赤の原色
あの後、惚けた様に宙を見上げ泣いていたレスは我に返った瞬間、美穂奈の手を引き目隠しもなしに王宮の中心部まで駆け出した。
美穂奈の制止の声も聞かず、多分この国のトップ、王であろう人の前まで行き、大きな声で美穂奈の色が『赤の原色』であった事を報告した。
それからはもう訳がわからないくらい揉みくちゃにされた記憶しかない。
騒ぎを聞きつけたリングにようやく保護してもらい、とりあえずいつものソフィアの宿に帰ってきた頃には、もう真夜中であった。
「つ、疲れた……。」
バフンとベットに倒れ込む美穂奈の横で、リングも煩わしそうに髪と服装を乱し、腰かけた。
「つか、何だったんだあの混乱は。何でいきなり王の前とかにいんだよおまえは。」
目を離すとすぐこれだと嫌味を言うリングに、美穂奈は恨みがましい目を向ける。
「それは私のせいじゃないわよ。レス君が急に……。」
「レス?」
「私を色登録の魔方陣まで連れて行ってくれた神官様……代理。本物の神官様のお孫さんだって言ってたわ。」
「何でそこで孫が出る。」
「本物の神官様はギックリ腰で療養中だって言ってたわよ。」
あり得ないとでも言いた気に、リングは額をおさえ天上を仰ぎ見た。
美穂奈はベットの上でコロリと転がり、仰向けのままリングを見上げた。
「でも、想像以上のパニックだったわね。『赤の原色』発見は。」
「あれくらいで済んだならまだマシだろ。それに、何だかんだ言って奴等は皆王宮内の人間だ。酷いのはむしろこれからだろ。一般人には好奇の視線を向けてくるゲスが多いからな。」
言われて想像が付いてしまう辺り、今まで自分もろくな人生を送っていないなと美穂奈は若干嫌になった。
「大丈夫よ。そういう人達はあまり相手にしない事にしてるから。」
「それが賢い選択だろうな。……つか、ここで良かったのか?」
「何が?」
突然の話題変換に、何を指しているのか分からず首を傾げば、リングは「ココ」とベットを軽く叩いた。
「居住場所。なんならもっと豪華な宿でも指定すりゃ良かったじゃねーか。金は国持ちだろ?」
「んー、別に豪華な宿に興味ないし。というか、この宿も清潔だし良い宿よ?なにより、ソフィアさんの事、私結構好きだし。」
国からの保護を受ける際に、美穂奈は1つわがままを言った。
それは、ココ。
済む場所だ。
国が用意してくれる家を放棄し、住み慣れたここが良いと押し通した。
『赤の原色』の機嫌を損ねるのが怖いのか、美穂奈が頑なだと分かるや否や国はあっさりとそれを認めてくれた。
「まぁ、国が用意する住まいなんて、国の都合の良い奴等と結婚し易い様な場所だし、断って正解だけどな。」
「……うん、だと思った。」
ラズがあんな人里離れた場所で暮らしている理由も、何となくそうじゃないかなと思う。
人……、というか女性から出来るだけ離れ、出会いを極力避けてのあの場所じゃないかと。
リングは一度大きく伸びをすると、勢いを付けベットから立ち上がった。
その反動で、美穂奈の体もベットの上で大きく跳ねる。
「まぁ、しばらくはごちゃごちゃメンドクセー手続きが必要で身動き出来ねーだろうが、一度頃合いを見計らって魔法を使わせようと思ってるから、くれぐれも自分で試しにやってみたりとかするなよ。ラズと俺が見てる前以外での魔法は現時点で使うな。良いな?」
リングに釘を刺され、美穂奈は少し膨れながらも渋々頷く。
早く使ってみたいという気持ちはもちろんあるが、魔力の色が『赤の原色』であった以上、美穂奈の魔力は高いという事だ。
まかり間違って暴発でもしようものなら笑えない。
「んじゃ、俺は帰るから。」
その言葉に、美穂奈はベットから体を起す。
「えぇ。お疲れ様、気を付けて帰ってね。」
美穂奈の言葉に、いつもは振り向きもしないリングがやはり振り向きはしなかったが、片手を軽く上げ合図してくれたのを少し嬉しく思いながら、美穂奈も就寝の準備を始めるのだった。
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街を一望出来る丘の上で、退屈で死にそうだと空を仰ぐ。
誰もが皆私を褒め称え、そして誰もが皆諦める。
私に追いつき、追い越すことを。
(退屈だわ。)
このまま一生つまらない人生を送って、死ぬのだろうか?
思って自嘲する。
十代のうちから死ぬことの心配かと。
だが、正確には『死』の心配でなく、死までの『過程』の心配だ。
私はまだ若い。
やりたい事も沢山あるし、チャレンジしてみたい事だって沢山ある。
けれど、周りは皆私の限界を決めてしまってる。
今が最高潮だと。
もう充分だと。
何もしなくて良いのだと。
(向上心も何もないのかしら、彼等には。)
私は、どんなに辛くても。
どんなに苦しくても。
どんな犠牲を払ってでも。
もっと学びたいし、何かを成し遂げたい。
ずっと、ずっと何かに挑戦し続けていたい。
「そう、どんな犠牲を払ってでも。」
呟いて、赤い瞳で街を見下ろす。
「私は、諦めない。」
その言葉に呼応するかの様に、丘に一陣の風が駆け抜け、私の赤く長い髪をさらっていった。