解釈と野宿
「これは今までのラズの説明を聞いての推測だけれども。」
美穂奈はそう前置きをして、ラズの方へと目を向けた。
「ラズが生まれてきた時、緑の原色持ちの人はまだ生きていて、ラズの曾おじい様はとても強い魔力を秘めた魔法使いだったって事から、私はラズの曾おじい様の色が緑の原色だったんじゃないかって思っているの。で、その原色持ちの曾おじい様は亡くなられた。すると、次に緑の原色持ちが生まれてくる可能性が高いのは、ラズの家系だって事。一番可能性として高いのは、ラズのおじい様世代の子供だけども、曾おじい様が亡くなられた後に子供を授かるのは年齢的にアウト。次に可能性として高いのはラズのお父様世代だけども……。ラズ、弟や妹はいる?」
「……いや、一人っ子だけど。」
突然始まった美穂奈の解釈に質問。
驚きながらも、ジッとこちらの返事を待つ美穂奈にラズは答えた。
「おじ様やおば様はいないの?」
「父も母も一人っ子だったから。」
その言葉に、美穂奈はピッと人差し指を立てた。
「と、いう事は。次に原色持ちが生まれる確率として高いのはラズの世代。ラズの子供って事になる。ラズの曾おじい様にご兄弟がいる場合、そちらの家系に原色持ちの子供が生まれる可能性もあると思うけれど、多分もう亡くなられてるんじゃないかしら?で、お子様もいない。違う?」
「……あってるよ。」
ラズは少し感心しながら頷いた。
1から説明して欲しいと言った美穂奈に、ラズは本当に最初から説明した。
けれど、説明はまだ半ば、美穂奈が知りたがっていた何故この家に置けないのかや、保護とは何かに対しての答えにはまだ何も触れていなかった。
なのに、美穂奈は確信に近付いていると、ラズは美穂奈の説明を聞きながらそう感じていた。
「間違っていたら本当に不吉な事言って申し訳ないんだけども、ラズの両親だけでなく、ラズの家系の人って、みんな亡くなられたんじゃない?で、残っているのがラズだけ。他の緑系統の家系から緑の原色持ちが生まれる可能性はゼロではないけど、ほぼゼロと同じ。何故なら、色、特に原色は血の繋がりを強く求めているみたいだから。原色持ちは貴重で絶対生まれてきてくれなくては困るから、ラズには是が非でも子供をつくって欲しいって事で、国の監視下に置かれているんじゃない?」
つまりは、数が多い間は放置される動植物達も、数が減り、希少価値が上がれば保護される。
ラズはまさしくその状態なのではないかと、美穂奈は解釈したのだ。
どう?違う?と自信満々でこちらを見る美穂奈に、ラズは小さく手を叩いた。
「凄いね。ほぼ完璧だよ。あれだけの説明で良くそこまでわかったね。」
ラズが褒めると、自分の解釈があっていた事が嬉しかったのか、美穂奈が嬉しそうに笑った。
……少し、似てるかな。
ラズは美穂奈のその表情を見て、ふと原色持ちの友達を思い出した。
聡明な友人の顔を。
「僕の両親は事故で亡くなってね。曾祖父の世代ぐらいから、子供は1人産まれるか産まれないかぐらいだったんだ。親戚がいない事はないんだけど、みんな結構な歳だし、子供は望めないかな。」
「まぁ、そうよね。出来ないことはないけど、高齢出産はリスクが高いものね。」
ラズの言葉に美穂奈は頷いた。
「そういう理由から、僕は国の保護を受けていて、不定期にやってくる国からの使者に、定期報告するのが義務なの。だから、悪いけどミホナ。君をこの家に泊めることは出来ないんだ。」
ようやく戻ってきた話の流れに、美穂奈は頭を悩ませる。
事情はわかった。
けれど、やはりこの家に置いてもらえないのはマズイ。
美穂奈が今この世界で頼れるのは、ラズだけなのだから。
「……どうしても駄目?」
「駄目だよ。僕だって、泊めてあげたいのは山々だけど。……ミホナ、考えてみて。僕が何で国の監視下に置かれているか。」
「え?えっと、だから……、緑の原色持ちが産まれてくる可能性を高める為に、血筋の濃いラズを保護してる……のよね?」
先程証明したばかりの話がまたぶり返してしまった事に首を傾げながら美穂奈は答えた。
「そう。で、子供をつくって欲しくて仕方がない国からの使者がこの家に来たら、僕はいつの間にか女の子と暮らしてるんだ。どう思われる?」
「どうって……。」
想像して、美穂奈は少しだけ頬を染める。
「そうね、そうよね。そういう話になるわね。逃げられないぐらいそっち方面に話が進んで、ヤらなきゃいけなくなるわね。」
