そして私は夢をみる
昼寝をするなら、木陰が、いい。
季節は初夏、五月ごろがいい。
風が強くない日がいい。
冬の終わりの、ひだまりの中もわるくない。
ふわり、と浮かぶアクビを噛み殺しながら、窓の外を眺める。
聞こえる教師の声、四角く区切られた空間にひしめく、同じ色合いの二種類の制服の人間。
自分も、その、1人にしかすぎないんだと思いながら、ただ、窓の外を眺め続けた。
「おい、おいってば」
声を掛けられて、はっとする。
どうやら、いつの間にやら授業が終わっていた。
周囲がいくらか騒がしいな、と時間割に目をやれば、次は移動教室。
めんどうだな、と、思いつつ、再びアクビをひとつ。教科書を取り出していれば、呆れたようなため息が、横から聞こえた。
「あー、おはよう?」
寝ているつもりはなかったけれど、どうやら眠っていたらしい。
見事な居眠りだな、と、思いつつ、用意を終えて隣をみれば、そこには男前な少年が1人。
我が幼馴染殿は、あいも変わらず男前だな、と、ちらちらと彼にむけられる視線と、ついでに紛れてこちらに向かってくる突き刺さるような視線とを感じつつ、ぼんやりと思う。
再びアクビ。
ふ、と、呆れたように笑った彼は、一度、ぽん、と、頭に触れると、先にたって歩き出した。
――別に、ほうっておいてくれて、かまわないのに。
そう思いながらも、口に出していえないのは、たぶん。
そうやって、声を掛けてくれる彼の優しさが、うれしいから。
そんな風にやさしくされるのは、いまは「まだ」自分だけだから。
――もうちょっとだけ、いいよね。
自分に言い訳しながら、小さく笑った。
学校が嫌いなわけじゃない。
家が嫌いなわけじゃない。
たぶん、私が少しだけ偏屈で、へそ曲がりで、素直じゃないだけなんだと思う。
たぶん、私が少しばかり小さいことを来にしたりこだわったりし過ぎで、過敏に反応しすぎなんだと思う。
心の中ではいつも、ぐるぐるぐるぐるとさまざまな不安や悩みや考えが渦巻いていて、止まらなくなって苦しくなる。
だから私は、外を眺める。
だから私は、目を閉じる。
すべてのからまわる思考を、一時停止させるために。
――でも、周りはそれを、なかなか許してはくれない。
いつもいつも、彼がそばにいるわけじゃない。当たり前だ、ただのクラスメイトで、ちょっと幼馴染なだけなのだから。
彼は、私の母に頼まれたから律儀に気にしてくれているだけで、実はただそれだけだというのに。
「ちょっと、いい?」
クラスの、ちょっと勝気で中心的な女の子に、声をかけられた。
その仲間と、後ろに隠れてその女の子を止めようとしている子が1人。
なんか、割とこれよくあるパターンだよね、小学校も中学校も同じ事あったけど、高校でもそうなの? と、心の中でうんざりしながら、外には出さずに頷く。
こっち、と、連れだされたのは、いまは使われていない空き教室。というか、よく鍵あったな、なんて場違いなことを思いながら、大掃除の時にしか掃除されないからか、埃っぽいそこを眺めていれば、向かい合うように立って、勝気な子が口をひらく。
抜粋すれば、簡単なこと。
彼とはどういう関係なのか。恋人なのか。ただの幼馴染なら、少しは遠慮したらどうだ。○○ちゃんは彼のこと好きなんだ。告白するつもりなんだけど貴女が邪魔でなかなかできないんだ。むしろ協力しろ。
ほとんど、毎回言われるのは似たようなことばかり。
思わず、ふわり、と、アクビを漏らして外を眺める。
ああ。新緑が綺麗だ。お日様にキラキラ輝いてる。
今日は暖かいから、木陰のほどよいところを選んで、木を背に目を閉じたらどれほど気持ちがいいだろう。
目を閉じれば、聞こえてくるのは、私の態度に腹を立てたらしき勝気なこの大声。
その後ろから、泣いているような、別の子の声。
ああ。うるさい。雑音だ。
「――彼に直接、いえばいいじゃない。私に言ってどうするの」
目を閉じたまま、そう、呟く。
彼に言えばいい。そして、彼がそれを受け入れたなら、それでいい。――選ぶのは、彼だ、というのに。
パチン、と音がして、頬が熱くなる。
ああ、叩かれたんだ、と、ぼんやり目を見開けば、叩いたのは自分のくせに狼狽えたような勝気な子の顔。
「……ああ、貴女も、彼が好きなんだ」
そう告げれば、かっと赤く染まるその子の顔。そして、再び振り上げられる手。
