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恋に恋して、君に恋した


恋の始まりはどこにあるのか、なんて、すぐに応えられる人なんているんだろうか。

一目ぼれしかり、憧れしかり、あとから考えてみて、ああ、そうだったんだ、と、思うことがあっても、恋をし始めた最初の頃に、すぐになぜなのかに思い当たることができることなんて、なかなかないと思う。

いや、その時は、確かにこの気持ちで恋にいたんだんだと思っていても、あとから考えれば違ったのだと思い至ることもあるのだから、本当にあてにならない。




僕は。


一目ぼれだと思った。彼女にひとめで恋したのだと。

だから、ずっと、思ってきた。

けれど。


「私に恋してるんじゃないよね。恋愛したかったんだよね」


その言葉に、応えられなかった時から、僕は、君に、恋をした。



「で、落ち込んでる、と」


あきれたような口調の友人に、視線を窓の外にそらす。

春の昼下がりのカフェは、時間帯もあってか人がまばらだ。窓から差し込む光が暖かくて、ついうとうとしてしまいそうな陽気である。

そんな、晴れやかな中、エスプレッソのカップを目の前に、どんよりと暗雲を背負っているわけだから、場違いも甚だしいとはこのことだ。


外を歩く人の姿も、どこか春の光に浮かれているようで、たまに見えるカップルなんかの姿には、つい悪態をつきたくなってしまう。

どいつもこいつも、誰も彼も。幸せそうでなんとも悔しい。


深くため息を漏らせば、迷惑そうに目の前で友人がそれを振り払うようなしぐさをする。


「ああもう、うっとおしいうっとおしい。そんな周りに憂鬱ゆううつをまき散らすようなため息つくんじゃねぇ」


「悪かったな」


けっ、と舌打ちが付きそうな勢いで答えれば、ふん、と鼻を鳴らされる。なんということだ。

そうだ、そういえばコイツもリア充じゃないか。彼女がいたはずだ。結構長い付き合いの彼女のハズだ。そうか、幸せな男なのか、と、思わずじとりと視線を合わせれば、さらにあきれ果てたと言わんばかりに、ため息を返された。


「お前は乙女か」


ダメージは大きかった。

そのまま、がくりとカフェのテーブルへ突っ伏して、涙にくれる。いや、泣かないけれど。


「大体お前、いつから彼女の事好きだっつってたっけ」


「中学から」


何気なくそう問いかけてくるのに、視線だけを上げて答える。


「で、お前今いくつよ」


あきれを隠しもしない声は、淡々と続く。


「――ハタチ、んなった」


はぁぁぁ、と、大仰なため息の音が聞こえて、視線を再び伏せる。


「あれか? 好きだと思って中学んとき、まぁ、13・4の頃から5年以上、好きだと思ってた女に? 実はほれてたんじゃなかったと、彼女の一言で気づいた? あんだけ、一歩間違えばストーカーってな具合だったお前が? 激しくはなかったが傍から見ればアプローチしまくりだったお前が?」


べったりと机になついたまま、改めてつきつけられる事実に耳をふさぎたくなる。


「で? 彼女にそう言われて、気づいたくせに、その彼女の一言でずきゅーん、ってか。なあ、言ってもいいか?」


ふるふると首を振る。いやだ、聞きたくない、と、意思表示をしたのに、やめてくれない。


「お前はアホか」


「否定派できない」


どよどよと落ち込んだまま、友人をみれば、困ったように笑っていた。


「まあ、な。恋してるにしちゃ、目に熱がねぇな、とは、思ってはいたけどな」


「そう、なのか」


すっと視線を逸らした友人は、そのまま一口、コーヒーを飲んでから、静かに告げる。


「なんていうか、ゲームってほどじゃないけど、どっか楽しんでる部分の方が多かったようにみえてな。攻略、ってまではいかないが、彼女にアプローチする、という行動を、いかにやっていくか、ってことに意識を取られてた感じっていえばわかるか? 恋しくてどうしようもなくて行動したんじゃなくて、アプローチすること有りきで行動してた感じで。別にそこまで、イヤな感じではなかったけど、まぁ、違和感はあったわなぁ」


しみじみと言われてしまえば、どうしようもない。


つまり、完全に、彼女からすれば僕の行動は、みえみえだったというのか。


――それでも。


あの瞬間は、あの時は、彼女に恋をしていた。


それが恋に恋したものであったとしても、その感情は間違いなくあった。ああ、だから、違和感だけですんだのかもしれない。そうでなければ、ものすごく彼女に失礼で最低な男だったことになる。少なくとも、向かうベクトルが少しずれていたけれども、そこにあった感情のおかげで、彼女に決定的に嫌われずに済んだともいえるのか。


しかしながら、である。


「どうすればいいんだ」


そう、彼女にはっきりと断言されて、否定できなかった。だから、彼女はきっと、これで全てが終わったと思っている。


なのに、僕は、僕ときたら、そこから全てを始めてしまった。


彼女に、恋を、してしまった。


「それが錯覚ってことは、ねぇのかよ」


「わからない」


わからない、けれど、今までと違って、ものすごく苦しい。哀しい。終わってしまったと彼女が思っていることが、まだなにも始まっていなかったのに終わらせられてしまったことが、何よりも哀しい。


「わからない、けど。彼女が、欲しい。そばにいたい。――愛しい」


そうか、と、つぶやいて、友人は黙りこんでしまう。

僕も、同じように黙りこんで、ただ静かに残りのエスプレッソを飲み干した。


しばし、静かな時が流れた。


「なあ」


声に視線をあげれば、友人が、困惑したような顔でこちらをみてる。


「なんだよ」


「なんつか、あれだ。お前、どっちにしろ、彼女のことが好きだったんじゃねぇの? ややこしいこと考えっからこんがらがってるだけで。恋に恋していたとしても、その時彼女を思ってたのは事実なわけで――ああもう、まだるっこしい! ずばっと彼女んとこいって好きだって伝えろそんで前よりいっそうがんばりゃいいじゃねぇか!」


びし、と、指をつきつけられて思わずそれをねじ曲げる。

いてぇ、と大げさに騒ぐ友人の声を聞きながら、1人うなづく。


ああ、そうだ。

落ち込んでたってどうしようもない。


恋に恋したんだろうがなんだろうが、答えはただひとつ。


僕は、君が好き。


残りを一気に飲み干すと、僕は勢い良く立ち上がる。


「俺、帰るから」


短く告げればニヤニヤと笑いながら友人が手を振る。


ああ、わかってるだろうよ。手を振り返してそのままカフェを出る。

そして、そのまま走りだした。


恋に恋をして、君に恋をした。


けれど、答えはたったひとつ。


僕は、君が、好き。


それを伝えに、僕は走ったのだった。






「確かに恋だった」様 http://have-a.chew.jp/ よりお題をお借りしております

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