第6話 一人の食事
『召使い』
雇って家の雑用をさせる者のことである。
下男・下女ともいわれ、雇い主に対しては絶対的な忠誠を誓わなければならない。ただ、召使いは【奴隷】ではないため基本的人権が保障されており、給金ももちろん存在する。
「アレイ様。こんなに遅くまで一体どちらへ?」
「いやちょっと……」
アレイが家に着くと、無表情で家の前に立っていたメイド人形。どうやらアレイの帰りが遅いので、家の前に立ってアレイの帰りを待っていた様子。辺りは、すでに暗くなり、民家には明かりがともっている。
「アレイ様……私は早くお帰りになるように申し上げたはずですが?」
「ご……ごめんなさい」
詰め寄るメイド人形の視線が痛い。
「アレイ様、本日旦那さまと奥様はお帰りにならないようです」
「え!? ど……どうして?」
まさか、あの両親に限って厄介事に巻き込まれたりはしないはずだが……
アレイが不安そうな顔をしているのに気がついたのか、メイド人形は遅くなる理由をアレイへと説明する。
「旦那さまと奥様は本日宮殿でお泊りになるようです、お帰りになるのは明日になるかと」
「あ……そうなんだ」
「はい、ですからご安心を。さぁ、アレイ様。風邪をお引きにならないように、お部屋に」
メイド人形は抑揚のない声そう言うと、アレイの手をとって家の中へと入る。彼女の手は随分と冷たくて、アレイにまるで体温を感じさせなかった。
「ねえ、どのくらい外で待ってたの?」
「私でございますか?…………そうですね、私がこの家の仕事を片付けたのが、正午過ぎでございますから、それからずっとですね」
つまり、このメイド人形はずっと自分の帰りを待って家の前に突っ立ていたらしい……。
「た……大変だった?」
「いえ、私は特に何も感じませんでした。……しかしアレイ様、昼食はどうなされたのですか?正午には帰ってくるものと思いましたが」
そこでアレイは自分がようやく何も口にしていないことに気がついた。ペンダント探しにあまりに夢中になっていたものだから、昼食のことなど頭の中からすっかり追い出されていたわけだ。それを思い出したら、なんだか急激にお腹が空腹を訴えてくる。
「ではアレイ様、まずその濡れたお召しものを新しい物に着替えてください。そのあとお食事に致しましょう」
アレイはこくりと頷くと自分の部屋へと向かう。その途中に、良いにおいがアレイの鼻をかすめた。すでに夕食の準備はできているのだろう。
「うわぁ!! 今日は豪勢だね」
なぜか今日はいつもよりも豪華な料理がテーブルの上に並べられ、アレイは目を輝かせる。
「ええ、本日はアレイ様をお一人になさってしまうことに旦那様と奥様は心を痛めていらっしゃいました。ですから代わりにアレイ様の料理を豪勢にしてほしいと奥様が言われましたので……」
「へえ……そうなんだ」
相槌もそこそこにアレイは、料理を食べ始める。一食分抜いただけなのにこんなに空腹なのはきっと必死に川で動き回ったからだろう。暖かい料理は、川の水で冷えていたアレイの体をじんわりと温める。
「おいしいっ!!」
「そうですか。それは良かったですね」
アレイの食事の様子を、メイド人形は側に立って見ている。しばらくアレイは食べることに夢中だったが、ふと……直立不動のメイド人形を見やる。
「ねぇ、お腹すかないの? 立ってないで座ればいいのに」
メイド人形は感情の見られない瞳でアレイを見つめると首を振る。
「アレイ様、どうぞお気になさらずに。……何かお飲物をお持ちしましょうか?」
「いや、いいよ。……ありがとう」
アレイは今日会ったばかりのメイド人形に礼を言うと、また食事をとり始めた。思えば、これが初めてアレイが一人で食事をとった日かもしれない。それまでは必ず両親と食事をとっていたアレイには、ひどくその日の食事は静かに感じられた。
そんな静けさに、アレイはたまらずそばに控えるメイド人形に声をかけてしまう。
「ねぇ、本当にお腹すかないの?」
「私は奥様によって生み出された魔法人形ですから疲れませんしお腹もすきません」
「でもさぁ……」
目の前の魔法人形は的確にアレイの聞いた内容にだけ答えるため、なかなか会話が続かない。そんなメイド人形の言葉にアレイは突き放されている感覚を覚え、一人のさみしさを紛らわせようと話したはずが余計さみしい気分になってしまった。
「ご安心ください、アレイ様」
食事の手を止めてうつむいていたアレイは予想外に近くからメイド人形の声が聞こえてきたことに、驚いて顔を上げる。先程まで少し離れた所に立っていたはずのメイド人形はアレイのすぐそばにまで来て彼のことを覗きこんでいた。
驚きで開いた口がふさがらないアレイをメイド人形は優しくなでる。その手は冷たくて人の持つようなぬくもりは無かったが、なぜだかアレイの心は温かくなった気がした。
「明日になれば、お父様とお母様も帰っていらっしゃいますから」
抑揚のない声だがアレイを気づかっているのためか、やわらかなしゃべり方のメイド人形の言葉にアレイは小さくうなずいた。
話し進まねぇーーーー