紫の美女
魔力が回復し、歩ける様になった時、ラズとリングは浮かない顔で美穂奈に言った。
「今日は、ちょっと出かけるぞ。」
「僕達の友……知り合いに会わせたいんだ。」
いついらない発言をしないか心配なのか、あまり美穂奈が動き回って知り合いを増やす事を良く思っていなかったリングが、知り合いに会わせたいなんてどういう風の吹き回しだと思いつつ、美穂奈は頷いた。
そして今、美穂奈は豊満で柔らかな2つの膨らみに顔を挟まれていた。
「いや~ん!何これ、可愛い~。ね、これ貰って良いの?ね?ね?」
「ふざけんなっ!!」
グイッと肩を引かれ、美穂奈はその圧迫感から解放される。
「ぷはっ。」
(ち、窒息するかと思った。)
大きく息を吸い込み、美穂奈は改めてその女性を見た。
ボインと大きな胸に、キュッと引き締まったウエスト。
そして、大き過ぎない肉厚なお尻に高い身長のナイスバディ。
少し赤みがかった紫色の髪と瞳が、何とも言えない色香を放った本当にお美しい褐色の肌のお姉様だった。
「あ~ら、リングってば久々に会ったのに冷たいわね。な~に?その子、あんたの彼女?」
「んな訳あるか!」
「じゃあ、まさかあの堅物ラズの?ひゅ~、やるっ。」
「ハープ。ふざけないで。」
ラズにハープと呼ばれたその美女は、形の良い唇を弧に描き、美穂奈を見た。
「初めまして、可愛らしいお嬢さん。あたしの名前はハープ=ビオリラ。リングとラズとは幼稚舎からの知り合いなの。」
「あ、初めまして。美穂奈です。宜しくお願い致します。」
ぺこりと頭を下げると、ハープは両腕を伸ばし、またも美穂奈に抱きついてきた。
「やん、本当に可愛いわ。リングのでもラズのでもないなら、あたしのにならない?可愛がってあげるわよ?」
ツイッと顎を指ですくわれ至近距離で見つめられそう言われる。
「ハープ。あんまりミホナに触らないで。」
と思ったら、今度はラズに腕を引かれやはりハープから引き剥がされた。
「ケチね。で、2人があたしに会いに来るなんて珍しいじゃない?何かあったの?」
その言葉に、やっと本題に入ったとリングは少しだけ肩の力を抜いて頷いた。
「あぁ。その、なんだ。おまえの悪知恵を借りたくてだな……。」
歯切れ悪くそう言ったリングに、ハープは驚いた顔をした。
「どうしたの、リング?何か悪いものでも食べたの?あたしのやる事にケチや悪態しか吐かないあなたが、あたしの力を借りたいですって?」
「俺だって本当は嫌だが仕方がないだろ、緊急事態なんだよ!」
その言葉に、ハープはチラリと美穂奈を見る。
「……なる程。だから、この子をここに連れてきたのね。赤の原色持ちの女の子を。」
「ハープ、知ってたの?」
今度はラズとリングが驚く番だ。
たしかに美穂奈の事は城の中で大騒ぎになり知らない者はいないだろう程有名になってはいるが、まだ外にはその情報は漏れていないはずなのに。
「あら、こう見えてあたし情報戦は得意なのよ。城の憲兵に恋人も何人かいるし、重役のおじ様方とも仲が良いんだから。」
「…………いつか刺されるぞ。」
「大丈夫よ。みんなちゃんと分かってあたしと付き合ってるんだもの。まぁ、たま~に勘違いしちゃう子がいるけど、その時は……ねぇ?」
そう言ってハープが怪しく笑うと、リングもラズも無言で溜息を吐いた。
「それにしても、この子が赤の原色……ね。髪も瞳も茶系なんて勿体無いわ。」
美穂奈の髪を一房すくい、ハープは溜息を吐いた。
「良いんだよ。そのおかげで外に出歩いても騒ぎにならねーんだからよ。」
リングはそう言いながら、また美穂奈の肩を引き寄せハープから引き剥がした。
その様子に、ハープはクスリと笑う。
「そんなに警戒しなくても、大丈夫よ。何もとって食べたりしないわよ。」
「信用出来ねー。」
「信用出来ない。」
ラズとリングがはもる。
というか、女同士なんだしそこまで神経質にならなくても良いんじゃないかと思うのは私だけだろうか。
(……同性愛者?いや、でも憲兵やおじ様に恋人がいるんだし、……両刀?)
