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とある春の夜の物語。

桜が舞い散る。

さかりを終えて、役目を終えて、吹雪のように舞い落ちる。


季節はやがて、春を過ぎて初夏へと向かう。


春も、もう、終わろうとしていた。




「なぁ、今年も帰ってこんかったな」


なじみの店の座敷に腰を据えて、年に一度、自然と習慣のように集まる昔なじみと飲み食いをしている時に、不意に誰かが言い出した。


それは誰のことだ。などと、いう人間はいない。


ざわざわと周囲の騒がしさだけが、こちらの座敷へ伝わる。

誰ともなく黙りこんでしまった中で、ゆっくりとみなが思い思いに酒を酌み交わす。



「別に、よぉ。もう、構わねぇんだろ? なぁ、よぉ」


そうつぶやいた男は、サラリーマン風の風采ふうさいで、特に醜いという風情でもないのだけれど、どこかつかれたような空気を漂わせていた。


いや、そうじゃない。すでに、彼だけじゃなく、仲間の皆が、そして、自分も、差こそあれ、どこか世慣れたような疲れたような風情を漂わせてしまうような年齢になってしまったのだ。


時が立つのを早い、と、言うべきか。それとも、まだこの年というべきなのか。


ふと浮かんだ思いに、苦く笑って、グラスの中身を一気に飲み干した。






彼らとは、幼い頃からの長い付き合いである。

気がついたらちいちいぱっぱとそろった幼児のころから、みなでそろってあちこちを駆け回っていた。

その後、小学中学と、私立にいくという風潮もなければ近くによい私立もない状況で、みなが同じように9年間過ごし、それぞれが高校へ進学していった。


それでも、田舎だからか、ほんの数名、他の地域の高校へと進学した以外は、地元の割りと近場の高校に、それぞれが進んだため、家がもともと近所であるメンバーとは、こと有るごとにつるんでいた。


男5人に、女3人。当時はなぜか男の子の方が多い世代で、それでいて、小学校の中学年あたりまでは、男も女も関係なく、割りとみなで駆け回っていたように思う。それが、次第に男女にわかれるようになり、中学にもなればつるむこともほぼなくなり、時折会話を交わすだけの関わりあい。この集まりも、男連中ばかりで、たまに参加してくるのも、3人のうち、ここにいるメンバーの1人と結婚して子どもを生んだひとりのみだった。


あの頃。恥ずかしくも言ってしまえば思春期真っ盛りの中学時代に、おさななじみというべき彼女らにそれなりの感情を持っていた人間は少なからずいた。しかしそれぞれが進学するに従って気持ちを変化させていったにもかかわらず、長く思い続けたものが数名いた。その一人が、結婚した男であり、そしてもう一人が、自分であり、そして、帰ってこない彼である。


彼と自分は、ずっと、同じ相手を思い続けていた。

お互いにライバルだと、そう言い合って、牽制けんせいしあって。一歩リードしたのが、自分だった。

告白し、それなりに色よい返事をもらえて浮かれていた自分は、彼女からの言葉に衝撃を受けた。

東京に出たいんだ、と。そして、そこで力を試したいんだ、と。

若い衝動だろうと、そう思った。出ていったところで成功できるとは限らない。むしろ、できずに帰ってくる可能性の方が大きいじゃないか。

そういったことを、直接的ではなく間接的に表現して伝えても、彼女の意思は固く。

それならば、時折会いに行くよ、それでお互いがんばろうと、励ましあった遠い日の思い出。

――この街を飛び出していく彼女に、強い羨望がなかったとは、言わない。

妬みに近い感情は、彼女に会いに行く足を鈍らせ、付き合っているはずなのになかなか会えない日々が、続いた。


ちょうどその頃、自分も仕事を始めたばかりでもあり、そちらが忙しく面白かったのも、ある。

けれど、やはり、そこにあるのは、地元から動けない自分と、そこから飛び出した彼女の間にある、強いコンプレックスであり、応援していると言いながらもどこかで、成功しないだろうと決めつけてかかってた醜い男の嫉妬でもあったように、思う。


