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境界の向こう側


   あなたの仕草を、動きを、その呼吸さえも。

   すべてこの手のうちに、抱きしめてしまえたならば。


   浮かぶのは、あなたと二人だけの世界でいきるという、幻想。


   ――あと一歩、踏み出してしまえばきっと、私はそれを現実にしてしまうでしょう。


   呪わしいこの身に宿るその力のすべてを使ってでも。




ふ、と、眩しさを感じて目覚める。

青いカーテンの隙間から、朝日が覗いていた。


……朝、か。


浮かぶ違和感。

窓。カーテン、朝日。サイドテーブル、その上の眼鏡と、スマホ。それに、柔らかなベッド。


ああ。

こちらが現実なのか、と、まばたき一つの間に認識する。


手を伸ばし、眼鏡をかける。


今日もまた、1日が始まる。


ゆっくりと無機質な天井を眺めながら、遠き忘れえぬあの日々を思い、苦く、笑った。




その夢をみるようになったのは、いつからだっただろう。


物心ついた時には、繰り返しみるようになった、夢。


まるで児童向けのファンタジーに出てくるような世界で、ひとり、幼い姿の自分が、ひとり暮らす夢。


理由も何もわからぬまま、外見も全く違うその存在を、瞬時に自分だ、と、思ったのは何故だったのか。


泣くこともせず、喚くこともなく、ただ、与えられる食事を取り、わずかに明かり取りに付けられた小窓から、ただ無表情に空を眺める、

そんな毎日の夢だった。


何故彼はそこにいるのか。なぜ、誰にも会わないのか、浮かぶ疑問は年月がたつうちに自然と知れた。


――王位継承権を持ちながら、呪われた魔力を持って生まれた存在。


それが、塔の中にいる彼だった。


それなりに食も環境も整えられてはいたけれど、世話をする人間は特に居らず、食事が運ばれ、風呂が用意され、衣服が用意される。

誰ともしゃべることもなく、みるのは空ばかり、という、そんな日々の夢を繰り返しみるうちに、いったいこれはなんなのか、と、疑問を覚えた。


その、代わり映えのない夢が変化を遂げたのは、高校進学の頃だっただろうか。


激しい剣戟、風にのり高い塔の上まで漂う血の香り。何がおこっているのか、と、見ているだけの自分すら眉を潜めるような状況の中で、けれど彼は、表情ひとつ動かすことなく、ただ、淡々と空を眺めていた。


彼が何を思うのか、なぜかそれだけは分からずに、まるで映画を見るかのように眺めていれば、普段は人の気配も物音すらもしない塔の中が騒がしくなり、ばたん、と、今まで一度も開くことのなかった扉が、あけられた。


「*****!」


理解できない言語で叫ばれた言葉とともに、駆け寄ってきた血濡れた騎士たちらしき男が、足元に跪く。

それに視線すら向けずに、彼はただ窓の外をみつめていた。


――けれど。


「……***、*****?」


ふわり、と、後ろから響いたやわらかな声。少女のものと思われるその声に、ぴくり、と、反応した彼は、ゆっくりと振り返る。


騎士たちがわずかにずれて道を開ける。


その向こう。


豊かな金の髪を揺らして、白い服に身を包んだ少女が、じっと彼をみつめていた。


――それが、彼と彼女との出会い。


王家の暴虐に対し、反乱を起こした聖女と、魔の力を宿していると幽閉された、最後の生き残りの王子との、出会い。



彼が、何を思ったのか。

それを知らぬまま、夢の中でめまぐるしく場面が変わる。

今まで変化がなかったのが嘘のように。


王位についた彼は、聖女と呼ばれる彼女を優遇した。

けれど、彼女は聖女。娶ることはかなわず、彼は、それなりの地位の人間を議会の選出のままに妃として迎える。


王としての日々。けれど、それは、議会の傀儡としての、日々。

相変わらずの無表情であり、何も感じていないかのような彼は、周囲からどこか遠巻きにされていた。


妃からすらも遠巻きにされる彼に、唯一話しかけ会話をしようとしたのが、かの聖女だった。


やがて、彼の側にも、聖女とともに有る時のみ、感情のカケラが浮かぶようになる。


――果たしてそれが、良いことだったのかどうか。



そして、やがて、彼は、聖女へと執着を見せはじめる。


それを危険と感じた議会は、自然、彼と彼女を引き離しに掛かる。


それに対して、静かに抵抗を見せる王と、素直に従う聖女。


なかなか会えなくなる中で、彼の表情に狂おしい熱がみられはじめる。


――やがて、その思いがはじけ飛んだ。



   あなたの仕草を、動きを、その呼吸さえも。

   すべてこの手のうちに、抱きしめてしまえたならば。


   ――あと一歩、踏み出してしまえばきっと、私はそれを現実にしてしまうでしょう。</i>


   呪わしいこの身に宿るその力のすべてを使ってでも。



青ざめる聖女、驚愕する周囲の護衛たち。


やがて彼は、王位から退位させられ、再び塔に閉じ込められる。


その後は、また、空だけの日々。


ただ、違うのは、彼が食事を取らなかったこと。


やがて憔悴して死んでいった彼の姿に、涙を一滴こぼした、聖女の姿。


そして――やがて聖女も、理由の分からぬ病に蝕まれて、亡くなってしまう。





それが、夢のストーリー。


最後までたどり着いたのは、いつだったか。


その後は、ずっと、場面場面を飛ばし飛ばしでみせられながら、けれど、響くのは彼の最後の慟哭のような思い。




   あなたの仕草を、動きを、その呼吸さえも。

   すべてこの手のうちに、抱きしめてしまえたならば。


   ――あと一歩、踏み出してしまえばきっと、私はそれを現実にしてしまうでしょう。


   呪わしいこの身に宿るその力のすべてを使ってでも。</i>





夢の中で、何度も繰り返されたその言葉は、じわり、と、私自身を蝕んだ。


――もしも、出会えることがあるならば。


そう、夢の中のことであるにもかかわらず、刻みつけられた、狂愛がそこにあった。





朝の支度を追え、仕事に出る。

住宅街のなかの単身用アパートから駅へは、そう遠くない。


見あげれば、青空。


――あの青空には及ばないけれど。


まっすぐに歩いて駅へと向かい、混みあう中、電車へと乗り込む。


その、寸前。



すれ違う。




   ――もしも、貴女に再び出会えるのならば。


   貴女のその仕草を、動きを、その呼吸さえも。

   この腕の中に全て閉じ込めて。


   その瞳に、もう、誰もうつすことのないように。



ざっ、と、ノイズのように走った、感覚。



振り返る。


空気音とともに、閉まる電車のドアの向こう。


ふわりと翻る、茶色がかった髪が、みえた気が、した。



――いつか、出会える日が来るならば。


貴女の周囲のすべてから、貴女を奪い取って。


もうきっと、手放しは、しない。




お題:「確かに恋だった」様 http://have-a.chew.jp/

「それは甘い20題」より 「12.奪いたい」


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