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友情と愛情の境界


昔話をしよう。


とはいえ、そこまで遠い昔じゃない。


まだ結婚する前のこと、まだ大学に入る前のこと。


いまや40絡みとなってしまった自分が、若く無謀だった高校生の頃。


いま思えば、彼女は、親友と呼べる相手だったのだろう。


あのときの思いは、決して、愛ではない。もちろん、恋でもない。友情というにはくさいけれど、そんな関係だった人がいた。


――高校生という年頃、男女に友情はない、という周囲の言葉に、距離をおいてしまったけれど。


けれど、いまでも、彼女は親友だったと、心から思える、そんな人の話をしよう。




あの頃、ごく普通の高校生であった自分だけれど、ごく普通であるがゆえに、彼女と自分の接点は、当初全くなかった。


ただのクラスメイトに過ぎなかった彼女と、知り合ったきっかけは、じゃんけんで負けて当たった、図書委員だったか。

女性には人気のこの委員も、なぜか特にこの年の同じクラスの男連中には人気がなく、それこそ壮大なじゃんけん大会が行われて、負けたのが自分で、立候補したのは、彼女だった。


彼女は、優等生だった。

いわゆる、見た目からして優等生をしているような、そんな子だった。


その当時ですら珍しかった、2つに分けたお下げ髪に、眼鏡。いつも文庫本を手にしているような、そんな彼女。

成績も悪くはなかったし、いつも物静かで、悪くいう人も居ない代わりに、彼女と特に親しいという人もいなかったように思う。


自分もそんな中の一人で、同じ委員になった、と、知った時、ああ、彼女かとそう思った程度の状態だった。


それが、変わったのはいつからだろう。


本自体が嫌いではない自分は、あまり学校では表には出さないけれどそれなりに本を読んでいた。

今で言う中二病というものを、多少まだそのころまで引きずっていた自分は、自分でそういった、今で言うラノベ風味の物語をノートにかいてみたり、ひっそりとそういう想像をするけれど、それを表には出さないで、こっそりとやっているような奴だった。

そういう趣味があるとバレた瞬間、酷く攻撃されるというのは、中学時代に自分ではない別の人間がやられているのをみて、しみじみと理解していたから、いつもひっそりとひた隠しに隠していた。

学校にそういったものを持ち込むことはもちろん、部屋の中でさえ、誰が来ても大丈夫なようにひた隠しにしていた、そんなヤツだった。


それでも、読む本の傾向で、わかる人間にはわかるのだろうか。


それとも、同じ趣味の人間に対しては特殊な嗅覚が働くものだろうか。


彼女は、文学少女ではなかった。本を読む、という意味では、違いはないのだけれど、彼女の読む本のジャンルは、驚くほどはばひろかった。SF・ミステリー・ファンタジーと、網羅し尽くした彼女との会話が楽しい、と、気づいたのは何度目の図書館の当番の時だったか。


それ以来、教室でも数度挨拶をするようになって、委員ではかなり深い会話をするようになっていったのは、必然だったのだろう。


ベタベタしていたつもりはない。

過剰に仲がよかったわけでもない。


けれど、外から見たらそうでもなかったのか。それとも、その頃特有のヤッカミか。


からかわれ揶揄されることが度々あったのだけれど、彼女は全く気にするふうもなく、逆に自分はそれがものすごく気になってしまって、彼女と挨拶することすらなくなっていった。


あれほど、同じ話題を共有し、共感できる相手など、滅多に居なかったというのに。


けれど、当番の時でさえからかわれはじめてからは、次第に距離を置くようになった。



いま思えば、ただのてれだったのかもしれない。


彼女と話さなくなってから、自分はこの上なく物足りない思いをするようになった。

今まで気兼ねなく話せた相手など1人もいなかったから。


数度告白されるようなこともあり、そのうち1人と付き合ってみたけれど、上辺だけの会話はとてもつかれるだけで、それもやがて消滅した。


恋だったのか、愛だったのか、と言われると、わからない。


彼女の存在は、特別なもので、あの時の彼女と共有した感覚は、他では得られないもので。


――それでも、一年後、クラスが別れて全く会話しなくなったあとも、気になりながら声をかけることなど出来なかった。


やがて高校を卒業して、姿を見かけることすらなくなって。

大学へ進み、教職への道へと進んでからも、ずっと、あの時の思い出が忘れられないまま、だった。


それに気づいたのは、ほんの偶然だった。


無事採用試験に合格し、運良く母校に配属された自分は、気がつけば図書館に入り浸るようになった。

昔と違い、大義名分もあり、堂々と本を読める環境であるのも手伝い、司書の先生と図書館管理の先生の手伝いの名目で、ほぼ毎日のように学校の図書館へと通った。

むしろ、そこに席を作ってもらえるレベルで入り浸っている時、それまで貸出をほんの後ろのカードの管理でしていたのを、電子化するということになり、その手伝いに駆り出されたことがあった。

膨大な本をデータ化ということで、何よりもまず、ほんの後ろのカードを抜き取る作業が要求された。

一冊一冊、抜いていく作業はもちろん、委員や手伝いの人間が入ってのことだったのだけれど、その作業の途中で、そう、見つけたのだ。


――彼女の、名前を。


どきりと跳ねる心臓をごまかしながら、作業を続けるうち、彼女の名前をみるたびに、その本をみるたびに、つくづくと、自分と彼女の趣味は似通っていたのだと、痛感した。


有るカードをみた時、名前の横に小さく、アルファベットとおすすめの文字が書いてあって、なにかと思う。

そのアルファベットは、自分の苗字の文字で。女らしい丸めの文字でオススメ、と書かれたそれは、彼女からのサインのようで、湧き上がる感情に戸惑う。


――会いたい。


また話がしたい。

そんな風に思いながら、彼女の残した後を辿る。


いま彼女は何をしているのか。風のウワサすらも届かない状況で、そんなことを思いながら、作業を終えた。



そして、ときはすぎる。


3年目に何とか転勤はないまま、学校に残ることになった春。

新任の先生の紹介を聞いた時、思わず声を上げそうになって、必死に抑えた。


国語科兼、図書館司書教諭として、紹介されたのは彼女だった。


挙動不審になった自分に、あの頃おとなしい風貌だった彼女は、すっきりとした大人の女性に成長した彼女は、どこか楽しげに、にやり、と、笑ったものだった。



――これが、昔話。


男女の間にだって、友情が存在すると、自分は思う。

その後、彼女とは、さまざまに関わって交流して、共に過ごした。


戦友で、親友だった。



――ただ。


友情と愛情だって、両立出来る、って、自分は思っている。



そんな彼女は、いま、自分の妻であり、大事な親友として、日々を共に過ごしている。



あの日、図書館で彼女の残した痕跡をたどった日から、きっと、友情に恋心が加算されたのだ、と、思うのだった。




お題:「確かに恋だった」様 http://have-a.chew.jp/

「それは甘い20題」より 「15.痕跡」


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