第8話 特別な子
『釣り』
釣竿、釣り糸、釣り針などの道具を用いて魚介類などの生物を採捕する行為、方法のことである。
釣りの主な対象は、海・川・湖沼・池などの水圏に住む魚類である。この場合、釣りは漁の一種として、陸上生物を捕獲する猟と区別される。そして単に釣りと言えば魚釣りのことを指す場合が多い。
釣りを行う場所によって区別して、海釣り、川釣り、磯釣りなどの呼称もある。
「……た、ただいまぁ」
疲れた顔をしてエリーヌとジャードが帰ってくる。エリーヌはまだしも、ジャードの方は目の焦点が合ってなくてただひたすら無言だ。
「お帰りなさいませ、奥様、旦那様」
「だ、だいじょうぶ!?一体どうしたっていうの?」
人形のせいでなのかは知らないが無表情のアネットとは対照的に両親の変わり果てた姿にうろたえるアレイ。
「ううっ……もう駄目っ。……眠い」
エリーヌはそう言うなり勢い良く倒れてしまう。ジャードはふらふらしながらも自室に向かっていった。どうやら二人とも睡眠不足の様である。
「…………僕、今日は釣りにいってくるね」
「かしこまりました、旦那様と奥様がお目覚めになりましたら私から伝えておきましょう」
アレイはすやすやと床で気持ちよさそうに寝る自分の母親を呆れた目で見ながら、溜息を吐いた。
***
「あれ?」
釣り道具を持ってアレイが川にやってくると見知った顔を見つけた。彼女はアレイに気がつくと目を見開いて、じっとこちらを見つめてくる。そんな彼女にアレイは声をかけた。
「やあ、レイナ。今日はどうしたの?」
「あっ……ああ、まっまたあったな。べっ別に私はこの川でお前を待ってたわけじゃないんだ……何となく川に行きたいな―って思ってて……昨日も来ていたわけじゃないんだぞ」
彼女は特に川で何かをしていたわけでもなく一人、たたずんでいた。アレイの問いかけにあたふたとしながら答えるレイナが何だか面白くてアレイは小さく笑った。それを見てレイナはむっと頬を膨らませる。
「……何がおかしい」
「いや、レイナってよく表情がころころ変わるなあって思ってさ」
アレイは適当な場所を見つけて座ると釣竿を出す。アレイの答えが気にくわなかったのか、レイナはむっとした表情のままアレイのすぐ隣に腰かけた。
「……どうしたのレイナ? 僕なんかのそばにいてもおもしろくないよ?」
「そういうことはあたしがきめることでおまえがきめることじゃない」
そっかと小さく返せばそうだと言われてアレイはまた小さく笑った。こうやって家族以外のそれも同年代の子供と話すのはアレイにとって初めてのことであった。アレイは生まれてからずっと友達と言うものを持ったことがない。いや周囲がそれを持つことを許さなかったと言った方が良いだろうか。アレイの両親は魔王討伐を成功させた伝説の勇者と魔法使いである。ジャードとエリーヌは極力、普通の生活を送ろうとしていたようだが周囲からは勇者様、魔法使い様と崇められもはや二人は国王に次ぐ有名人となっていた。そんな二人が普通の一般国民の様な生活を送れるわけがない。もちろんその二人の間にできた子供もまた然りである。
『こらっ!!あんたはっアレイ君に、けがさせたらどうする気だいっ!!……ごめんねぇアレイ君……うちの子にはきつく言っておくからねぇ』
『アレイ君!!君はこんなところで遊んでたらだめだろう、勇者になるんだから』
『あれい君はぼくたちとあそんじゃいけないんだってママがいってたよ』
『そうだよ、あれいくんは、けがしたらたいへんだもん』
『だから僕たちアレイくんとは、遊ばないんだ』
大人達はアレイを特別な子といつも言っていた。大人達の影響か、次第に子供達もアレイを特別扱いするようになって、街中の者がアレイを大切に扱った。ただ……それゆえにアレイは街の皆との間を隔絶された。彼と村人の間には絶対に埋められない溝が生まれたのである。アレイは孤独だった。
『アレイ君はずるいよね、みんなから特別扱いされてさ』
「そういえばさ、レイナはいつもなにしてるの?」
ピクリとも動かない釣り糸を眺めながらアレイは隣に座る少女に口を開いた。レイナは少しだけ考えるそぶりを見せて、ゆっくりとアレイに答える。
「そう……だな、おとうさんのお仕事のてつだいかな……」
「へぇ~……他には?」
「他に?」
「そうだよ……例えば友達と遊んだりとか、街に買い物に行くとか……」
アレイは少しだけ竿をゆすったり傾けたりしながら言葉を続ける。レイナは少しだけ間を開けた後にアレイの言葉に答えた。
「他にはなにも…………友達いないし……」
「そっか……」
小さくアレイは答えると、水に垂らしていた釣竿の糸を手繰り寄せ、静かに釣り道具を片付け始める。
「どうしたの?」
「レイナ……今はひまなの?」
「え?」
「一緒に街に行かない?」
過去編どうやって終わらせようか……