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「友だちからお願いします?」

布団の中で丸くなる。


起き上がりたくない。ずっと寝ていたい。でもでも、と、ぐずぐずゴロゴロしていれば、携帯のアラームが、これでもかと鳴り響いて、ぐずぐずしている私をせきたててくる。


ああもう。


朝なんかこなきゃいいのに。


それでも、起き上がらないわけにはいかなくて、えいや、と、布団を跳ね上げる。


窓から差し込む朝日と、朝焼けに染まる空に、なんだかむかっとして、カーテンを締めた。


そんな、朝のこと。



――好きだ、付き合ってくれ!


突然、隣の席のやつが、そんなことをいってきたのは、昨日の放課後だった。


それも、ホームルームが終わってすぐ。クラスメイトがまだほとんど残っているような時間帯。


ざわざわしていた教室が、その一瞬で静まり返る。あれは見事だったな、と、朝の用意をしながらしみじみと思う。


静まり返った教室の中、誰かがぴゅう、と、口笛を吹いた途端、どっと湧き上がるクラスメイトたち。


それに気づいて、急に慌て出す隣の席の男子。あー、確か、坂口とかいったような。


そして、あろうことかその坂口とやらは、周囲の状況に対応しきれず、真っ赤になってあうあう言ってたかというと、そのままカバンをひっつかんで、ダッシュで教室を飛び出していったのである。


告白したくせに、こたえもきかず、フォローもせずに。


これには教室中ぽかーん、てなもんである。


そんでもって、残された私には、どうしたらいいのかしらみたいな視線が集まるっていうね!!


呆然としている私に、友達が、『よ、よかったね?』 と、どこか自信無さ気な、しかも疑問形つきの言葉をくれたのだった。


何がよかったのよー!!


どんよりと朝ごはんを食べてたら、くらいのはうっとおしいと親に突っ込まれる。ちょ、ヒドイ。これでも悩んでるのに。さっくり食べたら、学校に向かうためにバス停へと向かう。バスに乗ってー、電車に乗ってー。思えばえらく遠いようだけど、仕方がない、なぜか直線距離の公共交通機関がないのだ。バスで必ず中心街に一度出ないと、どこにもいけないこの不便さ。もうちょっと近い高校にすればよかった、と、ため息が漏れそうになる。そうすれば、坂口に告白されてあんな意味不明な羞恥プレイを食らうこともなかったのに! と、ムカムカして眉を寄せた。


バス停で、待つ間、スマホを取り出して読書する。いいよね、いまは。スマホで簡単読書。文庫本を持ち歩かなくても、これの中に本がたくさんある。お小遣いがあるときに新刊をかって、そうじゃない時には青空文庫とかでしのぐ。移動時間が長い私には、手放せないアイテムだ。

ぼーっと、この前買った小説を読んでいる内に、並んでいる人が増えて、そのうちにバスがやってくる。えいやっと乗っかって、席を確保したら、また読書読書。昔はすぐにバスに酔ってたんだけど、どうしても小説を読みたい私の熱意が勝ったのか、いつしか大丈夫になっていた。バスは30分ほど。結構読み進められるから、ありがたい時間。あ、ちなみに試験前は勉強に変わります。すごいよね、アプリで暗記物が出来たりするし。たまに親に羨ましがられる。しらんがな。


バスの中には、ちらほらと同じ高校の制服が見える。じっくりこっちからみることはないからわからないけれど、結構このあたりから学校に来る人もいるようだ。バスがやがて最寄り駅(遠いよね!)のバス停について、一旦スマホから目を離し、バスを降りる。


まだ早朝の駅は、そんなに人が多くない。それでも、最近人通りが少なくなったこの中心街とは思えないほど、ひとを目にすることができるのは、朝と夜の通勤通学の時間だけだろう。


ちらほらと見える人影にざっと目をむけてから、駅へと向かう。


後ろに誰か居るなぁ、と思ったけれど、まあ、この時間帯なら当たり前のことか、と、気にせずに、またスマホ片手に電車を待つ。

電車の本数はありがたいことにそこまで少なくないから、そんなにまたなかった。朝早めに出るのは、座るため。ざっと席を物色し、朝からボックス席のない車両の中、割りと端の方に席を確保した。


さてはて、あとは、小説を読むだけだ。私は、しばし本の世界へと旅立ったのだった。



――それに気づいたのは、偶然だった。


ふと、目の前に人がたっていた。いつもなら本に集中して気づかないことも多いのだけれど、なぜか今日は気になった。いや、なぜかっていうのはおかしな。目の前に立っているらしき人が泣いているのか、なんだかぐずっ、ぐずっというおとが、頭上から聞こえたからだ。なんだ? と、訝しく思って顔をあげると、眼に入るのはうちの高校の制服。灰色のブレザーにスラックス、というのが目に入り、そのまま目を上げれば、同学年を示す、緑のネクタイ。まさか、と、そのまま顔を上げれば、おうふ、なんということでしょう。


