微熱
平熱が低いと、色々と不便だ。
体の動きも悪くなるし、なにより、普通の人の微熱レベルで、酷くぐったりとなってしまう。
そんなの熱じゃないでしょ、と、言われるのだけれど、普段の平熱からしたら2度以上高いわけで。
私の微熱は、普通の人の微熱より、少しだけ低い温度。
――だからってわけじゃないんだろうけれど。
私はどこか、恋愛に対しても異性に対しても、覚めていた。
同じ年頃の子たちが、それこそ熱に浮かされたように恋に落ちるさまを、私は静かにみていた。
そういう子たちを見るのは、嫌いじゃなかった。むしろ、普段よりキラキラしてる彼女たちをみるのは、好きだった。
私はいつも、話を聞く係で。目を輝かせて幸せそうにうっとりと、時には悲しそうに切なそうに語る彼女たちの話を、いつも黙って聞いていた。話したがりの年頃だったからなのか、あの頃、気がつくと誰かが「聞いて聞いて!」とよってきては、話すのをきいていたように思う。
いちど、聞かれたことがある。
ねえ、好きな人いるの? と。
私は、困ったように首をかしげるしかできなくて。
好きってわかんないんだ。だから、みんなの話聞いて勉強してる、なんて、ごまかして。
そっか、って、そこでは話が終わったはずだったんだけど。
――なにごとも、気に食わない子は、いるようで。
もともと、すかれてなかったんだろーな、と、思う。
中心にいたいようなタイプの子で、それなのに、恋の悩みを打ち明ける相手がその子ではなく私だという事実に――少し考えれば、彼女に話せば秘密が秘密じゃなくなりやすいこととか、話を聞くより意見をいう事のほうが多いとか、色々要因があるのだけれど――腹を立ててたらしい。
別に、こっちはどうでもいいのに、と、そういう態度も、お気に召さなかったようで。
私がいった、好きがわからない、の言葉は、捻じ曲げられて「人を好きな気持ちをバカにしてる」ことになってて。
激しく驚いたと同時に、次第に相談に来る人が少なくなり、決まったメンバーになっていたことに納得した。
なるほど、それはなるだろうな、と、おずおずとその話しを聞かせてくれた子にお礼を言えば、その子は、ううん、否定したけどしきれなくてごめん、と、しょんぼりした。
――そんなかわいいところを、相手がみてくれたらいいのに。
そうしたら一発なのになぁ、と、思いながら、日々、変わらず生活していて。
そう、変わらず生活していたことが気に喰わないのか、更に攻撃が加わって。
ただ、ありがたいことに(?)その子は、直接攻撃などのいじめをすること自体は美学だかなんだかに反するようで、あくまで口撃、それも地味に噂を広げるような方式で、あれこれやってきた。
――体が弱いふりしてる。
――対して熱もないのに、微熱でも大げさに寝こむ。
どこから広まったのか、その噂に、いつしか媚びているという認識が加わって、私はなんとも、噂だけだととんでもない女となっていた。
――そんなとき、だった。
「ねぇ」
廊下をひとり歩いている時、声をかけられて振り返る。
みれば、隣のクラスの男の子。眼鏡をかけていて、そこそこ頭も悪くないけど、無口で目立たない、そんな子。
いつも静かで、だけど、それなりに友人のいる、普通の、男の子。
「なに?」
そんな彼が何故? と、不思議に思っていると。
「ふうん……普通じゃん」
「えーと、君が何を言いたいのかはわかるような分からないような気がするけど、普通のつもりだよ」
ぱちり、と、一度眼鏡の向こうの目がまたたく。そして、それから、彼の顔がふっと一気に破顔した。
あ、笑うと、すごく愛嬌がある顔になるんだ。
普段無表情というか、笑顔になるようなタイプじゃないから、すごく貴重なものをみたような気がする。
「そっか。うん。じゃあな」
手を振って去っていく彼に、うん、と、手を振り返してから、首をかしげる。
――いまの、なんだったんだろう?
