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そして、はじまる。

「なんか、やだなぁ」


そう呟いて、彼女は俯いた。


「なんなんだよ。っていうか、なにがだよ」


「なにっていうか……」


言葉を濁して、口をつぐむ彼女はその態度に、無償にいらっときてしまう。


仕事上がりの金曜日。明日からは連休で、せっかくだから、と、酒や食材を買い込んで、久しぶりに一緒に過ごそうと、一緒に俺の部屋に帰宅した。

彼女が料理する間に、ちょこちょこと、手伝ったり、自分でも作れるつまみなぞを作ったりして、それから、ほとんど晩飯というよりは酒の摘みのような料理とともに、買い込んできた酒をテーブルに並べて、のんびりとしていた時のことだった。


カレンダー通りの会社で良かった。気の合う彼女と、のんびりと部屋で過ごせるこの時間がなんともいえず幸せで、その空気を堪能していた。


彼女もどこか、のんびりとくつろいだ様子で、美味しそうに食事をしていた。


だから。


ぽつり、と、呟いた彼女の言葉に、まるで水を突然かけられたかのような気分に、なってしまって。

もしかして、俺といるのが嫌なんだろうか。別れたいとか、そういうことなんだろうか。それ以前に、さっきのくつろいだような顔は、気のせいだったのか、とか、色々、色々、止めどなく浮かんできて。


何も言わずにうつむく彼女に、哀しいような苦しいような、訳の分からない感情が溢れかえって、気が付けばそれは、いらだちのような感情へと変化してしまっていて。


「いってくれなきゃ、俺だってわかんねえよ」


吐き出した言葉は、どこか、刺々しくなってしまった。


言い訳させてもらうなら、これから週末、いってしまえば大好きな彼女と過ごせると幸せな気分でいた所に、彼女の発言だったのだから、多少は察して欲しい。


その言葉に、がばり、と、彼女は顔をあげる。

勢いよく上がった顔をみれば、いままでの曖昧さが嘘のように、まっすぐにこちらを睨みつけていた。


「その言葉、悪いけど、そのまんま、あなたに、返すわ!」


区切りながら、一言ずつ、勢いよくいった彼女は、そのままの勢いで目の前の缶ビールの缶をを掴むと、ぐいっ、と、勢いよくなかみを 煽る。たんっ、と、いい音をさせてそれを置いた彼女の目は、すわっていた。


「どういう、意味だよ」


わけが分からなくって、ままに、自分も目の前のビールにてそれを伸ばす。


せっかくだからね、と、いつもの発泡酒や第3のビールじゃなくって、国産の、結構高いビールを、買ってきた。


机に並べられたつまみも、温かいものは既に食べ終えてるけれど、まだ色々と、ウマそうなものが残ってて。

テレビからは、どこかの国の、ベタな恋愛映画で、画面ではカップルが、妙にいちゃいちゃしてる。


その何もかもが、苛立たしい気がして、そのむかむかする気持ちのまま、ビールをぐいっと、煽る。


「だって!」


叫ぶように、絞りだすような声に、気になりながらもビールを飲む。ごくごく、と、腹立ちまぎれに。


その様子を恨めしそうに彼女は眺めて。そして。


「だってさ、好きって言われたこと、ないから!」


ぐふ、と。ビールを吹き出すかと思った。むしろ、気管に入った。結構苦しい。げふげふと、咳き込んでいれば、彼女は慌てたように背中をさすってくれる。


苦しい、結構きつい。炭酸だから余計なのか。


しかし、今はそれどころじゃ、ない。


「ちょ、ちょっとまて。言っただろ。俺、いってるはずだぞ」


そこだけは、はっきりさせなければ。


彼女は、ぐっっと詰まったように息を飲むと、次第に涙目になる。ちょ、ヤメテクレ、泣かないでくれ、と、焦る。


「いってない。きいてない。……ねえ、私、あなたのなんなの?」


ノックアウト。ちょっとまってくれ。いろいろちょっとまってくれ。


「いや、いった。好きだって、結構言ってるはずだぞ、俺」


あのときと、このときと、と、指折り伝えれば、彼女は複雑な顔になる。


「いや、それ、服が好きだ、とか、髪型が好きだ、としか、取れないから」


確かに、その服似合っててかわいいな、好きだ、とか、髪型いいな、好きだとか。ただ好きだと告げるのが苦手で、そういうふうに伝えた覚えは、ある。


「……そうなのか? というか、俺こそ、お前のなんなんだよ。付き合ってると思ってたの、俺だけなわけ?」


「だって、付き合ってって言われてない!」


そう叫ぶと、再びビールを煽る彼女。


……いや、それは確かに行った覚えはない。付き合ってくれ、とはいってない。いってない、が。


「俺。ちゃんと彼女のつもりだったよ? 彼女として扱ってたよ。そうじゃなきゃ週末に部屋に入れたりしないし、酒を部屋で飲もう、なんていわない。こまめにメールなんぞ、面倒で普段しない」


