来訪者と口論
振り返った先にいたのは、ラズと同い年ぐらいの、顔立ち整った金髪の青年だった。
その青年は、美穂奈とラズを見て、訝しげな顔をした。
「リング!脅かさないでくれよ!!」
隣に立っていたラズが、大きな声でそう言って安堵の溜息を吐いたのを見て、美穂奈も緊張で強張らせていた体の力を少しだけ抜いた。
とりあえず、国からの使ではないようだ。
ラズの知り合いだろうか?
美穂奈がそう思っていると、リングと呼ばれた青年は、不機嫌な顔全開でこちらを睨んで、怒鳴った。
「それはこっちのセリフだ!ラズ、てめー、何やってんだよ!!」
つかつかとラズとの距離を縮めたかと思うと、リングは勢い良くラズを蹴飛ばした。
「ちょ、何するのよ!」
その行動に美穂奈が抗議の声を上げれば、リングは今度は美穂奈を睨んだ。
「んだよ、つかおまえは誰だ?ラズとこの小屋に一緒にいるっていうのが、どういう意味かわかってんのか?!」
「リング!」
ラズの制止の声も無視し、リングは美穂奈を睨むことを止めなかった。
美穂奈はその眼差しを真っ向から受け止め、頷いた。
「ラズから説明は受けたし、わかってるつもりよ。」
「ほぉ。じゃあ、おまえとラズはそういう関係なんだな?」
「違うわ。ここにいるのは、やむを得ない事情があったからよ。もう出て行くわ。」
言って、美穂奈はラズを振り返った。
「ラズ、迷惑をかけてごめんなさい。この毛布、一枚貰うわね。」
ベットに置いてある毛布を一枚手に持ち、出て行こうとする美穂奈の腕をつかみ、ラズは慌てて引き止めた。
「ミホナ、だから駄目だって!僕がなんとかするから、ここに泊って……!」
「ふざけんなよ、ラズ!おまえ、女をこの小屋に泊めるとか、正気か?!」
「リング、これには深い事情があるんだよ。あ、ええっと……。」
言い淀んでチラリと美穂奈を見れば、呆れた溜息が返ってきた。
「ラズ、目の前の知り合いも誤魔化せないのに、国からの使者を誤魔化せる訳ないでしょ?」
正論過ぎて言い返す言葉もない。
「とにかく、放してラズ。次、この小屋にやってくる人間が国からの使者じゃないって保証はないでしょう?」
「ラズ。もちろん、俺が納得いく説明をしてくれんだろうな?」
ラズの腕を振り解こうとする美穂奈に、状況を説明しろとうるさいリング。
美穂奈を引き止める方法を考えなくてはいけないし、リングにこれまでのことを説明しなくちゃいけないし……。
でも、ラズは一人で、同時に説明なんて出来なくて、なのに美穂奈もリングも待ってはくれない。
考えをまとめようとするのに、右からは美穂奈が腕を放してと訴え、左からはリングが説明しろと怒鳴っているので考えがまとまらない。
上手くいかない苛立ちが募っていき、ラズはとうとう我慢しきれず怒鳴った。
「~~っ!あぁ、もう!2人共、ちょっと黙ってくれないかな!考えがまとまらないだろう!!」
瞬間、あんなにうるさかった美穂奈もリングも驚いたように目を見開き、2人そろっておとなしく口を噤み頷いたのだった。
「「はい。」」
■■■■■■■◆■■■■■■■◆■■■■■■
おとなしい人ほどキレると怖い。
そんな言葉を思い出しながら、美穂奈は椅子に座り、ラズに言われた通り、静かにおとなしくしていた。
その隣では、ラズがリングにこれまでのあらすじを説明しており、時折リングが美穂奈の方を胡散臭そうな目で見ていた。
良い気分ではないが、リングの反応は正常だと美穂奈は思った。
大体、ラズは美穂奈の言った事を全て素直に信じ過ぎだと思うからだ。
実際嘘ではないけども、もし美穂奈が逆の立場であったなら、いきなり自分は異世界からやってきて、一般常識の魔法についていちいち頭にハテナマークを浮かべ、分からないとか言ってる奴がいたら、「この人、頭大丈夫かしら?」と怪しい者を見る目で見るに決まっているからである。
リングも美穂奈と同じ事を考えたのだろう。
