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彼女は初夏の風のように

「来ちゃったっ」


一昔前だか二昔前だかのドラマのセリフじゃないんだぞこのやろう、と、目の前に飛び出してきた彼女をみて、思う。


さらりと髪をなびかせ、初夏らしい軽やかな服装が妙にまぶしい。薄着になるのが早すぎやしないか。本当に、まったく、このやろう。

いきなり、やってくるなんて、まったく、何を考えてるんだろう。



どんどん表情が険しくなるのをみて、楽しげだった彼女の表情が焦りに変わる。


「あ、あの、ほら、会いたくてさ。だからその、来てみましたっ」


あわあわと、焦ったようにそういって、じゃーん、と、おどけてみせたところで、何も変わらない。


ふかーくため息を付けば、彼女もつられるように、うう、とうなりながらうなだれた。




「まったく、どうして」


しかたがないので部屋に上げ、そうといかければ、えへへ、と、彼女は笑う。


「こう、新幹線で、びゅーん、と」


「手段を聞いたわけじゃないんだけど」


あう、と、うなだれる彼女。


うつむいたまま、ううー、と、子どものようにうなりつつ、ちら、ちら、と、こちらを伺っている。

……上目遣いされたところで、別に、おそらく、多分、なんともないんだからな。


ふかぁぁく、わざとため息を漏らせば、びくびくと震える彼女は、どことなく小動物じみている。


――わかってるけど、な。


内心、仕方がない、と、思いながらも、表には出さずに、真顔で問いかけた。


「で。なんで来た」


「えーと、あのね。会いたかったから」


「……約束したよな? 遠距離になるけど、できるだけ俺が地元に帰るから、お前はそっちでするべきことをしてがんばれ、って」


実際、この前の連休にも、地元には戻ってる。


つまり、前にあってから、そんなに時間はたっていないわけで。


会いたかった、で、会いに来ていたら、正直なところ、お金がいくらっても足りない。


彼女自身、学生の身であり、実家ぐらしでアルバイトをしているとはいえ、それも将来のための勉強や貯金などで、そこまで余裕がないはずだ。


そもそも、双方の両親ともに付き合うことに反対はしていないが、過保護どころか双方がそれなりに厳しめの親なので、甘やかして旅費を出してやったなんてことは、まずこれっぽっちもありえない。

つまりは、彼女は、自分で旅費を出し、ここまできた、ということで。ものすごく遠方、というわけではないが、そうそうひょっこり来ていては、負担も大きくなる。今回はいい。でも、また、だからといってひょっこり度々彼女が来るような事になれば、それは彼女にとって大きな負担になるだろう。

それは、よろしくない。負担が大きくなれば、付き合うのがつらくなる。だから、約束した。だというのに。


「――あいたく、なかった?」


しょんぼりと、そんなことを言われて、ぐらりと心が揺らぐ。会いたくないわけがないだろう。今までは互いに実家ぐらし、会おうと思えば割りといつでも会えた環境から、会えるのは半年に数回、なんていう環境に変わったのだ。つらくないわけがない。声を聞いたり顔をみたり、工夫はこらしてる。今はいい時代よねと、両親に笑われたけれど、話そうと思えばいつでも話せる、顔を見られる環境は整ってる。

――まあ、こちらのほうがいろいろと忙しくて、夜に数回メールをやり取りしたり、少しの間話をするしか出来ない、という現状ではあるのだけれど。


それでも。


「あいたくないわけ、ないだろう? 会えてうれしいよ。それは、間違いない」


彼女の顔が輝く。耳と尻尾の幻が見える気がする。この真っすぐさが、たまらないしカワイイと思う。けれど。けれど、だ。


「じゃあ――」


「でも! 約束したよな? お互いの夢をかなえるために、ずっと一緒にいられるようにするために、頑張る、って。決めたよな?」


ゆっくりと、言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。

彼女だって、わかってるのだ。わかってるけど、真っすぐな彼女は、会いたい! という気持ちが行動に直結してしまう。それはそれで、すごく良い特性だとは思うけれど、それでも、やっぱり、約束は、約束なのだ。


「うー……ごめんなさい。怒ってる?」


項垂れた彼女に、たれた耳の幻像がみえる。ああもう、やめてくれ、罪悪感が半端ない。


「怒ってないさ。ただ、約束は守っていこう。――ちゃんと、会いにかえるし、もっと話せるようにするから」


そういえば、じ、とこちらを見つめて、何かものすごく、重々しい雰囲気で、彼女はうなづいたのだった。



「しかし、なんでまた急に会いたくなったんだ」


コーヒーを入れなおし、ソファに並んで座りながら、ふと、彼女に問いかける。

隣に並ぶとなおのこと、彼女がすでに薄着になってるのがわかって、少しばかり目と体に毒だ。

この格好で新幹線に乗ったのか。そこまでの在来線は、ちょうど通勤ラッシュじゃなかったろうかとか、いろいろ考えてしまうと、大丈夫だったのか、と、ちらりちらりと内心から過保護な心が顔を出す。これもよくない。彼女だってもう、きちんとした年頃なのだ。大丈夫だろう、と、思ってたら、そうだ、と、両手をうって、彼女がカバンをがさごそとあさり出す。


釣られてのぞき込めば、ごちゃっと混ざったかばんの中。ああ、もう、きちんと整理してきていただろうに、と思いながら見つめていれば、そっと小さなノートを取り出して、それを開く。間には、薄いティシュに挟まれた、何か。


「あのね、あのね。この前服をかったんだ。それを着て出かけたら、あまりに空気が気持ちよくて。一緒にいたらたのしいだろうなー、この服みせたいなーって思ってたら、昔良く遊んでた原っぱのところにとおりかかってね。つい、そこでね、探しちゃって。そしたら、見つかったの。――だから、これは、会いに行かないと、って」


はい、と、差し出されたのは、四つ葉のクローバー。ノートに挟んできたとはいえ、少しよれたそれは、子どもの頃よく、二人で競争しながら探したもので。


ああ、もう。


思わず、口元を手で覆う。なんといえばいい。


――このやろう、本当にどうしてくれよう。



それをよそ目に、彼女は、取り出したノートに、いつも持ち歩いてる色鉛筆で何かを書き始めた。そして、テープテープ、と、これまた彼女がいつも持ち歩いてる文具セットのなかからセロハンテープを取り出すと、ぺたりとクローバーを貼り付けて、はい、と差し出してきた。


そこには、大好き、の、文字と、彼女の顔らしいイラスト。


――このやろう、もう、本当に。


どう? どう? と楽しげにきらきらとこちらを見つめてくる彼女に、襲い掛からなかった理性を、心から褒めたたえたい。



どこかピントがずれていて、少しだけ突拍子がなくて、小動物じみている。


その、愛しい彼女の不意打ちに、これからも振り回されるんだろうな、と、しみじみ思うのだった。



お題:「確かに恋だった」様 http://have-a.chew.jp/

「それは甘い20題」より 「05.不意打ち」


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