「酷いわね。そんなに言うなら、手を貸してあげないわよ。」
ハープがご機嫌を損ねそう言えば、ラズとリングがグッと言葉を詰まらせる。
(完全に掌の上で転がされてるわね。)
先程から、会話の主導権を握っているのはハープだ。
まぁ、これだけの美女だ。
男をコロコロ転がすのはお手の物なのだろう。
それに比べ、ラズもリングも女性が苦手で免疫がない。
だから、どう足掻いてもハープの方が1枚も2枚も上手で話の主導権を握らせてもらえないのだ。
美穂奈は溜息を吐く。
情けない。
でも、こんな頼りなくても、美穂奈の為に苦手だろう昔の級友を訪ねてきたのだ。
(甘えてばかりじゃなく、私もなんとか出来ないか努力すべきよね。)
美穂奈はハープを見上げる。
すると、紫の切れ長の瞳が美穂奈を捉え、楽しげに細められた。
「な~に、お嬢ちゃん?私に何か用?」
美穂奈がどう出るのか楽しむその視線に、美穂奈は考える。
ハープが何を一番望んでいるのか。
やはりここはこちらの要望を聞いてもらうのだから、こちらもハープの要望を聞いてあげるのが一番良い。
だが、ここで「何?」と聞くのは簡単でもそれをそのまましちゃいけないという事。
ハープは楽しんでる。
それに水を差すのは良くない。
ハープが興醒めするのが一番駄目な結末だから。
(んん……。何て言えばウケルかしら。)
美穂奈は考え考え、1つの結論に辿り着いた。
多分、大丈夫だと思われる答え。
だが、これをすると選択肢によってはちょっとラズとリングが可哀想だ。
美穂奈はラズとリングをチラリと見る。
(……ごめんね、2人共。)
とりあえず心の中で2人に謝っておく。
「ハープお姉様!!」
美穂奈は意を決してハープに声をかける。
「うふふっ。お姉様……か、何かしら?ミホナちゃん?」
美穂奈はグイッとラズとリングの腕を引く。
「私、どーしても魔法を使いたいの!!力を貸して下さい。そのかわり、何でも言う事を聞きます!…………ラズとリングが!!」
「はぁ?!」
「ちょ、ミホナ!?」
慌てる2人を無視して美穂奈はハープを見て続ける。
「私はどうしても、魔法が使いたいんです!その為に使えるものは使います!!どうぞ!!」
グイッと2人の背中を押し、ハープへと差し出す。
「ふざけんな!」とか「酷いよミホナ!」という2人の抗議の声を聞きながら、美穂奈はハープの様子を窺った。
するとハープは、とてもとても楽しそうにその妖艶な口元に笑みを浮かべていた。
「ラズ、リング。あんた達、本当に良い女の子を連れて来たわね。」
「はぁ?!自分の為に俺等売り飛ばしてる奴のどこが良い奴だ!!」
文句を言うリングに、ハープは笑う。
「違うわよ。良い子じゃなく良い女よ。男を利用出来る女は将来良い女になるわよ。あたしみたいに。」
「ハープと一緒って……。それ、ロクな子じゃないよね?」
その言葉に、ハープはまた楽しそうに笑う。
「良いわ、ミホナちゃん。あんたの事気に入ったから、あたしに出来る事なら協力してあげる。」
「あ、ありがとうございます!!」
美穂奈がお礼を言うと、ハープは少しだけ優しい瞳で美穂奈を見た。
が、すぐにラズとリングの方に視線を戻し、意地の悪い笑顔を浮かべる。
「あ、そうそう。ラズとリングには、もし上手くいった場合1日あたしとデートしてもらうから。」
「ゲッ。」
「さ、最悪……。」
ガクッと項垂れる2人に、美穂奈はもう1度心の中で合掌をしておく。
(相手が美人なのが唯一の救い……よね?)
若干の犠牲は出たものの、ようやく糸口がつかめた。
後は、ハープの協力を経て全て上手くいく事を祈り、美穂奈は見えないその糸を離さない様しっかりと握り締めるのだった。