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あなた、と。

木の葉が揺れる。

地面にその影か、きらきらと映るのがなぜかとても面白く思えて、私は、ただじっと、それを眺めていた。


はるも、なつも、あきも、ふゆも。


ただ、ただ、じっと、外を眺め続けた。


ずっと、眺め続けているのだと、思っていた。


窓からの風景が一番多かったのは、きっと、私がいつもベッドの上で、そして、そこから見やすい場所に大きな窓があったからかもしれない。


窓の外の風景が、季節によって移り変わっていくのを、ただ眺めていた。たとえ、外の景色が日々変わろうとも。


――ずっと、私は、変わらないのだと、そう、思っていた。



私は、ただ、ぼーっとしているような子供だった。

何を見てるのかわからない、と、困ったように飽きれたように母たちに言われながらも、 ぼーっと外を眺め、光を眺めているような子供だった。

外の世界は、きらきらと輝いて、美しかった。私の目には、この上なく美しく思えて、きっと外は楽園に違いない、と、信じている。


幼い頃から病気がちで、移動は車にのって病院だけ、という私には、家の庭も、 病院の中庭も、出ることが許されな居場所であり、とても憧れの場所だった。


そのことを、誰かにいったことはなかった。どこかで、誰かにいってもわかってもらえないと、思っていたように思う。もしくは、かわいそうに、と、とても強い憐憫を込めた目でみつめられるか、どちらか、だろう。


外に出られないかわいそうな子、と、周りの人がそう思っているのを私は、いつしかすこしずつ理解するようになっていた。

大人になるまでいきられるかどうかわからない子、と、幸いにして裕福だったらしい私の生まれた家の中で、家族以外にもたくさんいる人たちの、ひそひそとひそめた会話で私はしっていた。

部屋の中からほとんどでない生活にもかかわらず、私はいろんな話を知っていた。それは、開けた窓から聞こえる声であったり、部屋の扉の向こうから聞こえる声であったりした。

それでも、ひっそりと屋敷の隅で、其れなりに丁寧に世話をうけることができたのは、私が女であり、母が私の兄であり跡継ぎでもある男児を産んでいたからかもしれない。それがなくば、私は母とともに、路頭にまよっていただろう。そんなふうに、裕福でありながら、否、裕福であるがゆえにか、そんなどこまでも時代錯誤な家で、私は母とともに、ひっそりと、生きていた。


弱い子どもだからこそ、もしかすると、外になど出せぬと、それを恥と思われていたのかもしれない。


おそらく私は、このまま屋敷の隅でひっそりと暮らしてしんでいくのだろう、と、ずっと思っていた。



なのに。


「嫁に、いってもらう」


どこか青ざめた顔の兄が、滅多に私の部屋に顔を見せることのない兄が、そう告げたのは、夏の終わりのことだった。

今年の夏はそこまで体調を崩さずにすみ、穏やかな空の色と木の緑を眺めていたときだった。

確かに、私が健康であったならば、もしくは、もう少し、ほんの少し丈夫であったならば、割りと早い段階で嫁にいくという話もでていただろう。

家からほとんど出ることのない私は、与えられた、これだけは時代に合っていたネットなどを活用した方法で、なんとか学業の単位を修めて学校を終わらせてあった。

本来ならば、もっと早い段階で、嫁へ行く話が出ていたのだろう。

事実、従姉妹の中には、かなり早くに婚約者が決められ、高校卒業と同時に嫁いだものすら、少なくない。


けれど、私は、今までそんな話しなど、出たことがなかった。

それは、体が強くないからだけではなく、子どもを産むことが出来るかどうかすらわからないという、この時代がかった家の人間たちにとっては、無価値に等しい状態だったからだろう。


それが。


「私を、もらってくださる方が、おいでなのですか」


そっと問い返した言葉に、兄が、複雑そうに顔を歪める。


「お前を貰いたいといってくださっている。行ってくれるな」


問いかけでありながら、それは断ることなど出来ぬ言葉であることなど、百も承知だった。

兄の言葉の裏には、貰いたいと行ってきたであろう相手に対して、奇特な人間だと思っている空気がにじみ出ていた。


兄もまた、この家で育つうちに、いつしか、こうして染まっていったのだろう。


「分かりました。私でお役にたちますならば」


――私の、18の、誕生日の頃のこと、だった。




「全く外に出れないわけがない。さあ、参りましょう」


そう行って私の手をとったのは、まだ若いどこかの次男だという方だった。穏やかに笑う彼は、そういって私の手をひく。

今まで、出てはならないと言われてきただけに、それに戸惑う。

だまって微笑んで、そっと促してくれた彼に手をひかれ、私は、庭を歩く。


風が吹き渡る。

頬を撫でる。

土の香り、緑の香り。


秋の匂い。

踏みしめた土の感触。


それをじわりと五感全てで感じ取りながら、私は、いつしかそっと微笑みを浮かべていた。


「ああ、やっと笑顔をみることができた」


そういって、嬉しそうな彼に視線を向ける。


「貴方が病院に来るたびに、ずっと見ていたのですよ」


「ずっと、ですか?」


「ええ、ずっと。入院中に、貴方が病院に診察へ来られるたびに、ずっと」


驚いて見つめ返す。彼は入院していたというのか。全く外見からは、そんな風情は見当たらない。強いて言えば、色が僅かに白く見えるくらいだろうか。


「お体は、もう?」


「ええ、お陰様で。まあ、成人して以降、少しずつ大丈夫になっていく傾向のあるものでもあったので、なんとか」


ゆっくりと、ゆっくりと。歩を進める中で、かわされる会話。それでも、あまり歩くことのなかった私の足の進みは、この上なくゆっくりで。申し訳なく思えば、それに気づいてか、彼は、ゆったりと笑う。


「ゆっくりで、いいのですよ。ともに、いきていきましょう」


――破産しかけた会社を助ける変わりに、と、私を求めた彼は、いったい何を思って何を考えたのか。


それを、私は、長い長い残りの人生をいきるなかで、知ることになる。


私の手を引き、ゆっくりと隣を歩いてくれる、彼とともに。



木の葉が揺れる。

地面にその影か、きらきらと地面に映る。


はるも、なつも、あきも、ふゆも。


ただ、ただ、じっと、それを私は眺め続けることだろう。


彼という存在を隣に、外の空気を感じながら。




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