第一章
「何してるの!?」
かん高くひっくりかえった声が響いてその声の主が私をぶった。
痛い。
「何って、仕事です。」
これでも水門本条家は筆頭分家なのだ。
書類だって溜まる。
当主である自分がやらなければ溜まっていくだけだ。
それは彼女――叔母も分かっているはずだと思っていたのだが、分かっていなかったのだろうか。
本家だって書類が溜まりすぎると忠告してくるし、それでも治らなかったら警告、給料さし止めしてくるのだ。
自分一人ならば仕事しなくてもいくらでも暮らしていけるが金を湯水のように使う叔母がいては成人までに不安が残るし、たぶんもたない。
分家本体の口座にも何割か入れるようにしていいたのでバレていないと思っていたのだが…金の臭いならば犬よりも鋭い嗅覚を持つ叔母を侮っていた。
「私の金はどこ!?どうせアンタが取ったんでしょう!?」
「取ってません。」
一体何のことだ。一円単位で金を管理する叔母からちょろまかすなんてこと出来るはずない。
「どこに隠したの!?どこよ、どこ!」
わめきながら部屋をひっくり返すような勢い――いや、実際ひっくり返すだろう――で散らかし始めた。
人の話を聞け。
「隠してませんし、取ってません。貴方のお金はキチンと金庫と銀行に保管してあります。」
あくまで冷静に言うとピタりと動きがとまってギギ、と音が出そうなくらい不自然に、ゆっくりとコチラを見た。
「嘘じゃないでしょうね?」
「はい。」
遺産の入っている口座の通帳を見せると、奪い取るようにして通帳を受け取り、唇をゆがめて部屋を出て行き、私と散らかった服やバッグ、書類が残された。
また服や靴を買いあさりに行くのだろうか。
いや、昨日はまた買っていたらしいから今度は化粧品かもしれない。宝石かもしれない。
叔母の物欲は留まることを知らず、最近では家に男まで連れ込んでいた。
和風な家の和風な庭の中に建てられたギラギラの洋館。その豪奢な家の中にはきっと、まだ、若い男が何人か連れ込まれているのだろう。
溜息をつくと服や書類を片付け始めた。
今日もずいぶんとやってくれた。仕事が滞り気味だと既に忠告を受けているというのに―――。
電話越しに聞こえた無機質な男の声を思い出す。
『水門本条家当主、咲耶様ですね?』
『最近仕事が滞り気味のようですね。貴方はまだ子供とはいえそれはこちらも配慮していますし、貴方の将来性をかってもいます。…残念な結果にならないように、お願いします。』
一方的なまでに言われた言葉の後に、失礼します。という声が聞こえて一方的に切られた。
多分、本家は水門本条家で何が起きているか完全に―――私よりも―――理解しているだろう。その上で忠告したということは、自分で対処しろと、そう言いたいのだろう。
(別に期待なんていらないわよ。)
思い出すだけで気分が悪い。最悪だ。
「助けてよ。…戒斗。」
幼いころ、交わした約束を思い出す。
『もし、咲耶が困ってたら僕が助けてあげるよ。』
『ほんと?』
『うん、約束だよ。』
だって、僕は咲耶の事、大好きだよ?
うん、ありがとう!
彼が覚えている。なんて想っていない。
でも――温かい家庭を持たず、友人も数えるほどしかいなく、誰からの助けも期待できないこの現状で咲耶が唯一持っている温かい、キラキラと光る思い出。
それが彼女の支えだった。
最初から。幼いころから。
きっと、恋に落ちていた―――。