反対側にしてくれないかなぁ、なんて思いながら、避けることもせずにぼんやり眺めていれば、がらり、と、扉の開く音がして。
「――俺に言うべきことを、直接言わずにコイツにいうとか、八つ当たり?」
どこか冷たい目の彼が、こちらをみていた。
ああもう、過保護だなぁ、と、見つめれば、慌てて振り上げていた手を下ろす様子をみて、彼の目が鋭くなる。そのままこちらを見て、顔が険しくなったので、ひらり、と片手を上げてみせた。
「だいじょうぶ、もんだいない」
「あるだろうが。バカ」
どかどか、と、擬音が付きそうな勢いでこちらに歩み寄ってきた彼は、少し赤くなっているらしい頬に、眉を寄せる。
「ったく……避けるとかなんとか、しろよ」
「やだよ、めんどくさい」
彼は、呆れたようなため息をついた。
「あ、あのっ」
後ろから、あのおどおどしていた子の声が聞こえる。
みれば、涙目になりながらも、両手を握りしめて必死の様子でこちらをみていて。
ああ、本当に、彼が好きなんだなぁ、と、思っていれば。
「なに? つうか、言い訳ならいらないよ」
冷たい声。みんな、男前っぷりと私に対する態度とか普段のそれなりに人当たりの良い態度で勘違いするけど、この男は、予想以上に難物だ。切り捨てるラインがはっきりしてるというか、なんというか。つまり、そう。
「ち、ちがうのっ。ご、ごめんなさい、私、あなたのことが――」
「聞きたくない。聞く必要性を感じない」
最後まで言わせずに切り捨てる。
「なっ、この子はずっと貴方のことを――」
横から参戦してきた勝気な子を一瞥で黙らせて、薄く唇に冷笑を浮かべた彼は、一度、そこにいたメンバーをぐるりと見回して、それから首をかしげてみせた。
「どうして、他人を集団で攻撃するような人間に好意を向けられていて、嬉しく感じると思うんだ?」
くっ、と黙り込んだ集団を横目に、こちらを向いた彼は、確認するように頬を眺めながら呟いた。
「まったく。傷なんか作ったら、おばさんがなくぞ」
いや、別に泣かないと思うんだけど。浮かんだ思いが顔に出たのか、こんと頭をひとつ叩かれた。ちょっと痛かった。
冷やさなきゃと、彼にそういわれて、連れ出される瞬間、それまで身動ぎ出来ないほど固まっていた彼女たちの中から、あの、勝気な子が、声をあげた。
「なんで……っ! どうして、その子にだけ……っ!」
うん、私も知りたい。知りたいけど、でもね。
「関係無いだろ」
一刀両断。
手を引かれて教室を出る瞬間、振り返れば、目を見開いて震える彼女と目があった。
「……方法、間違えたね」
まっすぐに彼にぶつければ、まだ、マシだったろうに。
答える事もできない彼女をしりめに、彼に手をひかれるまま、その場をあとにした。
「いたい」
「ちょっと傷になってる。爪でひっかけたんだろ」
濡れたハンカチを、冷やすように押し付けられて、眉を寄せればそう返される。
そっか、と、すでに誰も居なくなった教室の中、机にうつぶせて、窓の外を眺めれば、横でため息。
ちら、と、視線を向ける。
「……ついていくなよ」
「そうだねぇ」
「避けろよ」
「そうだねぇ」
「抵抗しろよ!」
次第に大きくなっていく声。
「うん。ごめんね」
ごめんね、いつも心配かけて。でもね。
君に大事にされる優越から、時々こうして思い知らされないと、驕り高ぶってしまいそうなんだ。
――自分もいつか、あちら側に回るのかもしれない、と、自分に刻みつけないと、もしも君に愛する人ができた時に、失いたくないと引き止めてしまいそうなんだ。
だから、ごめんね。へそ曲がりで偏屈で、まともじゃなくて、ごめんね。
君を好きで、ごめんね。
そっと、視線を逸らして窓の外を眺めれば、青い空がみえた。
昼寝をするなら、木陰が、いい。
季節は初夏、五月ごろがいい。
風が強くない日がいい。
冬の終わりの、ひだまりの中もわるくない。
――その時間だけは、何も考えずにいられるだろうから。
ゆっくりと目を閉じれば、そこは穏やかな闇。
ふわり、と、浮かぶアクビのままに、少しだけ、と、意識を手放す。
「――俺を、みてくれよ」
微かな彼の呟きは、うたた寝の夢の中の出来事の、ようだった。
お題:「確かに恋だった」様 http://have-a.chew.jp/
「それは甘い20題」より 「16.うたた寝」