悪巧み
本格的に話をしようという事で、奥の部屋へと通された美穂奈達は、ハープが入れた紅茶を飲みながら事のあらましを説明した。
「手っ取り早く魔法を使える方法……ねぇ?」
ラズとリングから話を聞き終えたハープは、少し考える素振りを見せた後、ニッコリと笑って即答する。
「ないわね。」
「わかってるっつの!だから、何かないか聞いてんだろ!!」
ハープからの返答が不満だった様で、リングがそう怒鳴る。
逆切れも良いところだ。
「そうね。何でも良いから魔法を使いたいなら、そのまま使っちゃえば良いじゃない?」
「ミホナの魔力量でそれやると、被害状況がシャレにならないんだよ。」
「あら、良いじゃない。暴発だろうとドハデな魔法を見せればインパクトは大きいわ。合格間違いなしよ。」
しれっとそう言うハープに、ラズもリングも盛大な溜息を吐いた。
「……ハープお姉様。あの、それすると私が下手すると死んじゃうんですが。」
この2人に任せておくと話の主導権を握らせてもらえないと、美穂奈はそーっと手を挙げ意見する。
「上手くすれば怪我程度で済むかもしれないわよ。」
だが、返ってきたハープの答えに、美穂奈はたしかにと頷く。
怪我程度で済むならやっちゃうのもありだとは思うが……、実行した場合の死亡確率ってどれくらいなんだろう?
「ハープ、無責任な事言わないで。ミホナも、良い考えかもしれないみたいな顔で頷かない。」
(しまったつい……。)
美穂奈はポリポリと頬をかいた。
どうしても、ハープに主導権を握られてしまい、なかなか話が進まない。
からかわれてるのは分かるのだが、それを上手くかわせないのだ。
「ラズやリングが好きな、地道に魔力を体に定着させていくやり方が一番良いわよ。」
「それじゃあ間に合わねーからココに来たんだろうがっ!」
「リングったら、あたしに何を期待して来たの?あたしは、あんた達みたいに魔法に詳しくないのよ。あんた達で分からない事が、あたしに分かる筈ないでしょ?」
その通りだろうと、美穂奈は思う。
ハープは魔法に長けている訳ではないらしいし、そんな人に魔法に関する事を聞いてもラズとリング以上の詳しい話は聞けないだろう。
「それは分かってるけど、でもどうにかならないかなって……。」
ラズもリングも、ハープが仕掛けた言葉遊びに全く気付いていないのだろう。
美穂奈は溜息を吐いて、そのラズの言葉を遮った。
「ラズ。違うわ、聞き方がマズイのよ。」
その言葉に、ハープは美穂奈を見て気付いたのかと楽しげに笑う。
「ミホナちゃんは良い子ね。あたしの言いたい事、わかったかしら?」
「はい。」
頷いて、美穂奈は意味が分からないと首を傾げるラズとリングを見た。
「ハープお姉様は、私の魔力を一ヶ月で定着させる方法は分からないって言ってるの。つまり、裏を返せばそれ以外なら分かるかもしれないって事。例えば……、私が魔法を使わなくても合格出来る方法、とか。」
「ハッ。おまえはバカか?あそこは魔法学校なんだよ。魔法が使えねーのに合格出来る訳ねーだろ。」
美穂奈の話を鼻で笑い一蹴するリングに、美穂奈は頬を膨らませる。
「分かってるわよ。だから、例えばって言ったでしょ、た・と・え!」
「あら。良いんじゃないの?魔法を使わず合格出来る方法、それなら協力するわよ。」
「え?」
「は?」
「本当に?」
美穂奈自身、適当に言ってみただけの例え話だったのだが、意外にもハープはその話に食いついてきた。
「えぇ、少なくとも短期間で魔力を定着させる方法を探すより、よっぽどあたしには向いた話だわ。」
「あ、いやでもハープお姉様。それじゃあ根本的な解決になってないですよ?私、魔法が使いたいの!」
誤魔化して入学出来たとしても、その先ずっと騙すのは大変だろうし、何より美穂奈は王立魔法院に入りたいのではなく、魔法を使いたいのだ。
けれど、美穂奈のその訴えはあっさりと解決する。
