第5話 国王の思惑
『亀と人間』
亀が人間の先を歩いているとき、永遠に人間は亀に追いつくことはできないらしい。これが俗に言う「アルキメデスと亀」の理論だ。人間が亀との距離を詰めている間に、亀は少しだけ進むからその距離を永遠に埋めることは不可能なのだとか…………納得いかないが、理論上成り立つのだから不思議だ。
「国王陛下、失礼いたします」
レイフォードが軽くドアをノックすると、重々しい声で、入れ、と言う短い単語が聞こえてくる。その声にレイフォードはゆっくりと静かにドアを開けた。部屋には美術品の数々が置かれ、大きな椅子に座った国王が笑顔でジャード達を迎える。実は国王とジャードは古い友人であり、若い時はよく一緒に剣の相手をした仲なのだ。ジャードは彼の事をよく知っている、彼は間違っても無益な戦争を起こすような人間ではないことを。
「よく来てくれた……ジャード、そしてエリーヌさんも」
「お久しぶりです。国王陛下」
エリーヌは国王陛下に軽く会釈を返す。しかしそんな和やかな雰囲気も一人の男によって壊されることになった。
「国王陛下、本日御二方には無理を言ってきていただいたのです。早急に本日の目的をお伝えくださいませ」
「うっ……分かっている!!お前はまさかこの二人にもそんな態度をとったのではあるまいな!?」
「国王陛下、話がずれております。そして私の態度は誰であろうとも決して変わりはいたしません、さぁ、早く本題へと移ってくださいませ」
「う、うるさい!!分かっている。お前がいると落ち着いて話もできん。しばらくこの部屋から出ていろっ!!」
国王の言葉に納得いかないと言うような表情を浮かべていたレイフォードだったが、少しして、……かしこまりました……とだけ言うとそのまま静かに部屋を出て行った。
「ふぅ……奴には困ったものだ」
溜息を吐く国王に、ジャードは自分の疑問をぶつけた。レイフォードとの会話からずっともやもやと心に引っかかっていたものだ。
「おいっ……お前、本当に戦争なんてする気じゃないよな?」
「は? 戦争をするなんていつ言った?そもそも今回は戦争を回避する案を二人に考えてほしくて呼びつけたと手紙に書いてあっただろうに」
その言葉にジャードはほっと胸をなでおろし、エリーヌも肩の力を抜いて緊張を解く。そんな二人の様子に国王は首をひねった。
「一体何なんだ?どうかしたのか?」
「いや、さっきの……レイフォードだったか?あいつが俺達に戦争に参加してほしいって言ってきてな」
「なんだと!!そんなことを言ったのか!?……う~む。まぁ、あやつの言うことも分からなくもないのだがな」
「分からなくもないだとっ!?ふざけるなっ!!」
「ちょっ!!ジャードっ!!」
怒鳴りながら今にも国王へ殴りかかろうとするジャードを必死でエリーヌは止めた。激昂するジャードに国王の表情も少しだけ曇る。何か国王には国王なりの考えがあるのだろう……エリーヌは国王がどういった考えを持っているのか聞くべく、未だにさわいでいる自分の夫を魔法で動けないように拘束してから口を開いた。
「おいっ!!エリーヌなぜ邪魔をする」
「ちょっとあなたは黙ってて。……国王陛下、今の発言はどういう意味でしょうか?」
「うむ……今の状況で戦争を起こせば確実に多くの者が死に、そして戦争で勝っても負けてもこの国は疲弊する。しかし……どうやら相手は戦争をやる気満々の様でな、こちらが和平交渉を持ちかけても一向に反応せん。むしろ自分達を油断させるために和平交渉を持ちかけているのだろうと思われ、逆に警戒されてしまっている。レイフォードが言うようにお前たちが戦争に参加すれば、確かにこちら側の戦力は格段に上がり戦争に負けることもなく被害も少ないだろう」
「確かにそうですが……陛下はそれを望んでいるのでしょうか?」
エリーヌの真剣な表情に、国王は静かに、しかしはっきりと二人に聞こえるように言った。
「私は戦争をしたくない」
「そうですか、分かりました。陛下のお言葉を聞いて安心しましたわ。ねっジャード」
エリーヌは国王の言葉ににっこりほほ笑むと、自分が拘束しているジャードへと目を向けた。ようやく落ち着いたのかジャードも冷静になったようで、もう暴れる気はないようだ。
「さっ、では三人でどうすればいいか考えましょう」
***
国王の部屋を出てきたレイフォードは一人、王宮の廊下を歩いていた。
……国王陛下はどうにか和平交渉を成立させようとしているようですが……
再三、ロレッタ王国が和平交渉を申し込んでもその返事は全く来ずスフィノ帝国はどんどん戦争に備え軍備を増強している。もはやこれは話し合いで解決できる領域を超えているのは明らかだ。レイフォードは歩いていた足をとめた。
……仮に、勇者達が戦争に参加しなかった場合、我々の軍事力とスフィノ帝国の軍事力は五分五分。これでは両国に甚大な被害が出るほか、勝てるかどうかも分からないですね。そしてもし仮に、勇者が何らかのきっかけで、敵国に渡ってしまったら……確実に我々は負けることになる。……
「参加されないのであるならば……危険分子は取り除いておいた方が良さそうだ」
レイフォードは、くつりと笑うと止めていた足を進める。廊下には彼の靴音だけが響いていた。
いや~いつもながらカスイ文章力ですんません。