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めんどくさがりな彼女

握りしめた拳に、ぎゅっと力を込める。


大きく深呼吸。そして。思いっきり振りかぶって、そのまま叩きつけた。


「ばっかやろぉぉぉぉ!!」


クリーンヒット。


綺麗にみぞおちに決まったのか、目の前の男は、ぐは、と呻いて崩れ落ちる。


ふん。

ざまあみなさい、と、顔にかかる髪を払えば、周囲から歓声が沸き起こる。


「……あらまぁ」


そういえば、学校の前だったわ、と、思うけれど、まぁしょうがない。

こんなところにノコノコと顔を出すこいつが悪い。


「か、かおり……っ」


呻きながらこちらに手をのばす男に、ふん、と、鼻で笑って。


「おとといきやがれ、ですよ。元彼氏さん」


その一言で、撃沈。


さらば浮気男。


私は、清々しい気分で、歓声に沸く周囲に手を振って、学校をあとに家に帰るのだった。




「ぶ、あははははは! マジで? マジなの? マジで殴ったんだ!?」


部屋の中、クッションを抱えて、涙を流しながら従兄弟の啓太は笑う。


同じ学校に通う彼は、どうやら部活の途中で聞こえた騒ぎの原因が私だと知って、帰り道にそのまま訪ねてきたらしい。


しかし、すごい笑いっぷりだ。

呆れて振り返り、机から床に座る彼を眺める。うん、なんだろう、ここまで笑うようなことなのだろうか。


「そんなに面白い?」


思わず問いかければ、しばらくヒーヒーいいながらうなづいていたが、はぁ、と、深く息をついたあとでニヤリと意地悪く笑う。


「ああ、面白いね。だってお前の元彼って、アレだろ、結構イケメンでそれ鼻に掛けてたじゃん」


同じ学校ではないのだけれど、近くの高校の生徒である元彼の評判は、かなり悪かったらしい。


まぁ、そんな気はしてたんだけど、と、思わず遠い目をすれば、従姉弟はにんやりと笑う。


「まあ、なんであんなのと付き合ってたんだかって感じだけど、大方、気がついたらそうなってたってところだろ」


図星かよ、と、内心毒づく。ええ、そのとおり。いつものようにのんびりとひとり、読書をしながら帰宅していたら、声を書けられて付き合うと言われて、頷いたつもりはなかったにも関わらず、いつしか彼氏だと名乗るようになっていたあの男。まぁ、否定するのも面倒でそのまま放置してた私も、悪いのはわかる。でもなぁ。でも、全く知らん女から、彼に近づかないで! とか、そんなことを言われる筋合いは、ない。それも、複数。なんだこれ、どっちが浮気だったんだ、と、思った私は、面倒くさいから別れようと告げて。


別れたはずの男が、今日現れたわけで。


お前が本命だとか、なんだか色々言ってたけど、聞こえない振りしてたら、強引に何かされそうになって。さすがにそれはちょっと、と、思ったから、拳を握った。な、おまえだけだよ、拗ねるなよ、とか、意味不明なことをほざきながら顔を近づけてくる男に、鉄槌パンチ。久しぶりの拳は、ちょっと痛かったけど、あの男思ったより腹筋がなかったみたいで、そこまでダメージがなかった。外面だけか。と、思ったのは秘密だ。


「まぁ、なんにせよ、すっきりしたからいいわ。めんどくさいのはもういらない」


そう告げてまた机に向かう。面倒くさいけど、試験前に勉強するほうがもっと面倒だから、普段から最小限の勉強は欠かさない。矛盾してるようだけど、これが私の主義だから、と、せっせと問題集に向かっていれば、後ろから深々とため息が漏れる。


「あの男もなぁ。お前の外面に騙されたんだろうけど」


失敬な。

まるで私が、特大の猫でもかぶってるかのようにいうなんて。


「別に私、猫かぶってなんかないわよ」


「ああ、そうだな、お前はいつも素のままだ。でもなぁ。その外見と中身のギャップがなぁ」


ふ、と、近づく気配に顔を上げれば、横に従姉弟が立っていた。ぎゅっと眉を寄せて睨めば、またため息。


黒髪ロングのなにが悪い。ありがたいことに生まれついてのストレートなんだ、大事にしてなにが悪い。授業中だけめがねでなにが悪い。しかもめんどくさいから制服を校則通りにきているのも、会話するのも面倒だからいつも本を読んでるのも、なにが悪いっていうんだ。


