序章
あの時、何が起こったのか咲耶は覚えていない。
10年以上も前の事だから仕方ないといえば仕方ないのだが、だからといって割り切れるものでもない。
高校受験が残り1年となった今、するべきなのは思い出せもしない過去をさかのぼり、落胆することではなく勉強し少しでも上を目指すべきなのだろう。
…する気なんて少しも起きないが。
机に広げられた教科書とノートを見つめる。
自分にとってあまりにも簡単な問題を解く気など起きない。
テストなんて教科書に軽く目を通せば分からないことなんてないし、皆どこに迷うのかが分からない。
級友に聞かれたら確実に恨みを買ういいぐさなのは自分でも分かっているが心で留めておくなら我慢することなどないだろう。
「はぁ…。」
つい漏れ出た溜息にさらに気分が落ち込む。
テスト2週間前なのに何してるんだろ。
提出分のワークを進めて風呂に入ろうと自分の部屋を出た。
丁寧に畳んである寝間着を掴んでそのまま脱衣場に向かう。
この家でしか暮らしたことはないが、家が大きいのは知っている。裕福なのも知っている。
だからと言ってそれが幸せなわけではないのも知っている。
今の自分の家庭環境を改めて思い出して顔をしかめながら服を脱いで洗濯かごにいれてあった叔母の服や下着と共に洗濯機に突っ込む。
――また服が増えている。
趣味が悪いわけではないのだが派手で露出の多い服装。
40近い、いうならば『オバサン』が着るような服とは違う気がする。
自分の両親――叔母からみれば姉夫婦の遺産は確かに無尽蔵のようにあるが、このままでは叔母の浪費癖で底を尽いてしまいそうだ。
洗濯機を回し始めると浴室に入り、体の汚れを洗い流して浴槽につかった。
温かい湯につかってリラックスした溜息と自分の現状にたいしての憂鬱な溜息。
中学生にしては複雑すぎる溜息をついた。
本条咲耶(14歳)。
『本条分家、水門本条家』当主。
最近の悩みはヒステリーで暴力癖、浪費癖のある叔母をどうやって追い出すか。
まだ、光を知らなかったころ――――。