転移魔法と魔法級
ラズから聞いた言葉を、美穂奈は理解すると同時に、今目の前にいるラズをどう陥落するかに頭を悩ませていた。
良くは分からないが、美穂奈は今、異世界にいるらしい。
理解し難いが、それは分かった。
一瞬目を瞑った後に、急に知らない家の中にいたのだ。
それは揺るぎようがない事実。
受け入れよう。
でだ、問題は大きく分けて2つ。
どうやって元の世界に戻るのか、と、どうやってここで暮らしていくか、だ。
元の世界に帰ったって良い事は何もない。
つまらない婚約者様との結婚が待っているだけなのだから、帰らなくてはいけない目的はあまりなかった。
なので、すぐに帰れなくても、美穂奈的には何も困る事はなかった。
ただ、残る問題の後1つ。
ここで、どうやって暮らしていくのか、だ。
すぐに帰れない、または帰らない場合、美穂奈はしばらくここで暮らしていかなくてはいけない。
仕事があるなら、働いて普通の暮らしをおくるのだけれど…。
ただ、美穂奈はこの世界で戸籍もなければ、頼れる親戚知り合いの類もいない。
この世界に戸籍があるのかどうかは知らないが、住民登録をしていなければ就職するのは難しいだろうし、万が一働けたところで、親戚や知り合いがいなければ、当面の住む場所や食事などの生活費に困る。
と、すればやはりラズをここでなんとしてでも落としておきたかった。
幸いラズは見た限り一人暮らしの様だし、何より出会い頭いきなり本で殴って気絶させられたのにもかかわらず、今現在美穂奈とこうやって話をしてくれる優しいお人好しだ。
美穂奈はゴクリと息を飲んだ。
この交渉は、失敗出来ない。
「良くわからないけど、君はこの街の出身じゃないって事が言いたいの?」
「ええっと、そうね。とりあえず、私はオーラー出身じゃないわ。」
答えて美穂奈は天上を見上げる。
何て説明すれば良いのか…。
そこまで考え、美穂奈は首を振った。
いや、下手に嘘は言わない方が良いかもしれない。
だって、ここは美穂奈の知っている常識が通じるのかも分からない世界なのだ。
ちょっとした事ですぐにボロが出てしまう可能性だってある。
その場合、信用問題にヒビが入ってしまう。
ただでさえ、美穂奈は信用されていないのだ。
これ以上、その信用値が下がろうものなら、さすがにお人好しのラズと言えど、美穂奈は今度こそこの小屋を追い出されてしまう。
正直に話そうと決めた美穂奈は、少し考えた後小さく息を吐いてラズを見た。
「あのね、ラズ。私の話を、最後まで聞いてくれる?」
美穂奈の真剣な瞳に、どこか投げやりな態度だったラズが姿勢を正した。
「一応、さっきから君の話は聞くように努めているけど?」
「そうね、ラズはさっきから私の話をちゃんと聞いてくれているわ。そうよね……。」
ラズに、というより自分に言い聞かせるようにそう言って、美穂奈は胸に手を当て、大きく息を吸う。
「ラズ。私自身信じられないんだけど、私、この世界の人間じゃないかもしれない……。」
「………………は?」
少しの間の後返ってきた返事に、美穂奈は大きく頷いた。
「待って、分かってる!ラズの言いたいことは凄く良くわかる!!でも、本当なの!私は、地球って惑星の日本国出身なの。ねぇ、ラズ、あなた地球って聞いた事ある?日本は?ちなみに、私はcolorsもオーラーも聞いた事ないわ!」
一度声に出してしまえば、不安と疑問の山だらけで、美穂奈はラズが困るだろうと思い無いながらもまくし立てた。
そんな美穂奈に、ラズは頭に手を置きながら待ったをかける。
「ミホナ、落ち着いて。」
だが、美穂奈は首を振った。
「いいえ、待たないわ!それに、落ち着けるはずもないじゃない!!私は、お義母様達に部屋に閉じこめられてたのよ?なのに、目を瞑って数秒後に目を開けたらこんなところにいるとか、あり得ない!普通に考えてあり得ない!!これは宇宙人の仕業だとでも言うの?それとも魔法?どれも非現実的だわ!」
一気にまくし立て、ゼーッ、ハーッと荒い息を吐く美穂奈に、ラズは恐る恐る声をかけた。
「…………えっと、ミホナ?」
「……何よ?」
何か反論出来るならしてみなさいよとでも言いたそうにこちらを睨む美穂奈に、ラズはとても言い辛そうに口を開いた。
「……えっと、魔法なら、あるんだけど?」
「………………は?」
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魔法。