みたいなことを、いったらば。


「それを客観的にみてみろよ」


ふむ? と首をかしげる。


「……ひきこもりのくらいオタク少女?」


「ばっか。おとなしくて一歩後ろを歩いてくれそうな、文学少女だ」


はぁぁ? と、眉をあげる。それはまた、私とは真逆な形容詞だ。おとなしい? どこが? 一歩後ろ? むしろ前を歩くよ。ブンガク少女だぁ? むしろなんでも読む雑食ですがなにか。


「目ぇ、腐ってんじゃないの」


「だから、外見詐欺だっつーの」


くくく、と、笑う従姉弟をよそに、相手してられないとばかりに、再び机に向かう。


そんな私の横で従姉弟は唄うように告げる。


「だからあの男は、お前を自由にできると思った。断られないと思った。思い通りに出来るだろうし反論されるなんて思ってもみなかった。あの男、あちこちで吹聴してたらしいぜ、俺の言いなりだぜ! ってな」


「よく知ってるわね」


顔も上げずに、こたれば。


「意外と、部活のメンバー経由で他校情報ってのは行き交うもんなんだよ。あいつに女取られてしかもその女ポイ捨てされたー、とか、結構聞いたしな」


ふむ? と、気になったことがあったので、顔を上げて彼をみあげる。


「でも、私が彼と付き合うつったとき、なにも言わなかったじゃない」


それに、彼はニヤリと笑って。


「だって、お前があの男と真面目に付き合ってるとかナイと思ったしな。お前の性格的に」


そりゃそうだ。


「だってめんどくさいもん」


「言うと思った」


くく、と笑う従姉弟は、けれどすぐに表情を改めて。まっすぐに、私を見つめてきた。


「だいたいさ、俺がこんだけアプローチしまくってんのに気づかない奴が、カレカノとか、ありえんだろ」


「――は?」


きょとん、と、見返せば、ニヤニヤと笑いながら、彼の手が私の髪に触れる。


「は? じゃねぇよ。お前な、いくら従姉弟とはいえ、高校生にもなって、ちょくちょく普通、遊びに来ると思うかー? 部活結構きっついのに」


「かーさんのご飯食べに来てるんだと思った」


真顔でかえせば、ぐっ、と詰まる。


「そ、それは否定出来ないけども、だ。おばさんの飯は確かにうまい。が。そういうことじゃ、なくってだな!」


少し焦ったような声で続ける従姉弟を、じっと眺めてみる。


なるほど、部活をやってるだけあって、それなりに体はしっかりしてる。あのへんな元彼らしきものとは雲泥の差だ。顔の作りは、美形というほどではないが、それなりで、少々目つきは鋭いが好感度は高い。


「っていうか、それなりにモテそうだよね」


「っ、おっまえ、人の話聞いてたのか」


「いや全然?」


はぁぁぁ、と、呆れたように深く深くため息を漏らす従姉弟をよそに、とりあえずやるべきものを済ませてしまうために、ノートにペンを走らせる。


「まぁ、な、わかってたけどな。そういうやつだよな」


呆れたような、けれどどこか違う響きを持つ声をしりめに、せっせとノルマを終わらせて。


「そうそう、こういうやつだから」


だから、他にいいやつさっさとみつければいいのになぁ、と、思っていたらば。


「そういうところが好きなんだからしょうがないよな」


え、と、顔を上げれば、間近に従姉弟の顔。


なに? と思うまもなく、逃げる好きもないままに、唇に暖かな感触。


ぱちくり、と、瞬く私に、従姉弟はどこか照れたようにけれど嬉しそうに笑って。


「まぁ、そういうわけだから、よろしくな」


そう、宣言したのだった




いつの間にか彼ができて、面倒だなって思ってた。

浮気者? だったから、すぐに別れた。


恋愛なんて面倒だなぁ、と、思ってたら、従姉弟がキスをした。



はてさて、これから、どうなることやら。


めんどくさいなぁ、と、ため息を漏らす私の唇が、僅かに笑みに緩んでいたことに、きっと従姉弟は気づかない。


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