「だから、3ヶ月かけてゆっくりと魔力を体に定着させれば良いのよ。取り急ぎ、魔法が使えない状態で王立魔法院に入学しなきゃいけないから困ってるんでしょ?あたしだって、さすがに魔法が使えないままずっと騙せるだなんて思ってないもの。魔法は、入学した後に使える様になれば良いの。」
目から鱗とはまさにこの事。
たしかに、王立魔法院の入学テストがある為急いではいるが、美穂奈自身別に今すぐ魔法を使えなきゃいけないと、切羽詰ってる訳ではない。
入学した後に魔法を使える様になれば良いだけなのだ。
「なるほど、ハープお姉様頭良い!!」
「うふふっ。ありがとう、ミホナちゃん。」
「いや、ちょい待て!つか、そんな方法あんのかよ!!」
解決したも同然と喜び合う女性陣に待ったをかけたのは、リングだった。
「まぁ、たしかに発想としては面白いけどな。普通に考えて無理だろ!」
「そう、だよね。ミホナの試験の立会いには赤の原色見たさにそうそうたるメンバーが集まるんだよ?騙すのは難しいと思うよ。」
難しい顔をして考えながらそういうラズに、ハープは紫色の綺麗な瞳を細めて言う。
「そうね。魔法に優れた人達が集まるなら、誤魔化すのは難しいでしょうね?」
「わかってんなら、他の案だせ。」
何故か偉そうにそう言うリングに、ハープはニッコリと微笑んで首を振った。
「やーよ。あたし、この案でいくもの。」
「おまえも、人の話聞かねーよな!」
イライラしているリングを笑顔で一蹴するハープに、美穂奈は首を傾げつつ尋ねる。
「ハープお姉様。何か策があるの?」
「んー、一応ね。成功確率は、男がどこまで馬鹿な生き物かにかかってる感じかしら?」
その言葉に、美穂奈は少しだけ何かを考える様に宙を仰ぎ、すぐに頷いた。
「なら大丈夫ですよ、ハープお姉様。男は基本馬鹿な生き物だもの。」
「おまえらは、俺等を前にして良くそういう事が言えるなっ。」
「あら、リング。自覚がなかったのかしら?あんたも立派な馬鹿よ。もちろん、ラズもね。」
怒るリングと苦笑いを浮かべるラズにハープは笑顔でそう言うと席を立ち、近くに置かれたメモ用紙を手に取った。
「試験まで時間がないでしょ?あたしはすぐに準備に取り掛かるから、ラズはミホナの魔力の定着を手伝ってあげなさい。で、リングはコレを用意してちょうだい。」
コレ、と差し出されたメモ用紙を見て、リングはすぐさま眉根を寄せた。
何が書かれているのだろうと、首を伸ばしメモ用紙の中身を見る。
「……アイリスドロップ?」
アイリスはたしか、虹の女神の名前だっけ?
だとすると、直訳すると虹の女神の雫だろうか?
初めて聞く単語に、どんなものか想像出来ず首を傾げる美穂奈の横で、その単語を聞いていたラズが驚いた様な声をあげる。
「アイリスドロップって、ハープ!さすがに無理だよ!!」
「無理なら無理で良いわ。成功確率が下がるだけよ。」
事も無げに言うハープに頑張って食ってかかるラズを横目で見ながら、美穂奈はリングを見た。
最初にメモを受け取った時のまま、眉根を寄せ固まっているリングに美穂奈はそっと聞いてみる。
「ねぇ、アイリスドロップって……、何?」
「前に1回説明したが、生活の補助の役目をする宝石に分類されるものだ。ただ、この宝石にも級がある。その辺で気軽に買えて生活補助をする宝石は一番低い級のものだ。つか、ほとんどこの低級のものしか出来ないんだが、たまに上質な高級の宝石が出来る時がある。それらは、数が少ねーから希少価値が高く、またそこそこの値段で取引されてんだよ。アイリスドロップっつったら、光の宝石の中で一番入手困難で馬鹿高いっつわれてる高級の宝石だ。」
返事がなくても良いと思いながら聞いた問いに、以外にもリングは返してくれた。
宝石には美穂奈も毎日お風呂や洗顔、洗濯等色々な場面でお世話になっており、結構馴染み深いものだ。
けれど、その宝石にも級があり、また値段も違うとは初耳だ。
「でも、そんな良いもの使わなくても生活補助程度なら普通の宝石で良いし、それらの使い道って何?コレクション?」
希少価値が高いなら、手元に置いて眺めたりするだけの鑑賞用や、持っているだけでステータスになる何かがあるのだろうか?