それは常人には不可能な手法や結果を実現する力のことである。
美穂奈は、ぽかんと口を開けたままラズを見つめた。
「魔法……が、あるの?」
「あるよ。」
さも当然だと言わんばかりにラズはサラッと答えた。
「何、それって物を浮かせたり空を飛んだり?」
「程度によるけど、まぁそんな感じの事は出来るよ。」
真実を、異世界から来た、なんて奇想天外な話を、嘘偽り無くラズに打ち明けておいて良かった、と美穂奈は思った。
この世界に魔法があり、それが当たり前だとされているなら、美穂奈はきっとすぐにボロを出していただろう。
その点では自分を高く評価したい。
「ミホナの世界に、魔法はないの?」
ラズの不思議そうな声に、美穂奈は自画自賛を止めて、頷いた。
「ないわ。物を宙に浮かせたり、人が空を飛んだりは出来ない事はないけども……。」
科学が発達した現代日本では不可能ではないが、魔法の様に何もないところから突然何でも出来たりする訳ではない。
「え、ちょっと待って。魔法があるなら、私がここにいるのも、魔法なの?」
魔法になんか詳しくはないが、転移魔法みたいなのを使えば、そういう事も出来るのではないかと思い、美穂奈はラズを見た。
が、ラズは小さく首を振り、その可能性を否定した。
「んと、なんて言えば良いのかな……。魔法はね、たしかにあるんだ。ミホナの言う転移魔法もたしかにある。けれど、魔法には級があってね。一番難しいとされている魔法はS級と言って、使える人間はほとんどいない。次に難しいのがA級、順にB級からG級までの8段階。そのうち、転移魔法っていうのは、この8つの級、どれにも属さないSS級なんだよ。ここまではわかる?」
ラズに言われ、美穂奈ラズに言われた言葉を脳内で復唱する。
魔法と言っても、誰もが簡単に使えるものから、修行を積まなければ使えないような難しいものまである。
美穂奈がここに来ただろう原因の転移魔法はSS級。
そして、S級と呼ばれる高難易度の魔法が使える人間は、ほとんどいない。
「……っと、あれ?ラズ、1つ良いかしら?」
ふと、美穂奈は疑問を感じた。
「どうして、SS級を入れて、9段階にしないの?それに、S級の魔法を使える人間はほとんどいないって……。」
美穂奈はそこまで言って、1つの答えに行き着き、ラズを見れば、ラズは静かに頷いた。
「そう、SS級を使える人は、もういないよ。あまりの難しさに、取得出来る者がいなくて、随分昔に魔法級から外されたんだ。」
ラズの言葉に、美穂奈は絶句する。
転移魔法は今は存在しない魔法。
じゃあ、何故美穂奈はここにいるのか。
転移魔法でないとしたら、どうやってここに来たことになるのか。
「じゃあ、何?魔法じゃないなら、残る可能性は宇宙人?ファンタジーじゃなく、SFな展開なの?」
まさか宇宙人までいるとは言わないわよね。
美穂奈の無言の質問に、ラズは溜息混じりに答えた。
「その可能性を完全に否定する訳じゃないけど、この世界に宇宙人はいないよ。」
「なら、他にどうやって……。」
呟いて、美穂奈は手の中の本に視線を落とす。
赤い革表紙の、金の飾り縁が付いた分厚い本。
いつもは白紙のそのページに、金色の文字が浮かび上がって…。
「……そうよ、本!」
美穂奈ははじかれた様に顔を上げた。
「ラズ!私、この本に金色の文字が浮かび上がって、それを見てたらここに来たの!ねぇ、やっぱりこれって魔法じゃないの?」
美穂奈の言葉に、ラズは思い出したと口を開いた。
「そうだよ。ちょっとミホナ、それ見せてくれないか?君が持ってるその本、僕が持っている本ととても良く似ているんだ。ほら。」
そう言ってラズが見せてくれたのは、緑の革表紙に金の飾り縁が付いた、分厚い本だった。
「これはね、僕の曾祖父の形見なんだ。」
「ラズの……?」
「ミホナ、君のその本は、一体どこで手に入れたものだい?」
問われて、美穂奈は自分が生まれてからこれまでの誕生日をずっと思い返す。
気付けば、誕生日の日に側にあった。
そして、誕生日が終わればいつの間にかなくなっていた。
それは、いつの頃からだった?
中学生の時から?
小学生の時から?
いや、違う。
もっと前から。
気付けば誕生日の日に側にあったその本は、本当に、美穂奈が気付いた頃には、そこにあった。
物心が付いた頃には、もうすでに。
多分それは、生まれた時からずっとあったのではないかと、その可能性に気付いた美穂奈は、一瞬恐怖を感じて、小さく体を震わせたのだった。