そうだ、そんなこと、するわけがない。面倒くさいから、人付き合いも最小限、社会に出てなければ余裕で引きこもりになれていただろう、微妙にコミュニケーション能力が低い俺のことだ。それは、割りと付き合いの長い彼女もわかっているとおもっていたのだけれど。


「……それ、は、わかってる、けど」


「っていうかさ、おまえこそ。彼氏と思ってない男の部屋に、夜に来るとか平気なわけ? 酒とか男の部屋で飲むとか、平気なわけ?」


もしかして、それが彼女の普通なのだろうか。そうだとすると、いささか面白く無い。いや、いささかどころか、かなり面白く無い。

想像するだけでムカムカくるそれに、表情が硬くなるのを意識していれば、彼女は慌てたように首をぶんぶんぶん、と、まるでおもちゃのように振りまくる。


「ち、ちがう、ちがうもん! 彼氏だと、思ってた、っていうか、あなたじゃなきゃ、部屋になんかいかないし! そこまで無防備じゃないし!」


それを聞いて、ちょっと安心する。ついでに、ちょっとだけ赤くなった彼女の顔に、妙なうれしさが沸く。なんのかんのいって、イラッとすることがあっても、こういうかわいいところがあるから、たまらない。わかってるんだろうか、この人は。いつでも俺は狼になれるぜ、な、状態なことに。


「なら、いいけど。……でも、それなら、なんでいまさら」


そう、いまさら。こうして夜に共に俺の部屋にいて、これからどうなるかも、普通に考えたらわからないわけでもないだろうに。


かっ、と赤くなった彼女は、誤魔化すようにもう一度ビールを飲むと、そっと顔を伏せた。


「……だから、じゃん。いまだから、その、そういうことになるまえに、ハッキリさせたかったんじゃん」


言葉で聞かないと、不安になることもあるんだよ、と、ぼそぼそと呟くように、彼女がいう。


そういうことになる可能性が高い、と、解っていたからこそ、気になった、と。居心地が良すぎて、このままのんびりして、そしてそういうふうになったとして。けれど、ハッキリと言葉で伝えられてなかったことで、ギリギリになって不安になったんだ、と。


「そっか」


うん、と頷いた彼女は、小さく息をついた。


「ワガママっぽいし、これって心狭いというか、色々自己嫌悪的な感じなんですけど。ああもう、うん、ごめんなさい、ほんとに」


「いや、俺の方こそ」


確かに、言葉を選ぶのが上手くない俺が、伝えたと思っていた言葉は、彼女に伝わってなかった。これは、今聞くと間違いなく俺が悪いから、反省するところだ。それに、理由をきくなら、わからなくもない。そういうものなのか、と、納得する。


ならば、だ。


大きく息を吸って、はいて。じっと彼女を見つめる。


「な、なに?」


「好きです。ずっといっしょにいたいです。そばにいると落ち着いて幸せな気分になれるから、大好きです。俺と、付き合ってください」


改めて、言葉にする。まっすぐに、冗談でなく。心のままに、そのままに。


かっと、一気にトマトのように赤くなった彼女が、あわあわとうろたえる。


「ちょ、まって、マジで、まってお願い。ああもう、もうもう、そういうとこ、反則だよ、もう」


手で顔を覆って俯いた彼女が、あああああ、と、唸り声を上げる。


「うん、ごめん。で、返事は?」


せっかく言ったのだから、返事が欲しい。そっと顔を覗き込めば、ちらり、と、こちらを上目で見つめてから。

ばっ、と、顔をあげると、彼女は叫ぶように、いった。


「はいっ、よろこんでっ! 私も大好きだこんちくしょーっ」


豪快な声に、笑ってしまう。こんちくしょーって! おさまらないまま、笑っていれば、拗ねたような顔になっていた彼女も、次第に釣られるように、笑顔になって。


その顔をみて、なんだかたまらなくなって。そっと、キスをひとつ。


「これからもよろしく」


驚いてまたたく彼女に、そっとささやけば、一瞬きょとんとしたあと、再びふわりと微笑んだ。


「こちらこそ」


そのままぎゅっと抱きしめれば、自分よりも小さくてやわらかな感触に、この上なく幸せな気分になった。


「じゃ、そういうことで」


いただきます、と、そっと耳元にささやけば、夜の部屋に、ひぎゃーと、色気のない叫び声が響くのだった。



そんな、俺と彼女の、物語。




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