第三章
鏡を見て、着物が上手く着れているか点検した。
昔から自分でしているので随分と慣れたが万が一、ということで。
深紅の生地に金色の雅な刺繍が施された着物。帯は若緑色で華やかな色合いだったが、咲耶の出すピリピリとした雰囲気に押されて着物さえも自粛するように華やかさを抑えていた。
ししおどしがカコン、カコンと音を立てて静かな空間に唯一なっている規則的な音を立てた。
「…はぁ。」
腰ほどまである黒髪を頭頂部あたりで一つ括りにして赤い花―――グラジオラスの造花をつけた。
花言葉は『用心』。
これほど今にぴったりな花も無いだろう。
ひっそり笑う咲耶に声がかかった。
「本条咲耶様。時間です。」
「…はい、今行きます。」
扉を開けて板張りの廊下を歩く。
ついに迎えた誕生日、咲耶が生まれた14時23分56秒まで、あと10分。
印が渡される間まで行くと、たくさんの人が集まっていた。
水門本条家当主の10年ほどの空席がついにうまるその瞬間を見に来た者ばかりだ。
無表情のまま上座についた。
今回の主役は咲耶。その咲耶の隣には本条本家次期当主の本条悠斗が堂々と座っていた。
今回の保証人は彼らしい。今のうちから慣れさせておいて、体の弱い現当主が死んだらそのまま継げるようにしているのだろう。
…彼ならちょうど良いかもしれない。
23歳程度だった筈だが冷静でなにより理解が早い。
自分の聡明さは棚に上げてほくそ笑んだ。しかも、水門本条家を『ダメな家』として印象づけることができる。つまり、
(仕事が、減るッ!!)
あまりにも多い書類の数は山となり、雪崩となり、咲耶を苦しめていた。
ついにその苦痛から逃れられるのだ。
頭につけたグラジオラスの花言葉など忘れてしまったかのように顔がゆるみかけていた。
そして、タイミングを計ったようにししおどしがカコン、と音をたてて。
ついに、15歳。
「これより本条家分家、第2位水門本条家当主継承の式を始めます。」
ついに、始まる。
継承式が。
咲耶の叔母の破滅、そのカウントダウンが。
それは、幸か不幸か。
誰にも分からないのだけれど。
動かなければ、周りの景色なんて変わらないから。