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今、リアルになる。

1秒。2秒。3秒。


あなたと私、二人のラインは、いつもちょうどその時間だけ、つながる。


誰も気づかない。

誰も知らない。


二人だけの、秘密。



気づいたのは、いつだっただろう。


私の職場は、小さな雑貨屋さんで、あまり店に出てこない店長と、私だけしか店員はいない。

土日祝日お休み、なんていう、ヤル気有るの? といいたくなるような、道楽のようにおもえるその店は、店長が突然旅立っては仕入れてくるちょっとすてきな小物であふれている。

私の仕事は、店の掃除と、店番と、やることは多い。けれど、それでも、常連のお客様が数名、ここでしか手に入りにくいものが有るとかでいらっしゃってくださるのが主なので、そこまで忙しくもなく、いただくお給料も女ひとり暮らしていくにはそこそこ十分な金額で、割りと充実した毎日を送っていた。

上がりは朝は、10時から、終わりは19時、昼休みもあるから、割りとのんびりと働いているそんな日々。


そんな生活の中、そろそろ昼休みかな、と、時計を眺め、外にお休み中の札をかけにいかねば、と、整理していた書類を手に窓の外を眺めた時だった。

窓の外に、一人の男性がいた。

昼休みなのか、片手には近くの公園で出ているサンドイッチの屋台のケースを持って、こちらを、みて、いて。


1秒。

2秒。

3秒。


本当にそれだけだったのか、わからないくらい、長く感じる時間がすぎて。


すっと視線が離れ、彼はゆっくりとそこから歩き去っていく。


なんだったのかな? と、首をかしげながらも、今日は私もあそこの屋台にしよう、なんて、思ったのが最初。


それから。


気がつけば、彼がいる。


1秒。2秒。3秒。


ただそれだけ、視線が合う。


ストーカーなんじゃない? なんて、ちらりと浮かばなかったわけじゃないけれど。そうじゃない、そんなんじゃない。彼の目にそういう不快感は覚えなかったし、その時以外に彼を見かけることはなかった。


ほんの数秒。


目が合うだけの関係。


ちょっとだけ、そう、ほんのちょっとだけ、もしかしたら彼は私が好きなんじゃないか、とか、きっとシャイなんだ、なんて、暇な時間に妄想してみたりして。乙女の特権、表にそれをだすわけじゃなし、押し付けるわけじゃなし、と、自分に言い訳しながら、それでもそんな気持ちは、なんとなく心にうるおいをもたらしてくれたような気がして、常連の人に何かいいことあったの? なんていわれたりして。



だからといって、彼が、あのほんの少しだけの邂逅(かいこう以外の行動を起こすこともなく。


隔てるのは、透明で大きなガラス張りの壁。


あるのは、数秒、合わせる視線だけ。


それ以上でもそれ以下でもなく、彼が、その壁をこえてくることもなければ、逆に言えば私が外に出ていくこともなく。


平日の昼休みの、ほぼ毎日。


大雨や台風なんかの日だったりでなければ、数秒毎日のように、視線が合う――見つめ合う。


それでも彼も働いているからか、しばらく見ない日もあったりして。

どうしたのかな? なんて、気になってしまう自分がなんだかおかしくて、それもまた楽しい、まるで一人遊びの時間。


たまに私も、何か用事で奥に入ってていないこともあって、昼かしらと店へと出ていけば、きょろきょろと窓の向こうから何かを探すがいたり、今日はこないのかな、なんて思ってたら、どこか息を切らせて、店の前まで走ってくる彼がいたり。


そのくせ、合わせられる視線は、ほんの数秒。


いつも私は、ゆっくりと、カウントする。


1秒。

2秒。

3秒。


まるでそれが限界とでもいうように、すっと外されるその視線が、寂しくないわけじゃない。


でも。


誰も知らない。

誰にも言わない。


名前も知らない彼との邂逅かいこうは、私にとって、とても大切で暖かい、時間だった。


いつか、そのうち。


たぶんきっと。


どちらかが、その透明の壁をこえる日が、来るのかもしれない。


けれど、もしかすると、そんな日はこないかもしれない。


それでも。


たった3秒の、それでも長いひとときを、私はきっと忘れないだろう。


そんな風に、思ってた。



その日は、朝から、少しだけ哀しいことがあった。

実家からの電話で伝えられたそのことは、思った以上に私の精神にダメージを与えていた。

大丈夫? なんて、傍若無人を絵に描いたような店長からすら心配されて、これじゃいけない、と、気合を入れ直す。

ひとりでいるのも、考え物なのかな、なんて、自分の年を思う。でも、そこまでまだ切羽詰まってもいないし、けれどひとりで生きていくことも悪くはないなんて、思ってる。友だちだっているし、働ける体もありがたいことに仕事もある。でも――。


鬱々とした気分になりそうなのを頭を振って追い払い、気持ちを切りかえようと、今日の昼は何をたべようか、なんてかんがえる。割りと店の集中してるこの近辺は、小さいけれどおいしい店、というのが、多種多様にそろっていて、毎日あきない。オフイス街でもあるため、テイクアウトの出来る店が多いのが、なんだかうれしい。


そうだ、こんな日は、公園にいこう。


そして、そこで、お日様を浴びて食べるんだ。時計をちらり、とみれば、いつもより少し早い時間で。けれど、今日は早めに昼休みしていいといわれてるし、と、窓の外をみるけれど、まだ彼はいなくて。


なんとなく、気になりながらも、財布を片手に、店を出た。


どこにしようかな、なんて考えていながら、結局、買ったのは公園に出てるサンドイッチ屋台の、チキンとレタスのやつだった。飲み物は、気分でアイスティー。ウキウキしながら、空いているベンチを探してると、視線の先にいつもみかける彼がいて。


いつもどおりの背広姿の彼は、どこかうなだれたような様子でとぼとぼと、屋台へ近づくと、何事かをその店の人と会話して、それから、またとぼとぼとベンチを探すように歩き出して。


なんだか、いつもはガラス越しに見ている彼が、かなり近いところにいる、ということに、妙にどきどきして、そっと彼の様子を伺ってみる。


いつも、目があうときは、割りと無表情に近い彼。唇をきゅっと引き結んでじっとこちらを見つめ、目をそらす彼。そんな彼が、どこかしょんぼりとした様子でいるのをみるのは、なんだか新鮮だった。


――もしかして、私に会えなかったから、とか?


なんて、そんなことないよね、と、小さく笑うと、空いているベンチを見つけて、そこに腰を下ろす。

空を見あげれば、青い空。公園の木々の緑がキラキラ輝いていて、まだそこまで熱くないこの季節、吹き抜ける風が心地よくて、うん、と伸びをして、目を細めた。


ら。


視線が合う。


1秒。

2秒。

3秒。


そして。


彼は、目をそらすのではなく、目を驚いたように丸くして。

それから、あわあわ、わたわた、と、その年頃の男性らしくなく、慌てたようなそぶりで身じろいだ。

思わず、笑みを浮かべる。

それに気づいたのか、彼は、はっとした様子を見せたあとに、困ったように頭をかいて。

大きな深呼吸をするかのような動作のあと、ゆっくりとこちらに歩いてきた。


1秒。2秒。3秒。


あなたと私、二人のラインは、いつもちょうどその時間だけ、つながる。


誰も気づかない。

誰も知らない。


二人だけの、秘密。



そのラインが、今、リアルに、なる。




お題:「確かに恋だった」様 http://have-a.chew.jp/

「それは甘い20題」より 「06.視線」


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