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想いの軌跡


ないしょだよ、と、囁かれて、強く何度もうなづいた。

約束ね。約束だよ。幼い頃の約束は、遠くおぼろに霞んで、消えてしまいそう。


――それでも、ずっとまってる、って。


伝えたい貴方は、今は遠く海の向こう。



ある日突然、お兄さんができた。


ずっと、弟か妹が欲しくて、お母さんを困らせてた。年下の従姉弟とよく遊んではいてお姉さん風を吹かせてはいたけれど、年が近くて、弟と言うよりは友達みたいで、やっぱり、どうしても弟が欲しくて、よくお母さんに駄々をこねていた。


そんなある日、本当に、本当に突然、お兄さんだよ、と、彼が連れてこられた。

まだ幼かった私は、びっくりして、それからすごくうれしくなって、彼にこれでもかとなついた。

本当は弟がよかったけれど、お兄ちゃんは優しくて甘やかしてくれて、だから、お兄ちゃんの方がよかった、と、心から喜んでいた。


――兄が突然出来るわけがない、と、理解したのは、いつだったのか。


あの頃、本当に私は幼児で、なにもわからなくて。

兄が出来る寸前に、黒い服を来て連れて行かれた場所だとか、その時の雰囲気だとか、おぼろげに記憶にあるけれど、それが何を意味しているのかなんて、その時は全く分からなくて。


両親を失い、泣くことも出来ずにいた彼に、私は、何も考えず、何も分からずに、ただ、ひたすらになついた。


――それが救いだったんだよ、と、そう、聞かされたのは、いつのことだっただろうか。


成長するに従い、次第とわかってくることもある。彼は、兄ではない。彼は、本当は従兄妹なのだと、誰からともなく聞かされて理解するようになった。それはもしかしたら、いつも彼にベッタリな私への、忠告だったのかもしれない。兄妹でもない男女が、甘え甘やかされていることへの、何らかの不快感からだったのかもしれない。親戚の集まりの時に、ちらほらと口さがない滅多に合わない親戚から聞かされるそれらに、戸惑うばかりだった私に、彼はそっと笑って告げたのだ。


約束だよ、大きくなったらお嫁さんになってね。


まだ、小学生だった頃の記憶。ただ、何度も強くうなづいた。


彼が何を思ってそう言ったのか、今ではわからないけれど。私は、それからずっと、彼を思い続けてきた。

そして、彼も、兄妹という範疇の中から飛び出過ぎない程度ではあったけれど、私を甘やかしてくれた。


ずっとこれが続くと思っていた。

ずっと一緒にいられると、思ってた。


それが崩れたのは、彼が大学を卒業したとき。

私の高校の合格祝いの席で、私に初めて知らされたのは、彼が海外の企業に就職するということ。

大学時代にもちょくちょく、あちらに行っていたのはしっていた。いつもおみやげを買ってきてくれては、いろんな失敗や面白い話で笑わせてくれていたから。それでも、地元で、ううん、そうでなくとも、まさか海外の企業に就職するとは、思わなかった。


合格のうれしい気持ちが、一気にしぼんでいく。そんな私を、両親は仕方ないという風に笑いながら見つめていたけれど、何も言わなくて。

彼は、しばらく帰ってこないけれど、元気でね。と、ただそれだけを告げて、旅立っていった。


行かないで、と、いった。けれど、帰ってくるのは困ったような笑顔ばかりで、いままでなら酷いワガママじゃない限りきいてもらえたのに、と、悲しくなった。――いかないで、なんて、酷いワガママに違いはないのだけれど。


それから、私は、ひたすらに勉強した。ひたすらに、頑張った。とにかく、大学へ進んでいい女になってやるんだ、と、心に誓った。なにもいってくれなかった彼が、素通りできないような女になってみせる、と、意気込んだ。


そんな私に、仲の良い従姉弟は苦笑いしていた。タイプが違うだろうに、と、笑っていた。余計なお世話、である。


――いつも、甘やかされてた。 大事にされてた。


ブラコンとか、シスコンとか、そう言われても仕方がないよねって笑えるレベルで、愛されてた。

過保護だよねって、言われるくらいに、心配されてた。


海の向こうに渡った彼は、こちらに帰ってくることはなかった。連絡は、ちらほら両親のもとにきていたらしい。そこまで頑張らなくても、とか、融通が効かないのは親譲りか、とか、夫婦の会話が聞こえてきて、消息をしることができたけれど、直接、私に伝えられることはなかった。