国はきっと諸手をあげて私とラズの同居を認めてくれるだろう。
この小屋だって、もっと広くして、ベッドもダブルにしてくれるだろうけど、そこまでされたら是が非でも子供をつくらなきゃいけなくなるのは目に見えている。
さすがにそれは遠慮したい。
「あーもう。でも、どうしたら良いのよ。こんな知らない世界でいきなり1人で暮らしていけって言われても無理よ……。あ、そうだ。ラズ。ちょっと聞きたい事があるんだけど。」
「何?」
「この世界って、住民登録とかいるの?えっと、身分証っていうか……、そういうのないと、やっぱりこの世界で働いたりするのも難しかったりする?」
美穂奈の言葉にラズは首を傾げたが、すぐに何か思い当たったのか「あぁ。」と頷いた。
「色登録の事かな?自分の色が何色なのか、国に報告する義務はあるね。」
言われて美穂奈は大きな溜息を吐いた。
ここでもまた色。
大事なのはわかったけど、そんな登録までしなくても良いじゃないと美穂奈は心の中で愚痴ってみた。
「もちろん、ミホナは異世界から来て、魔法も知らなかったみたいだから、自分が何色かなんて知らない……よね?」
「知るわけないわ。」
答えて、また溜息。
美穂奈は、これからの事を考え頭を悩ませていた。
頼みの綱であるラズは、この通り駄目。
なら、美穂奈は一体誰を頼りにすれば良いというのか。
右も左もわからない、異世界で、頼れる人間なんている訳がないのに……。
ふとなんとなしに、美穂奈は小屋の窓から外を見る。
たくさんの木々が生い茂る森を見て、美穂奈は暫し考え、何か思いついたと言わんばかりに手を打ちラズを見た。
「ラズ!お願いがあるの!!」
「だ、駄目だよ。ミホナがなんと言っても、泊められないからね。」
申し訳なさそうに、首を振るラズに、美穂奈も同じく首を振った。
「違うわ。泊まるのは諦める。だって、しょうがないじゃない。さすがに、子作りしましょとは言えないわよ……。ただ、そのかわり、毛布か寝袋を一つ貸して欲しいのよ。」
お願いと手を合わせて拝む美穂奈に、ラズは訝しげに眉をしかめた。
「毛布を貸すのは別に構わないけれど……。ミホナ、それで一体どうする気?」
ラズの言葉に、美穂奈は外を指差し答えた。
「野宿するのよ。幸いにも、目の前に森があるし、隠れて潜むには打って付けでしょ?で、その間に解決策を見つけるわ。」
見つかるかは分からないけれど、と口の中で小さく呟く美穂奈に、ラズは呆れた様な盛大な溜息を吐いた。
「ミホナ、君は女の子なんだよ?」
「わかってるわよ。」
ラズに言われずとも、自分が女であることはわかっているつもりだと、美穂奈は頷いた。
「わかってないよ。女の子が森の中で野宿とか、何考えてるの!」
「だってしょうがないじゃない!他にどうしろって言うのよ!!この小屋に泊めてくれないなら、変に優しさ見せないで!!」
美穂奈の言葉に、ラズはぐうの音も出ないのか、黙り込む。
「……可哀想だと思うなら、たまに食べ物とか恵んでくれると助かるわ。」
森の中って何か果物とかあるのかなとか、野宿する気満々の美穂奈に、ラズは先程よりも大きな溜息を吐いてみせた。
「…………………………わかった。良いよ、泊めてあげる。」
たっぷり数十秒の間の後、ラズが呟いた言葉に、美穂奈は驚いて振り返った。
「何言ってるの、ラズ。私、あなたと夫婦になって子供作る気はないわよ?」
「わかってるよ、僕にもない。国には…、なんとか適当に誤魔化しておくから。」
「……なんて言って誤魔化すのよ。」
美穂奈のその言葉には、ラズは答えず視線をそらした。
つまり、行き当たりばったりらしい。
ラズはどちらかというと、計画的に動くタイプの人間に見える。
そういう人間が考えなしに動くと大抵失敗することを、美穂奈は知っていた。
「ラズ、嬉しいけどちょっと無謀じゃない?逃げられなくなってから、仕方がないからって理由で子作りとか、ラズだって嫌でしょ?」
「でも……!」
“バンッ”
ラズがそれでも何か言おうとした瞬間、唯一の小屋の出入り口である扉が勢い良く開けられ、ラズと美穂奈は固まった。
まさか、国の使者?
間が悪過ぎる、心の準備が出来ていない、なんて言って誤魔化そう、そんな考えを頭の中でぐるぐる回しながら、美穂奈とラズはゆっくりと、扉の方へと視線を向けたのだった。