それから。
廊下で、下校途中で、休日のまちなかで。
時折、彼と会うようになった。
やあ、と、声をかけられ、いくつか会話をしたら、じゃあ、と、わかれる。
ただそれだけの関係。友人でもない、知人にしてはちょっと親しい、なんともいえない関係だけれど、彼と会話を交わすたび、少しずつたのしくなってきて、なるほど、これが恋の前兆か、などと、自己分析して自分をごまかしたりしてみた。
好きか嫌いか、なら、好き。
恋してるかしてないか、なら、してないとはおもうけど、わからない。
そんなぎりぎりバランスは、なんとも心地よくて、その境界の上で楽しんでいた、んだけれど。
――事実は小説より、奇なり。
「どういうつもりなのよ!」
ばんっ、と、机を叩きながら怒鳴りつける例の子に、驚きながら身を引く。目がつり上がってる。怖い怖い。
「まって。何が、どういうつもりなのってきいてる? なんのはなし?」
落ち着かせようと静かに問いかければ、更に顔に熱を登らせる彼女。ああ、逆撫でしたっぽい。
「しらばっくれないでよ! なんで、貴方が、彼と親しくしてるの! なんでよ!」
彼、といわれて、心当たりはひとりしかいない。頭が回転と計算をはじめる。こういうとき、恋愛相談みたいな感じで話を聞かせてもらってたことが役に立った。
「つまり、貴方は彼が好きで、彼が何らかの興味を以前私に示したから、それをそらそうと私の悪評を流した、けれど、なぜか彼はそれを聞いてるのか聞いてないのかわからない様子でやきもきしてたら、偶然どっかで、顔を会わせて話をする私と彼を見て、カッとなった、と」
ぼろり、と、思考がまんま、口からこぼれた。
しまった、と、思った時には遅かった。
「っ、バカにして!」
振り上げられた手。っていうか、殴られる筋合いはない。
ふりおろされるのを、ちょうど持ってたハードカバーの本でガードする。
「っっ」
手のほうが痛かったようだ。それを見ながら、本が傷んでないかをチェックしつつ、彼女につげる。
「バカにしたつもりはないし、彼とは時々あって話すだけの関係。余計な勘ぐりで攻撃するとか、ちょっと冷静になろうよ」
「バカにしてるじゃない! いつも聞くだけで、私は恋なんてしないのなんて素振りで!」
そんなつもりないんだけどなぁ、と、ため息を付けば、放課後の教室とは言え多少ひとがいたにも関わらず、しんとしていた教室にざわ、と、声が広がった。
「っていうか、何事。なに、これ俺のせい?」
教室をのぞき、眼鏡のリブを抑えながらため息を漏らす彼の姿。
「あ、え、ち、違うの、違うのよ」
慌て出す彼女に、彼は、深く深くため息を更に漏らして。
「なんていうか、うん。気持ちは嬉しいけど、俺、断ったよね。お付き合いできません、って。なのに、あって話しただけの子を攻撃するとか、ちょっとどうなんだ。さすがに、酷くないか?」
じっと、彼女の方を見つめて告げる声に、彼女が次第に涙をこぼし始めて。
――なんていうか、うん。
かえっていいかなぁ、と、思わず窓の外を眺めてしまった。
「悪かったな」
缶コーヒーを渡されて、頷く。
「うん、悪いね」
苦笑した彼は、ぷし、と、缶を開くと、私が座っていたベンチの隣に腰を下ろして、一気に飲み干した。
夕暮れの公園。あのあと、友人に連れられて教室を出ていった彼女と、残された私と彼。
とりあえずお詫びをという彼に、まぁいっか、と、ついてきたらば公園で。
「ってか、容赦ないな」
「するひつようが、どこに?」
どんな子であろうとも、女を泣かす奴に容赦する気はない。
「はぁ……あーあ、前途多難だなぁ」
空を見上げて、そう呟く彼をみながら、考える。
好きか嫌いかと言えば、好き。
恋かそうでないかといわれたら、恋じゃないと思うけど、と、答える。
でも。
――じわりじわりと上がる熱は、いったい、何を意味しているのやら。
私の微熱は、36℃。
さて、この思いは、どこで熱へと変わるのか。
夕焼けの空をみつめて、小さく笑ったのだった。
お題:「確かに恋だった」様 http://have-a.chew.jp/
「それは甘い20題」より 「18.36℃」