「……坂口くんじゃん。おはよう?」


「うぐ、お、おはよう、森野さん」


目を真っ赤にして、寝不足なのかくままで作った彼は、でかい図体を萎めながら、涙目でそういったのだった。


「――座れば?」


無言のまま、しばし見つめ合っていたのだけれど、首が痛くなったのでそういうと、ぶんぶんと首を振って遠慮された。

うう、どうしろっていうんだい。昨日羞恥プレイを食らった身としては、そして放置された身としては、かなり辛いもんがある。


そのまま無言で、しばらく見つめ合ってたんだけれども、埒が明かないと、声を掛けてみる。


「あの、さー。昨日のことなんだけど」


その瞬間。


「ご、ごめんな、ごめんっっ」


ぶわっ、と、坂口の目から涙が溢れて、泣きだした。


ちょ、おま、まってくれ。ここは電車の中だ。いきなりなくな。性差別をする気はないが、しかし、女子高生が男子高校生を泣かせる図、とか、どんなシチュエーションだよ! 案の定、ほら見ろ、周囲がヒソヒソしてるぞ。目が冷たいぞ。きっと、あの子何泣かせてるの?! とか思われてるんだ! うがぁ、と、焦って、カバンからハンカチを取り出し、ぐいっと押し付ける。


「泣くな、頼むから泣くな」


「うぐ、すみません」


ずず、と鼻をすすって彼は、ハンカチを受け取り目元を拭う。と、ピタリと固まったので何か? と首を傾げれば。


「……森野さんの香りがする」


「お前、ハンカチ返せ。このへんたい」


「うわ、うそです、ごめんなさい、洗って返します!」


わたわと慌て出す坂口の様子が、あまりにもおかしくて、思わず顔が緩む。と、坂口はそれをみて、一瞬ぼーっとしやがった。


――ああ、そういえば、私、こいつに告白されたんだっけ。


んで、放置されたんだったとそこまで思い出し、ちょっとだけたそがれながら、時計を確認する。


まだ、時間はある。それに、片付けてからじゃないと、まともに授業受けられそうにない。


「坂口、駅についたら、ミスドな」


短く告げれば、はっと我に返った坂口が、こちらをじっと見つめて。そんで、まるで壊れた張り子の虎のように、ぶんぶんと、頭を強く振った。――ちょっとかわいいかも、と、思ったのは、秘密のことだ。


学校の最寄り駅は、小さな駅だけど、駅前には学生を目当てにした店が並ぶ。朝早くから開けてくれているミスドに入り、ドーナツ1つとコーヒーを注文。坂口もドーナツ2つとオレンジジュースを頼んでいた。


向い合って、とりあえずドーナツを食べる。朝からドーナツ。朝ごはん食べたのにドーナツ。でも、ドーナツにつみはない、と、意味不明なことを思いながら食べてれば、向かいの坂口も神妙な顔で食べていた。そんな神妙な顔でドーナツ食べるやつはじめてみた、と、思ったらなんだかおかしくて、思わず笑えば、でかい図体した男が小首をかしげてこちらを伺っていた。ちょ、なんだろう、この大型犬ちっくな動きは。かわいいじゃないか、と、思いつつも、手を振ってなんでもないと意思表示し、そのまま食べ続ける。


食べ終えて、一息。


さて、と、区切りをつけて、先に食べ終わってた坂口に向き直る。


「申開きは、ある?」


「うう、すみませんでしたぁぁぁ」


がばり、と、朝のミスドで机に頭をぶつける勢いで、謝罪する男。そしてそれをみる女。――どうやら、私は、どこまでも軽く羞恥プレイな目にあうようになっているようだった。


謝罪はいいから、と、促せば。


実はずっと、同じバス、電車だった。新学期からずっと見てたけど気づいてもらえなくて、でも、同じクラスで楽しそうな様子とか、本を読んでるとことかみてたら、段々気になって、気になりながら見てたら目が離せなくなって、そんでもって、気がついたらすきになってた、と。気づいて貰えないかな、と、毎朝どきどきしてたんだけど、全然気づいてもらえずに、我慢できなくて、昨日の告白になった、と。――走って逃げたのは、場所が教室だとかを忘れてて、勢い余って告げたもんだから恥ずかしくなってテンパッて気がついたら逃走してた、と。


「どうなのよそれは」


「うう、すみません……」


項垂れる彼を目の前に、しばし思案する。告白されたのは、嫌じゃない。好意を持ってもらえるのも、悪くない。でも、付き合えるほど彼をしってるわけではない。


ならば、答えはひとつ。


「お友達から、お願いします?」


思わず疑問形で告げた言葉に、彼は、一瞬きょとんとしてから、そして、また泣きそうに顔を歪めてうんうんと頷いた。


――しっぽがあったら振ってそうだよなぁと、思ったのはひみつ。


と、いうわけで、私は、朝夕一緒に通学する友人兼恋人候補をゲットした。


候補が外れる日が、いつになるかは、わからない。


だけど、毎朝、私を見つけるたびに嬉しそうに笑うヤツをみるかぎり、そんなに遠い日じゃないのかな、と、思わなくもないのだった。


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