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「あたし」が帰る場所

あたしが生まれたのは、大きな都市の小さな町だった。商店街にはパチンコ屋さんや飲み屋さんがたくさんあって、仕事帰りのおじさんたちが大声で笑いながら歩いてるその様子を、アーケードの境目にある2Fの窓から、いつも眺めてた。

汚いわけじゃないけれど、綺麗な街じゃなかった。時々、そう、年に1~2回は、銃声なんかが聞こえるような、そしてそれが普通なような、いま思えば日本でありながらどこか日本じゃないような、そんなまちが、あたしの故郷だった。


うちの店は小さなタバコ屋だった。

朝から晩まで働くおばあちゃんに、あたしは育てられた。両親のことなんか、これっぽっちも覚えていない。両親のことを聞こうとすると、年を取るに従って酷く愚痴っぽくなっていったおばあちゃんが、ぶつぶつととにかく有らん限りの暴言と汚い言葉で、両親を罵るから、だんだん聞かなくなった。


小学校、中学校、と、地元の学校に通って、そこには、あたしの街の中でも裕福なエリアに住んでいる、綺麗な格好でおしゃれな文具なんかをもっているような生徒もいて、その子たちのグループからはどこか遠巻きにされたりいじめられたりもしたけれど、それでも、同じ商店街エリアやその付近にすんでる、それこそ小さい頃から一緒だった連中は、両親がいたりいなかったり、なんにせよいろいろと似たり寄ったりだったし、お互いに気心がしれてて、それなりにやってたから、そこまで苦じゃなかった。


そういえば、あの頃、そのおしゃれな子たちとあたし達を分ける境界のひとつが、幼稚園に行ったかどうかだったようにも思う。ここいらのエリアの人たちは、幼稚園にも保育園にもあまり子供をやらない。むしろ保育園もこのエリアにはなくって、裕福な子たちのエリアにある。裕福な子たちの子供は、キラキラしたバスの迎えに来る幼稚園に通ってたりして、そのくせあたし達は、家族が仕事をしている横で代わりに店番をしたり、一緒に店を探検したり、誰かの家にまとめておいて置かれたりと、いろいろだった。放置はされてなかった。むしろひとまとめに世話をされていた。しみじみと、不思議な場所だったと、いまでも思う。



あたしがそこをでたのは、15の時だった。高校進学のために一応勉強したけど、受かったのはあたし立のお金がかかるところだけで、さすがに奨学金をとれるほどの成績もなかったあたしは、働くことを選んだ。おばあちゃんもそろそろ体にがたがきていて、タバコ屋さんをするのは厳しく自販機の売上が、生活の頼りだった。

そこまで貧乏じゃなかったのかもしれない、けれど、自分の食い扶持は自分で稼ぐ、が、基本のような生き方だったあたしたちは、それぞれ、進学したり就職したり家の手伝いをすることになったりと、それぞれの道にわかれた。


――あたしは、いまのまちよりも少しだけ都会に出た。ほんの少しだけ。



そこは、キラキラしてた。

見るものすべてが、キラキラしてて、歩く人達もキラキラしてみえて、あたしは、すぐに夢中になった。


なんとか潜り込んだ小さな会社で、これでもかというほどの雑用をこなしながら、少しずつ貯めたお金で、あたしもキラキラの仲間入りをした。可愛い服、おしゃれな小物、きちんとしたメイク。あの街でもできたことだけど、同じようなそれも、ここでは違うような気がした。


若さと、いろいろな好条件が重なったのか、あたしはすぐにちやほやされた。あまやかされて、かわいがられた。そして、恋人ができて、幸せの絶頂だった。



有頂天で、里帰りして、そして、彼にあった。


いいところ住みのメンバーだけど、公平な奴だった彼は、割りとみなに嫌われてなかった。そんな彼と、まちでばったりあった。あたしは、うれしくなって声をかけた。変わったあたしを見せたかった。垢抜けたあたしを、みせたかった。


――なのに。


「前の方のが、かわいかったのに」


がっかりした、とでもいうように、呆れたように言う彼に、腹がたった。


彼もまた、この街のひとでしかないんだと、鼻で笑い飛ばして、あたしはまた、戻っていった。


あたしは有頂天だった。

あたしは天狗になってた。


どれだけ飾ろうと変えようと、あたしはあたしでしか、なかったのに。



付き合ってた相手が、浮気をした。

その相手が、突然やってきて、あたしの頬を張り倒した。

泥棒猫、っていわれた。いまどきそんなこと言う人いるんだ、と、驚いた。


――浮気相手は、あたしだった。


その女の人は、奥さんで、あたしが、あたしこそが浮気相手で、不倫相手だったのだ。


嘘でしょう? と問い詰めても、相手は済まないというばかり。


どうして、と、叫んだあたしに、相手はいった。


お前みたいな田舎者の相手してやってたんだ、いい加減にしろよ、身の程知らず。



うん。


叫んだし、泣いたし、すがった。うっとおしかったんだろうなって、思う。それはわかる。わかるんだけど。


――ねえ、そこまでいわれなきゃなんないの?


つばを吐き捨てて去っていくその背を、ぼんやりと眺めた。涙は不思議と、でなかった。



――あたしは町に帰ってきた。おばあちゃんももう、年だし、店をたたもうか、っていってたから、あたしに継がせてってお願いした。務めていた会社は、あたしが不倫をしていたとわかると、さり気なくけれどあからさまに、退職を勧めてきた。あたしは悪くない、と、抗う気力もなかった。不倫なんて、するつもりなんかなかったのに。独身だって、結婚しようって言ってたのに、と、思うだけ無駄な話で、あたしは唯々諾々と退色して、町に戻ってきた。


小さなまちのたばこやさんは、もう、コンビニに押されてあまりはやってなかった。

あの雑然としたまちも、気がつけばシャッターのしまった店がおおくて、なんだか閑散としてた。



さみしいな、と、ひとり、お店の椅子に座って、思う。


あたしはいった、どうしたかったんだろう。

なにがしたかったんだろう。


変わったつもりだったのに、なんにも、なぁんにもかわってなかった。


ぼんやりしてると、涙が滲んできた。


――ほろほろ、ほろほろと涙がこぼれてきた。


ああ、やっと涙が出た、そうおもったら、なんだかおかしくて、小さく笑った。


前の方がよかったのに、と、いった、あの彼のことを思い出した。



そっか。


あたしは変わってたんだ。悪い方に。


ほろほろ、ほろほろ溢れる涙を拭いながら、あたしはひとり、静かに笑った。




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