桜の花びらの砂糖漬け
桜の花びらを集める。できれば、八重桜がいい。たくさんたくさん、かごにいっぱい集めて。
ふわりと香る桜を、じっと眺めていると、子供の頃の思い出がふうわりとよみがえってきた。
桜の花の砂糖漬けを、紅茶にいれて。ゆっくりと飲んだら、きっと恋がかなう。
なんて。そんなたわいもないお遊び。
集めた桜を眺めて、小さく笑う。だって、これは塩漬けになる。塩につけて保存しておいて、鯛と一緒に御飯に炊きこむのだ。美味しい美味しい、鯛ごはん。ふわりと香る香りが幸せな、お祝いのご飯。
「ママー!」
呼ぶ声に振り返れば、まだどこかおぼつかない足取りで駆け寄ってくる子どもの姿。満面の笑顔で駆け寄ってくるのを、しゃがんで待っていれば、きゃらきゃらと弾けるような笑い声をあげながら、胸に飛び込んできた。慌ててかごを抑えたけれど、いくつかはふわりと舞落ちてしまって。あらあら、と、笑いながら、子どもをぎゅっと抱きしめる。太陽の香り。おひさまをいっぱい浴びた子どもの髪からふわりと香るのは、命の香り。愛しいわが子、と、浮かぶ言葉に内心照れながらも笑いつつ、そっと子どもを抱き上げた。
「変わるよ」
振り返れば、あとから追いかけてきたらしい、あの人の姿。
恋がかなう。桜の砂糖漬けのおまじないは、初恋の彼には効かなかったけれど。
今、大切なあの人と、二人。愛しい命のカケラを抱きしめて、幸せの中にいる。
特別な何かがあるわけじゃない。
あの人がいて、愛しいわが子がいる。
ただそれだけのことだけれど、それだけのことがどれほど幸せなのか。忘れそうになるたびに、ふわり香る桜が、それを思い出させてくれる。
「まま、おはな?」
あの人に抱かれながら、かごをのぞきこむ子どもにうなずいて。
「ええ、お花のご飯にするのよ。まあちゃんの、お祝いのご飯」
「おはなー! おいわいー!」
わからないながらも、嬉しそうにぱたぱたと両手を動かすわが子の髪をそっとなでて、視線を上げれば、柔らかにほほ笑むあの人の笑顔。
幸せ。
桜の咲く頃に、桜の下で。
大きく吸い込んだ空気は、薄紅色の幸せを含んで、体中に染み渡っていった。