大きな溜息の後に、ラズの方へと向き直るリングを横目に美穂奈は2人の会話に耳を傾けた。
「おまえな……。その話をまるっとそのまま信じたのか?馬鹿じゃないのか?」
「でも、実際急に目の前に現れた訳だし、少なくとも嘘を言ってる様には見えなかったし。」
「嘘吐く人間はみんな嘘吐いてる様には見えないんだよ!大体、おまえ女は嫌いだったんじゃないのかよ、この裏切り者!」
「嫌いだなんて言った事ないよ。ただ、色遺伝の事で保護とかされてから、少し苦手になったって言っただけじゃないか。」
「同じ事だろう!それなのに、行くとこがないってちょっと泣きつかれたぐらいで泊めるとか、マジありえねぇ。」
「だって、しょうがないだろ。でないと野宿するって言うし。」
「させとけよ、野宿だろうがなんだろうが!毛布一枚恵んで放り出せ!!」
「相手は女の子なんだよ?出来る訳ないだろ。」
「女だから何だって言うんだよ。大体、女ってのは虫よりしぶとくできてんだよ。今は冬でもないから凍死の心配もないし、毛布も一枚恵んでやるんだ。外に放り出したぐらいじゃ死なねーよ、俺が保証してやる!!」
「リングは乱暴過ぎるよ。」
「うるせー!つか、おまえがその女を泊めるってんなら、俺はしばらく来ないからな!」
「え、何で?!来てよ!僕だって、さすがに長時間2人っきりは辛いよ!!」
「なら、追い出せ!俺が女嫌いなの知ってんだろ!!俺は、おまえと違って、苦手じゃなく、嫌いなんだ!!」
「……ホモ?」
呟いてから、しまったと思った美穂奈は慌てて口をふさいでみたが、どうやら遅かった様だ。
リングが物凄い形相でこちらを睨んでいる。
「ミホナ……。」
ラズが何で喋ってしまったんだと言いたげな視線を投げかけてくるのに、美穂奈は素直に謝った。
「ごめんなさい。あまりにも必死になって主張するからつい…。どうして、そんなに邪険にするの?」
女の子って良いよ、最高だよ!とは言わないけれども、そこまで嫌うには何か理由があるんじゃないだろうか?と、ちょっとした好奇心で美穂奈はリングに問いかけてみた。
けれど、リングは美穂奈を睨むだけで、一向に答えてはくれない。
女なんかと喋れるかって事なのかな?
いくら嫌いだからって、無視されるのはちょっと腹が立つ。
美穂奈自身がリングに何かをした訳ではないのに。
「…………大した理由もないのに、そういう事言うって事は、ラズと2人っきりになりたいのにって解釈で良いかしら?」
「~~~~~~っつ!!」
だから美穂奈は反撃に出てみた。
「ミホナ!」
ラズの咎める様な声が聞こえてきたけども、無視をする。
だって、やっぱり何もしてないのにこの態度は腹が立つから。
美形に睨まれると迫力があって怖いけど、ここで目を逸らして負けるのは癪だから、美穂奈はリングの瞳を真っ向から受け止めた。
「ッチ!自分は非力ですって顔で近付いてきて、守るだけ守ってもらって、こっちから取れるものは取れるだけ奪ってく。そんな生き物のどこが好きになれる?」
観念したのか盛大な舌打ちの後に答えてくれた理由は、女の子の本質を良く見抜いた良いコメントであると、美穂奈は思った。
けれど。
「それが全てだと思っているなら、まだまだ甘いわね。一度騙されたぐらいで。」
「こんの……!!」
「よせ、リング!相手は女の子なんだぞ!?」
今にもつかみかかってきそうなリングにラズが間に入って咎める様に言う。
「だから何だ!その言葉は聞き飽きたってんだよ!!つか、おまえは何だかんだ言って女に甘いんだよ!」
怒鳴りすぎて酸欠なのか、リングはそこで一度言葉を切ると肩で息をしながら、呼吸を整えた。
「とにかく、俺はその女がいる限り、ここには来ないからな。」
「酷いな、友達が困ってるのを見捨てるなんて。」
「ぬかせ。その友達の嫌がる事をするとか、とんだドSだろ。」
友達。
その単語に、美穂奈は1つ誰ともなしに頷いた。
どちらかというと控えめなラズが、先程から言いたいことをビシバシ言っているのに、納得がいったからだ。
