまでは確認できないが、ふさふさした髪が先日引退したばかりの某総理のようにも見える。しかし顔つきはもっと穏やかで、どちらかと言うと大学教授か研究者のようでもあった。
「あ、」上司だと説明してたな、ボビー。
「アオキです」
あまり力は入らなかったが、とにかく握手。向こうも壊れ物を扱うようだった。
「タクちゃん、急に悪かったわ」
ボビーがグラスを二つとマグカップを一つ運んできて、カップをまずサンライズに手渡した。
「コーヒー、ミルク入れたけど飲める?」
熱すぎず、すんなりと喉を通る。彼は大事そうにゆっくりと口をつけた。
ボビーは水割りを一つ、パートナーに渡して自分は透明な方を口につけた。
「こちらこそ急にシゴトが切り上がったんで、ちょっと寄ってみようかな……って思って」
すでにカギも持っているらしい。
「シゴトで出るかも、とは聞いていたのにね」
「いいのよ」ボビーは彼の手をとった。
「前にも少し話したかもしれないけど、彼、ずっとワタシの上司だったの。今は違うおシゴトに入ってるんで、部署も違うけど」
「ふうん」どこまで聞いているのか、タクロウという男は優しい目線をボビーに向けていたが、急に何かを思い出したかのように、目を細め、指を口元に持っていった。
「待てよ」
今度は目を見開いて、サンライズの顔をまじまじと見つめている様子。
「アオキさん、」記憶を呼び戻すように、少し上を見た。
「いつもメガネでしたよね」
やはり、どこかで会っていたのか?
「……」警戒した様子を察したのか、タクロウはあわてて手をふった。
「驚かすつもりはなかったんです、まさかこんな場所でお会いできるとは」
「以前どちらで」
「初回は、富士山の近くで」
サンライズははっとして、今度はもう少し注意を払って彼の顔をながめた。
「タクロウ……アズマ・タクロウ」
ぼんやりした相手の顔かたちにもう少し近寄り、目を細くして注視。
もう少し髪を短く変え、着ているものも頭の中でスーツに変換する。思いだした。
「警察関連の方ですね……東京からいらしたと名刺を下さった」
ナチュラルマインドの教団内部に潜入した後、一斉捜索に加わった際に教団の事務所で挨拶をした覚えがある。東拓郎は警視庁の特別捜査官だった。
その後も何度か、同じミーティングに参加している。
「アオキさん、確かMIROCでしたよね」
目を彷徨わせていたアズマ、急に納得したように何度もうなずいた。
「だからか……クリスもMIROCにいたんだな、だから」
何だかすごく納得している。ボビーは困ったようにグラスを置いた。
「ナイショだからね、タクちゃん」もちろん、ボビーもアズマが警察関係者だったなんて、全然知らなかったらしい。
「タクちゃん、おまわりさんだったのね、ひどいわ。自営だって言ったのに」
「どうしてさ、それに今は違うよ、ホントに自営だもの」
警視庁内で、後輩との交友関係が一部漏れてしまい、自主退職を迫られたのだそうだ。
「ちょっと、つまみ食いしちゃった」あははと笑っている。
今は公認会計事務所を開いているのだと。
「ねえタクちゃん」ボビーはアズマのすぐ脇に腰掛けた。サンライズがいなかったら膝に乗ったかもしれない。
「今から聞くことは、全部ナイショよ。彼と大事な話をしなければならないの」
「オレ、帰ろうか?」言いつつも、動く様子はない。
「指きり、してくれる?」
アズマは小指を立てた。「ゆーびきりげーんまん」
大のオトコどもが二人ですることではないな、うまく見えなくて、本当によかった。
「リーダーはいい?」
サンライズは軽く肩をすくめた。ブランデーでもたらしてあったのか、カフェラテを飲み干した後、体が温まってようやく人心地ついた。
「指きりしなくていいなら」
ふふ、とボビーが笑う。
「じゃあ、どこから話そうかしら」
ボビーはグラスをテーブルに置いて指を組んだ。