会えない日々の中で、彼女が何を思ったか。

何を考えたのか。


今でも分からない。


けれど。

あの日。


どうしても、と、呼ばれて向かった東京で、彼女と、なぜか彼女の隣にいたライバルであったはずの、諦めて手を引いたはずの彼と。二人並んで頭を下げられる様子をまるで他人ごとのように眺めていたあの日。


――子どもができた、と。

――結婚するから、別れてください、と。


そう告げられ、その言葉をきいて、どういうことだと激した感情のままに、彼女を言葉汚くののしった。

俺が悪いんだと彼女をかばう彼の姿にすら、激しい苛立ちを覚えて、殴りかかろうとしたそれをとめたのは、彼女で。

会いに来なかったじゃない、と。あなたは、応援しながら否定してたじゃない、と。

泣きながら悲鳴のように叫ばれて、身動きが取れなくなって。


彼女をなだめながら、彼が、もう、向こうには戻らないから、と。

二度と顔を見せたりしないから、許してくれ、と。


そう告げるのに、何も応えられなくて。


気がつけば、田舎の駅に帰りつき、ひとり駅舎のベンチで涙を流した。




もうそれも、10年以上の前のことに、なる。


音信は、自分宛にはまったくなくとも、友人たちのなかで世話焼きのやつが、ちょくちょくととっていたようで、親に激しく反対されたこと――東京に行く前に、自分と付き合ってるのだと両親にあいさつをしてあったことで、余計に向こうのご両親はどういうことだと激怒したらしい――、ひっそりと籍を入れたこと、そして、子どもが生まれたこと、を、風のうわさのように耳に入れてくれた。最初は余計なことを、と、軽く怒りを覚えてもいたが、しかし、怒りというものも長くは続かない。


――どちらかが100%悪かったわけじゃない。


二人目が生まれました、と、連絡があった数年前、自分は、一通のはがきを出した。裏に桜の写真のあるはがきに、ひとことだけ、書き記した、はがきを。


『桜の咲く頃に、また、みなで会おう』


それが、精一杯の譲歩、だった。




「かえってくりゃ、いーのになぁ」


しみじみとタコわさをつつきながら、ひとりが言えば、そこここで同意の声があがる。


「ああ、もう、いい加減顔見せりゃいいんだ。――そうしないと、こっちも前にすすめやしない」


わざとそういえば、くくっ、とあちこちから押し殺した声が漏れる。ああ、そうさ、この年にもなって、未だ恋人らしい恋人もいない自分が、そのくせやっと気になる相手を見つけたにもかかわらず、声もかけられない自分を、思う存分笑うがいい。


ゆっくりと料理と酒をすすめる中、少しすかした窓からふわりと春の風が、部屋の中の空気を揺らす。


穏やかなこんな夜であれば、また、彼らにあっても、笑って過ごせるような、きがした。




やがて時間も過ぎて、そろそろかえるか、と、誰からともなく席をたつ。

ほろよいのいい気分で会計をすませ、さてどうしよう、と、店の前の道のところでたむろっていた時だった。


「――ひさし、ぶり」


かけられた声に、お、と、ひとり、また、ひとりと振り返る。

薄暗い道の途中、ハッキリとは見えない人影が、こちらに歩み寄るに従って電灯に照らされて、はっきりと姿をみせる。


ひとり、またひとり、と、顔に笑みが浮かんでゆく。


「おう。――いまから、二次会だ。いくだろ?」


世話役がそう掛け声をかければ、酔っ払いどもは、おーと声をあげて、あちらがいいこちらがいいと言い合い始める。


自分は。


ゆっくりと、彼の方に歩み寄る。それに気づいてか、彼の顔が少し、こわばったようにみえて、なんだか酔いのせいもあってか、妙におかしくてならない。


目の前にたって。


肩を、強く、一度、たたく。


いってぇ、と、声を上げるのに、大声で笑いながら。


「おら、いくぞ。浴びるほど飲みまくるぞ!」


向こうから連中の、おう! という威勢のいい声が返って来る。


彼を促しながら、すでに次の店へと向かう連中の後を追いつつ、小さくつぶやく。


「おかえり」


かえってきた声は、少しかすれて震えていて、春の風に紛れて消えた。



とある春の終わりの夜の物語。





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