逆に、性格が真逆なリングと友達だという事に驚く。
ラズの見た目が文化系の優しい優等生って感じだから、きっとラズと付き合いのある人間もそういうタイプが多いんじゃないかと思ったからだ。
が、リングはどちらかというと乱暴な不良タイプだ。
上手くいくとは到底思えないのだが、今までのやりとりを聞いてる分に、なんだかんだで釣り合いが取れているのかもしれない。
「とにかく、女の子。しかも、異世界から来たって言ってるんだ。身寄りも頼れる人もいないんだ。追い出すのはいくらなんでも可哀想過ぎるだろ。」
「そもそも、俺はその『異世界』を信じてねー。怪し過ぎるだろ。むしろ、何でおまえは信じちゃってるのかが謎だ。」
頭が痛いとでも言いたそうに、リングは額に手を当て、頭を振った。
「だいたい、おまえはこの状況をどう国に説明する気なんだよ。言っとくが、奴等は俺以上に異世界とか信じねーからな。」
「それは……その……。」
言い淀んだラズに、リングはますます頭が痛いと眉間に皺を寄せた。
「ラズ。おまえはどっちかっつーと物事を順序立てて考え行動するタイプの人間だろ。そういう人間は、不慮の事故に遭遇した場合に弱いんだよ。今ここで言い訳の1つや2つ出てこないようじゃ、本当に国から問いただされた時、何も言えないままだぞ。」
同じ事を思ってるし。
美穂奈はリングの言葉に、何とも言えない気持ちになった。
こんな乱暴者と考えが似てるとか、嫌…とまではいかないが複雑過ぎる。
「たしかに、リスクは大きいけれど。でも、気になる事もあるし。ミホナを泊めるのはデメリットばかりじゃないと思うんだ。」
「気になることだ?」
「ミホナ。」
呼ばれて、美穂奈はラズが気になると言っている物をリングに見せた。
赤い革表紙の金の飾り縁が付いた分厚い本。
「ミホナは、この本に金色の文字が浮かび上がった次の瞬間にここに来たと主張している。ミホナがここに来てしまった原因になってるかもしれないその本が、僕が持っている曾祖父の形見の本とそっくりで、しかも僕がその形見の本を読み終わった直後、ミホナは目の前に立っていた。これは、偶然というには少し出来過ぎていると思うんだ。」
言われて、リングは美穂奈の手の中の本を見る。
リングもラズが読んでいるところを何度も見たことがある。
緑の革表紙に、金の飾り縁。
「たしかに、似てるな。」
色違いの同じ物だろうと切り捨てないのは、ラズの持っている本が既製品ではなく、あの大魔法使いエルドの形見だと知っているから。
「借りても良いか?」
リングの言葉に、美穂奈は黙ってリングへ本を差し出した。
リングはそれを受け取ると、パラパラとページをめくる。
「ミホナの本もページは真っ白だから、僕のと同じ魔力を注いであげて読めるんじゃないかなと思うんだ。今日は魔力を使い果たしちゃったし、回復したら読んでみようかと思ってるんだけど……。」
「いや、無理だろ。」
ラズの説明をぶった切り、リングは美穂奈の本をパタンと閉じた。
「え?無理って、どういう事?」
意味がわからず、美穂奈はリングとラズの顔を見る。
が、ラズもリングに言われた言葉が意外だったのか、不思議そうな顔をしていた。
「ラズ、おまえは自分の本を普通に読めるから忘れてるみたいだけどな。おまえの本とこの本が同じ性質の物だった場合、おまえにも俺にも読めねー、つかこの世界で読める奴がいるかが怪しい。」
「……あ。」
リングの言葉に、ラズは何か思い当たったのか小さく声を漏らした。
「いや、でも!あり得ないよ、リング。」
「……ど、どういう事?」
何か焦った様なラズの声に、美穂奈も何だか不安になってきてそう問いかける。
「つか、それはこっちのセリフだな。」
だが、その問いに答えたのはラズではなく、リングだった。
リングは、美穂奈と目線を合わせる様に腰をかがめると、至近距離で美穂奈を値踏みする様に見つめ、言った。
「……おまえの色は何色だ?」