触れ合う場所から伝わるもの
触れ合った部分から、伝わる熱がひどく熱く感じた。
腕の中に彼女がいるのだと思うと、めぐる熱が沸き立つようだった。
このまま時が止まればいい、なんて、陳腐なことを、真面目に考えていた。
その日は雨が降っていた。
大学に入って数か月、地元を離れての初めての一人暮らしは、どこまでも自由で不自由だった。
毎日コンビニや外食で済ませていたけれど、それでは多くはない仕送りはすぐに尽きてしまう。
もっと送ってほしいなどと、無理をいって遠方の大学に進学させてもらった身では、言えるわけなどなく。
当然のように、夜や早朝のバイトを入れることで、生活を成り立たせることとなった。
最初のひと月は、慣れない講義とバイトで、ただひたすらに疲れ果てる日々だった。
なんのために俺はここに来たのか。勉強の為とはいえ、このままやっていけるのだろうか、と、夜、一人になると不安になった。
地元の友人たちもそれぞれ散りぢりで、連絡を取れないわけではないけれど、Twitterやあちこちで見かける彼らの様子に、皆元気に楽しくやっているようで、自分の不安を打ち明けるのは申し訳ないような気がして、何も言えなかった。
孤独、などと、言ってしまうのはおこがましいとわかってた。
それでも、実家にいるときはうるさくうっとおしいと思っていた状況が、不意に懐かしく思われたりした。
日に日に寂しさは募って、どうしようもない気分だった。
それでも、日は昇り日々は過ぎゆく。
寂しいと思いながら、ハードだと思いながらも、それなりに日々を送れるようになっていく。
同じ講義のメンバーからのみに誘われてたまに出ることも出来るようになったし、バイト先の人と話すこともある。
それでも、あの、高校時代までの濃い交流関係とは程遠くて、今思えば、人恋しかったのだと思う。
時間が余れば、誰かに声をかけるようになった。
何をするでもなく、会話をしたり飯を食ったり、そんな日々。
合コンなるものにも参加した。サークルに参加するにはちょっとバイトが弊害だったけれど、それでなりに学生生活を謳歌し始めた。
親しい人がいるわけではないけれど、ひとりではない、そんな状況で、けれど、寂しい思いの募る中、その日も合コンに出かけていった。
その日の合コンは、合コンというよりは飲み会、むしろ食い会というような集まりで、おいしいもの食べるの好きな女の子たちが、わりと親しい男連中に声を掛けて開催されたものだった。その親しい男連中のなかに、含まれてはいなかったのだけれど、ちょうど割引になる人数に足りないからと数合わせに呼ばれたのがきっかけだった。
それなりに、女の子たちと会話することはあった。
けれど、今回の女の子たちは、どこかさばけていて、間違いなく普段の合コン目当てのメンバーとは違って、食事目的なのがありありと分かる子たちで、逆に気を使わずに楽しむことができた。
その中にひとり、とてもおいしそうに食事を食べる子がいた。
他の子達も楽しそうに食事をしているのだけれど、なぜか彼女にだけ目が向く。
一口食べてはうれしそうに、幸せそうに笑いながら、声をかけられれば、控えめに参加している彼女は、決して美人というわけではなく目立つタイプではなかったけれども、周りの目を気にすることなく、素直に美味しいと表情にあふれる姿には、好感を覚えた。
「これ、食べる?」
ラストのデザートが出た時、今まででいっそう目を輝かせて幸せそうに食べている彼女をみて、つい、そう申し出たのは、下心があったわけじゃない。
驚いたように目をまたたいて、それから、一瞬うろたえたように遠慮して。けれどさらに勧めれば、横に座った彼女の友だちらしき人がニヤニヤ笑いながらひじで彼女をつつき促して。恐縮したように受け取った彼女に、気にしないで、と伝えて。
それでも、その2つ目のデザートを、幸せそうに食べるのをみれば、こちらまで幸せな気分になれる気がした。
ニヤニヤとした周囲の目など、気にならなかった。
その日は、雨だった。
最後まで終わって、解散というときに、雨だから送ってやれよ、と、幹事から傘を渡された。
不思議に思って問返せば、彼女と帰る方向が同じだという。がんばれよ、などと、意味不明に応援の声をかけてくる男連中や、どこか楽しげな女の子たちに置いていかれ、思わず彼女と顔を見合わせる。
さらり、と、流れる肩までの黒髪が奇麗だな、と、ネオンに照らされる彼女を見て、不意に思う。
行こうか、と、傘をさして。
彼女を招けば、恐る恐るとこちらに近づいてくる。その様子がなつかないねこのようだった。
あと数歩というところで、彼女が段差に引っかかってバランスを崩す。
危ない、と、思わず、抱きとめた。
ぬくもりが、伝わる。
傘にはじかれる雨音と、通りすぎる車の音。遠くからは酔っぱらいの騒がしさと、近くのお店のBGM。それらが混じった中で、響くのは激しく脈打つ鼓動の音。
抱きとめる形になった彼女のぬくもりが、手に伝わる。鼓動の音が聞こえてしまうのではないかと、思わずためらいながらも、それでも、すぐに彼女を離すことができなくて。
ゆっくりと顔を上げた彼女と、視線が絡む。
触れ合った部分から、伝わる熱がひどく熱く感じた。
腕の中に彼女がいるのだと思うと、めぐる熱が沸き立つようだった。
このまま時が止まればいい、なんて、陳腐なことを、真面目に考えていた。
「ご、ごめんなさい」
慌てたように離れていく彼女の温もりが、惜しい気がして。
大丈夫、と、何気ないそぶりで、帰ろうと駅までの道を示したけれど。
雨にぬれるから、と、彼女に近くに寄るように伝え、わずかに触れ合うひじから、伝わるぬくもりが、うれしくて。
寂しかっただけかもしれない。
人恋しかっただけかもしれない。
けれど、こんな風に始まる恋心も、あっていいんじゃないだろうか、と。
雨の中、二人並んで歩きながら、これからどうアプローチしようかと、その温もりを愛しく思いながら、考えていた。
お題:「確かに恋だった」様 http://have-a.chew.jp/
「それは甘い20題」より 「01.鼓動」