「いや。まぁ、たまにそういうマニアみたいな奴はいるけど、高級の宝石もちゃんと使い道があんだよ。おまえが言う通り、生活補助程度は普通の宝石で良いからそういうのには使わねー。高級の宝石は一般的に魔法の補助に使う。低級の宝石は使えねーが、高級の宝石はそれ1つでそれなりの威力があるから、咄嗟の場合に良く使う。例えば、突然背後から攻撃された場合、振り向いて律編んでとかしてたら死ぬし。その点、宝石は割ればすぐに魔法が発動するからな。人が使う魔法は律を編んだりとどうしても時間のかかるものだから、突然のハプニングには対応し難いし、そういう時に使うんだよ。」
魔法とは、ちょっと呪文を唱えたらパッと使えるものだと思っていたが、実際勉強すると色々と法則だ縛りだとあり、ややこしく融通の利かないものだった。
非常時にのんびりと律を編んでたら、たしかに死んでしまう。
その律を編む時間を作る補助として、高級の宝石は使われるのだろう。
「……なかなか面白いわね。戦略の幅も広がるし、使い方次第で色々出来るわ。」
「まあな。あると便利だし、俺もいくつか持ってるが、さすがにアイリスドロップ級の宝石になるとな。」
「そんなに手に入りにくいものなの?」
アイリスドロップと言われても、それがどれ程高価なものなのかいまいちピンと来ない美穂奈は首を傾げた。
「いや、アイリスドロップは数的な意味では他の高級宝石に比べマシな方だな。オーラー中探せば1個くらい見つかるだろう。けどな……。」
リングはそこで一度言葉を切ると、やはり眉間に皺を寄せる。
「もしかして、物凄く高いの?」
先程の話からして、希少価値の問題がそれ程深刻でないのなら、残る問題は値段だろう。
そう思い恐る恐る確認した美穂奈にリングは溜息を吐いて頷いた。
「アイリスドロップっつても、その中でまた質の善し悪しがあって値段はピンキリだが、安くて家が買える値段だな。」
「い、家?!」
ビックリし過ぎて声が裏返る。
一応、元の世界でお金持ちに分類される美穂奈だが、だからといって家を安いとは思わない。
「リ、リング?無理しなくて良いのよ?成功確率が下がるだけで、それがないと失敗するって訳じゃないんだし……。」
少し高いぐらいなら、「買って♪」とか可愛らしくおねだりしてみたりもするが、さすがにこれは冗談でもねだれる金額じゃない。
そもそもリングはこんな手に引っかかりもしないだろうけども。
「そうよリング。ぜ~ったい失敗って訳じゃないわ。アイリスドロップがないと、100%あたしの魔法に頼らなきゃいけないってだけで。」
「ハープ、余計に不安にさせないでよ。」
ラズのその言葉を聞く限り、やはりハープの魔法はそんなに信用出来る様なものではないらしい。
リングは手の中のメモをぐしゃりと握り込むと、それを無造作にポケットへと突っ込んだ。
「わかった。試験までには間に合わす。」
「ちょ、リング本気?」
「あぁ。だからおまえは、絶対に合格しろ!良いな?!」
いつもよりも更に鋭い目つきで睨まれ言われた言葉に、美穂奈は絶対に失敗出来ないと今までに感じた事のない重いプレッシャーを感じるのだった。