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夜の公園

特に、何かがあったわけじゃない。


別に、ものすごく悲観するようなこととか、大きな出来事とか、ショックをうけるようなこととか、そんな、何かがあったわけじゃない。


いつもどおりの朝、いつもどおりの日常、いつもどおりの帰り道。


なんらかわりがないはずのその日、肉体よりも精神的な疲労から重たい体を、そう、いつものように引きずりながら帰宅するその道すがら、いつも通るその道の、普段から目には入っているけれど見ていなかった公園へと、なんとなしに足を進めた。別に、公園に何かようがあったわけじゃない。いつもどおりに帰宅して、晩ご飯をたべて、お風呂に入って寝る、それが普通で当たり前の行動のはずだったのだけれど、なぜかその日は、どうしてもその公園に惹かれてしまって、ふらり、と、すでに薄暗いその公園へと足を進めた。


ぽつんと街灯がともる公園のベンチに腰を下ろして、深く深くため息を漏らす。


疲れた、な、と、ぼんやり思うままに、大きく伸びをして、空を見上げた。


普通、だと思う。朝から晩まで働いて、お給料をもらって、お休みの日は大体寝て過ごしたり、たまにお出かけしたり。特に大きな目標もなく、特に大きな過失もなく、平々凡々、平和そのものの暮らしをしている、と、自分でもつくづく思う。だけど。――ああ、だけど。子どもなんだろうか。大人になりきれていないんだろうか。ささいな嫌みや当てこすりが、一度だけならばまだしも何度も続くと、じわりと心に重く沈む。大したことはない、気にすることじゃない、と、受け流して笑っていても、心のどこかがじくじくと痛む。基本的に私は、人付き合いが苦手なのだ。この上なく、人と関わることが苦手。だけど、いや、だからこそ、笑顔で、人当たりよく、いつも過ごしている。――知り合いは多い。だけど、気がつけば、友人と呼べる存在も、恋人と呼べる存在も、いた事がなかった。


ひとりだ、なんて、いうつもりはない。それでも、周りは手助けしてくれるし、話し相手がいないわけじゃない。でも、だけど、ワガママだとわかってるけれど、子どものように泣き叫びたい。つらいよって大声で言いたい。それを、言える相手がほしい。――自分から人から離れておいて、それもないだろう、という気がするけど。


あーあ。バカみたい。


苦く笑って、大きく伸びをする。空には、三日月が浮かんでいて。公園の中には、薄暗い中でも春らしい花が、いくつか咲いていた。


――春、なんだねぇ。


しみじみと今更のように思う。新年度が始まったんだから、そういう意味では春だと理解していたけれど、逆に言えばそういう意味でしか春を認識していなかった。花見だなんだとそういえば一部騒いでたようにも思う。誘われなかったのは私が、微妙に八方美人だから。あっちとこっちのグループ両方としたしいけれど、どちらとも深い付き合いじゃない。数合わせに呼ばれることはあっても、それ以上じゃない。


あれ、もしかして私って嫌われてる?


そう考えてみると、結構そんな感じでもあって。浮かんだ言葉に一人でショックを受ける。ああ、いや、別にいいんだけど、自業自得っていうか、ある意味わかってたことだけど。改めて考えるとショックかも。うつむいて頭をかかえる。


じゃり、と、砂を踏む音がした。人? 慌てて視線をあげると、まず缶コーヒーが目に入った。え? とそのまま視線を上げていけば、よく知ってる、否、以前まではよくあっていた、けれど最近は会わなくなった、近所の同級生の姿。


「あ? え? えと、お久しぶり?」


出てきた言葉はどこか抜けていて。


「ああ、久しぶり。仕事帰り?」


「うん、そうだけど。そっちも?」


「ああ。まぁ飲めよ」


ぐいっ、と差し出されたのは、温かい缶コーヒー。春とはいえ冷えるこの時間には、ありがたい。ありがたいんだけど。


はてさて、なぜ、ここにコイツがいる?


言うなればおさななじみ。けれど、おさななじみというほど、ともに過ごしたこともない。別の言い方をすれば腐れ縁。高校まで同じ所ではあったけれど、同じクラスというわけでもなく一緒に過ごした記憶もない。近所にいて、同級生で、顔見知り。友人でもないこいつが、確かに近所に住んでるんだからここを通りかかるのはおかしくない。母たちが転勤したあと、大学進学をこの近くに決めていた私は、もとのアパートにそのまま残ったから、ずっとこの付近に住んでるんだから。だけど。なんで、声をかけてくるのか。いや、久しぶりだから、なのか? わからなくてグルグル回る思考のまま、目の前のコーヒーをにらんでたら、ぐい、と、押し付けられる。


「あ、え、うん。ありがと、う?」


「なんで疑問形。あんまいろいろ考えんな。飲んで、そんで帰って寝ろ」


は? と、思わず彼を見上げる。薄暗い公園、はっきりと彼の顔はみえない。だけど、だけど――。


「考えてた?」


「ああ。お前、昔っから考えこんでグルグルして凹むだろ。つうか、久しぶりに見かけたと思ったら凹んでるとか、どんな偶然よ」


くくっ、と笑いながら、彼は自分の缶コーヒーのプルトップをかちっとあける。それに釣られるように、私も缶コーヒーをあけて、一口。暖かくて、甘い。ほっ、と、肩の力が抜けるようなきがした。


「……そんなに、わかりやすい?」


「さあな。――昔っから、つい、みてたからかもな」


「――え?」


慌てて彼を見るけれど、わずかにわかるのは彼が笑っているようだ、ということくらいで。じっと見つめれば、まっすぐに伸びてきた手が、ぽんと、一度頭をなでて、離れていった。



え? え?!



「まぁ、あれだ。こんな再会じゃなく、またちゃんと会えるから。そんときにな」

「え? なにが?」

「まあまあ。じゃ、俺は帰るから。またな」


そういうと、ぽかんとしたままの私をおいて、彼はひらりと手を振って去っていった。




「……え?」




私はただ、缶コーヒーを片手に、呆然とそれを見送るばかり。

一体なにが? どういうこと? 考えると、じわり、と、頬に熱が集まる気がして、強く数度頭を振る。


「……っ、帰る! 寝る!」


誰も居ない空間に強く宣言して、私は立ち上がる。そのまま、公園をぬけると、自宅への道を急ぎ足で進む。


――頭の中が、彼の不可思議な言動でいっぱいで。疲れとか、寂しさとかがすっとんでたことになんて、気づいてなかった。


――彼が、実はひっそりと、再会の機会を狙っていた、なんてこと、私はこれっぽっちも、知らなかった。






特に、何かがあったわけじゃない。

別に、ものすごく悲観するようなこととか、大きな出来事とか、ショックをうけるようなこととか、そんな、何かがあったわけじゃない。

いつもどおりの朝、いつもどおりの日常、いつもどおりの帰り道。


何も変わらないはずの日常が、少しだけ変化する音が、聞こえた。


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