第2話 勇者の夢
『夢』
寝ている間に見るものの方ではないと言っておく。
夢は誰もが見るものだろう。否定する者もいるが無意識に見ているので気が付いていないのかもしれない。簡単にいえば夢とは広い意味での欲求である。欲求はその者自信がどうこうできるものではない。人が欲求を捨てない限り人は夢を見続け、そして人は永遠に欲求を捨てることはできない。
今から8年ほど前……
「さあ、アレイちゃん。今日も魔法教えるわね?」
俺の母親、名前はエリーヌ。6年前の魔王討伐の際に勇者とともに魔王を打倒しそのまま勇者と恋に落ちた大魔法使い。彼女の魔法の力に対抗できるものは世界でもいるかいないか分からない。
「うん。おかーさん……今日は何をするの?」
当時5歳の俺は両親から優れた魔法と剣術を教えられ、5歳にしてはかなりの力を持っていた。それゆえ周囲の期待も大きかったが……
「それじゃー……今日はアレイちゃんのために治療魔法を教えましょう!!」
「えっ!!ホントに!?やったあ!!」
その頃の俺は勇者でも魔法使いでも無く、医者になることが夢だった。どうしてかと言われればよくわからないが、病人やけが人を治してしまう……そんなお医者さんとやらにあこがれていたのだろう。しかし、周囲はせっかくの俺の剣術と魔法の才能を放っておけなかった。魔王を倒したばかりでまだまだ人間の暮らしも安心しない中、今度は人間達がいざこざを起こし始めたのだ。もはや伝説となっている両親の息子―――しかも両親の優秀さを受け継いでいる―――を利用すれば世界の盟主的な存在になれると俺の祖国は考えた。また、魔王を失って統制の利かなくなった魔物から自分達の暮らしを守ってほしいという村人達の期待もあって、俺は国からも村人達からも次代の勇者になることを期待されていた。
俺の夢を知っていた両親は気にしなくていいと言ってくれていたが、頻繁にやってきては俺を積極的に勇者にさせるべきだと口うるさく言う宮廷の役人には手を焼いていたようである。
「そうねぇ……普通、治癒魔法って言えば水魔法が一番基本なんだけど、難しいのを先に覚えれば簡単なのも覚えられるから混合魔法での治癒を教えるわね?」
「うんっ!!」
両親は俺を勇者に育てるためではなく、将来どのようなことが起こっても対応できるように、魔法や剣術を教えてくれていた。特に母は、俺の夢のためには欠かせない治癒魔法を積極的に教えてくれていたのだ。
「う~ん……俺はそっち方面は全然ダメだからなあ……」
医療系に関する才能を持ち合わせていなかった俺の父親、ジャードは、いつも俺と母が行う訓練を羨ましそうに見ていた。自分も才能があればアレイに存分に教えてやれたのに……エリーヌばかりずるいぞ。……それが彼の口癖だった。しかし父から教えられた、状況の把握の仕方や、緊急時での判断力などは治癒魔法と同じくらい俺の夢には重要なものであったのだ。
「うふふジャード、もうあなたは用済みね。これからアレイちゃんは私の訓練だけで十分みたいだわ」
「な!!なんだとっ!?ま、まだだ、まだ俺にはアレイに教えることが山ほどある!!」
「あら?この前、アレイは天才だぁー、俺の教えたことをみんな覚えてしまったぞ!! とか言ってなかったかしら?」
「んん!?そ、そんなこと言ったかぁ?」
「言ったわよ!!誤魔化そうとしてもダメなんだから」
両親の訓練は厳しかったが決して俺の限界を超えたものは求めなかった。
そうして……ゆっくり、少しずつ確実に両親の力は俺に継承されていったのである。
「いーや、言ってないね」
「ぜぇぇったい、言ったわ!!」
「おかあさん!!ふざけてないで治療魔法教えてよっ!!」
楽しくて自然と笑みがこぼれる、そんな毎日を俺は両親と送っていた。思えばこの頃が一番楽しかったかもしれない。魔王を倒し数年、人の生活も徐々に向上してきているまさに人々が夢を見始めた時期だったのかもしれない。
お読みいただきありがとうございます。
……短いですかね?