悔しいな、と、思いつつも、でも、離れた間に、私もいろいろと、考えることができた。

甘えすぎていたな、とか。甘やかされすぎていたな、とか。それ自体を嫌うわけでも否定するつもりもないけれど、今こうして、彼と離れたことで、私は自分でたつことが出来るようになった気がした。

大学生活も、楽しく過ごしていた。何年かすぎるうちに、友人と呼べる人も、高校時代よりも多くできた。親友と呼べる友も、確かにできていた。高校時代は、どこか鬱々と、ひたすらに勉強に過ごした私は、大学に進んだことで、日々を楽しく過ごすようになっていた。


彼は、いまどうしてるだろうか。


そう想い出すと慕わしくてどうしようもないときもあったけれど、いつか会えるだろう、と、そんな風に思ってた。


その、矢先である。


彼が帰国する。

何やら、今度、その企業の日本支部が設立されるとかで、そこの立ち上げスタッフとして選ばれたのだとか。

朝食に手をつけながら、つらつらとそんなことを語るお母さんに、首をかしげる。今まで、彼のことを、私にこれほど話すことはなかった。不思議に思ってると、お母さんが楽しげに笑った。


「ちゃんと一人前になるまで帰ってこない、なんて、言い切って出てったからね。そろそろ年貢を納めるつもりでしょ」


何がいいたいのか、その時はいまいちピンと来なくて。私はただ、首を傾げながら、朝食を終えたのだった。



――そして。


「ちょ、兄さん、私、友達と約束があるから!」


背中から、ぎゅーっと抱きしめるように私を拘束する彼に、必死でそう告げる。


「やだ。まだまだ、みぃが足りない。かなり離れてたんだから補給しないと、干からびる」


意味不明な言い訳をしながら、すりすりと頭に頬を寄せる相手に、それは貴方が自分から選んで海外に行ったからでしょー! と内心突っ込みながら、時計をみる。


「あ、ああああ! もう、約束破りたくないの。だから、お願い、兄さん」


「たくと」


「え?」


「兄さんじゃなくて、たくとってよんで」


まるで駄々っ子のようになった彼に、私は困惑しながらも、赤くなりそうな頬を隠すようにうつむいて、呟く。


「た、たくとさん、お願いだから」


くっと息を呑む音。見上げると、真っ赤な顔の彼がいて。


「やばい、破壊力強すぎた」


片手でしっかりと私を拘束したまま、片手で口元を抑えてぶつぶつと何かを呟く彼は、果たして海外で何かをおとしてきたんではないだろうか。戻ってきてから、すきあらば私を拘束し、離そうとしない。元々そういう、スキンシップ過多の気はあったけれど、それにしても過剰だ。両親も、どこか楽しそうにみるばかりで――いくらか父親が複雑そうな顔ではあるけれど――助けてはくれない。


「もお、本当に、お願いだからぁぁ~!」


「よし、ほっぺにキスしてくれたら行っていいよ」


「っ、たくにぃのばかーっ!」


思っきりカバンを振り回したら、ぐふ、と呻く声。


気になったけれど、ここで振り返ると本当に離してもらえない。数度経験済みだから、心を鬼にして、とにかく家を飛び出す。


扉を締める瞬間、振り返って叫んだ。


「ごめんね! たくとさん! また帰ったらね!」


そう、いやなわけじゃないんだ。どちらかといえば、嬉しい気持ちが強いわけで。


視界の端で、うずくまったまま、笑って手を振り返す、彼が、いた。



ないしょだよ、と、囁かれて、強く何度もうなづいた。

約束ね。約束だよ。幼い頃の約束は、遠くおぼろに霞んで、消えてしまいそう。


それでも。


ないしょだよ、と、彼が囁く。


ずっと、ずっと大好きだったんだ、と。


ないしょだよ、と、私が告げる。


ずっとずっと、大好きだよ、と。



小さい頃の約束が、やがて、新しい約束となるまで、あとすこし。




お題:「確かに恋だった」様 http://have-a.chew.jp/

「それは甘い20題」より 「09.内緒話」

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