色登録
「君は、何処から来たのかね?」
その言葉に、美穂奈は少し考えてから首を振った。
「それが、何も覚えていないんです……。」
それは、リングとラズと事前の打ち合わせで決めてあった返事だ。
色を調べてもらい、『赤の原色』の場合国の保護下に入る。
その際、美穂奈は異世界から来ただのは伏せようという話になった。
又、文字を覚え魔法の勉強もしたが、美穂奈はまだこの世界での常識を全て認識した訳ではない。
どこかでボロが出てしまい疑われるのも厄介だと結論を出した3人は、ある1つの設定を美穂奈に付けた。
「私の名前は“ミホナ”。それ以外は何も覚えていないんです。何も、思い出せないんです。」
記憶喪失。
その一言で、全てを乗り切ろうと。
「ミホナは俺が森で見つけました。見つけてすぐの頃は名前以外本当に何も知らず少しずつですが一般常識や文字を教えていきました。魔法を教えたところ凄いはやさで習得していき、これは記憶を失くす前に何か魔法に係わっていたのかと思います。」
リングの言葉に、国の割とお偉いさんは「ふむ。」と頷いた。
第一発見者をラズでなくリングにしたのは、ラズが女をしばらく1人で匿っていたとかあまりよろしくないと判断したからだ。
「ミホナの魔法に対する理解力には目を見張るものがあり、出来れば魔法を実際に使わせてみたいと思ったのですが、ミホナは自分自身の色すら何色だったのかを覚えていません。ですので、どうかミホナに色を教えてはもらいえないでしょうか?」
と、言うか……。
(リング、別人ね。いつものあの超悪い口調はどこにいったのかしら。)
まぁ、国のお偉いさんと喋るのにいつものあの口調ではいけないだろうけども、でも「おまえは誰だ!」と突っ込みたい程である。
「ミホナはきっと、素晴らしい魔法使いになります。リング=リンドベルイの名にかけて保証致します。」
「お主がそこまで言うのなら……、特別に魔方陣に入る許可を出そう。」
王立魔法院でトップの成績を修めている黄色の原色持ちであるリングがそこまで言えば、国も特例とはいえ動かざるを得ないだろうという考えは見事的中したのだった。
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「ここから先は俺は付いて行ってやれねーから上手くやれよ。」
小声でそう耳打ちされた後、美穂奈はリングと離れ1人で王宮内の奥へと歩を進めた。
オーラーの中心に聳え立つお城を何度か見上げた事はあったが、まさか中に入る日がこようとは思わなかった。
小さな小部屋に通され、ここで少し待つようにと言われ美穂奈は頷いて、椅子に腰掛けた。
リングの話ではこの後、神官が来て魔方陣まで案内してくれると言っていた。
(……やっぱり神官って言うと、お髭を生やした偉そうな感じの人なのかしら?)
コンコン。
扉がノックされ、美穂奈は慌てて居住まいを正し顔を上げる。
「ど、どうぞ!」
美穂奈の返事にが開く。
そこには美穂奈が想像した様な初老の男性が……。
「はじめましてー。お姉さんが特例で色登録を受けたいって言う人?ぼくの名前はレス=トランペア。よろしくね!」
ちょこーん。
という擬音がきっと一番的確であろうと美穂奈は思った。
扉を開けて入って来たのは、どう見ても美穂奈よりも幼い男の子だったのだ。
(…………はっ!で、でも、アンバーがシルフィード先生は私くらいに見えて実年齢は50過ぎだって言ってたし、この人ももしかして…。)
美穂奈はニコッと愛想笑いを浮かべながら、神官トランペアを見た。
「は、初めまして、神官トランペア様。私の名前は美穂奈と申します。トランペア様は、…随分お若くお見えになるんですね。」
「そりゃあ、ぼく今年で10歳だし。」
「…………じゅ、10歳で神官の地位に就かれるなんて、きっと優秀な方なんですね?」
実力社会なのかもしれないと思い直しそう問えば、レスは首を傾げながら美穂奈を見上げた。
「優秀って、魔法の事?たしかに同い年の子供と比べると優秀だけど、ぼく魔法はC級ぐらいまでしか使えないよ。」
(……言ってた事が違うじゃない!!)
王宮仕えは皆魔法の優秀な人間で構成されていると聞いていたのに、どういう事かと思えば、レスは何か思い至ったのかポンと手を打ち美穂奈を見上げた。
「あぁ。お姉さん、ぼくが幼くてビックリした?神官って聞いて、おひげ生やしたおじいさんでも想像した?」
「えっ!?」
図星を指され、ビクリと体を跳ねさせるとレスは「あはは」と無邪気に笑った。
「いつもはそうなんだけどね。ぼくのおじいちゃん、アリク=トランペアが本当の案内役なんだけど、じいちゃんちょっと今ギックリ腰で動けないから代わりにぼくが案内役を務めているんだ。ビックリさせちゃってごめんね?」
「あ、いえ……。」
なるほどと納得しつつ、だからと言ってどうしてこんな子供を代役に立てるんだろうと思う。
(どう考えても、父親が代理に出てくるべきでしょう。)
「だいじょうぶだよ、お姉さん。ぼく、ちゃんと案内できるから。」
その純真無垢な笑顔に、美穂奈は不安ながらも頷くしかないのだった。
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「え、えっと。トランペア様?手を絶対離さないで下さいね?」
「だいじょうぶだよ、お姉さん。ゆっくりでいいからね。あ、それにぼくのことはレスでいいよ。トランペア様だと、おじいちゃんのことみたいだし。」
「は、はい。」
そんな会話をしながら、美穂奈はレスの手にしがみ付きながら、ゆっくりと歩を進めていた。
魔方陣までの場所は門外不出の極秘の場所の様で、美穂奈は今目隠しをされていた。
「赤ちゃんだと、目隠ししなくても道をおぼえてられるはずないからいいんだけど、お姉さんはそういうわけにはいかないから、不便で怖いかもしれないけどがまんしてね。」
仕方がない事とはわかっているが、知らない場所を目隠しで歩くのは結構な恐怖だ。
右手は壁を沿う様に、左手はしっかりとレスの手を握りながら、一歩一歩ゆっくりと足を出す。
しばらく、右に左に階段を下り真っ直ぐ歩いてを繰り返し、美穂奈はようやく目的の場所へと辿り着いた。
「よいしょっと。」
レスがそう言って、美穂奈の目隠しを外してくれる。
ゆっくり目を開くと、光が目に眩しい。
少し手で影を作りながら、周りを見渡した美穂奈は、飛び込んできた光景に思わず感嘆の声を漏らした。
「綺麗……。」
そこには、色々な色で描かれた虹色の魔方陣が描かれていた。
沢山の色の魔力の光の粒子がその空間に舞い、本当に幻想的な光景だ。
「この魔方陣はこの世に存在するすべての色で構成されているんだ。この中に立つと、同じ色の魔力が反応して魔方陣がその人の魔力の色に染まるんだよ。緑色の色の人が立てば魔方陣は緑色に、青色の色の人が立てば青色に。……お姉さんの色は何色だろうね?」
レスの言葉に、美穂奈は今更ながらに緊張する。
(ラズとリングが言うからあんまり疑わずに、私は『赤の原色』だとそう思い込んでたけど……、本当は何色なのかしら……。)
大体、美穂奈はこの世界の人間ではない。
色がないって結果だって有り得るのだ。
(最悪、『赤の原色』でなくて良いから何か色があります様に!!)
そう祈りながら、美穂奈はレスに導かれ、魔方陣の真ん中に立つ。
「そう。お姉さん、そこでちょっと動かないでね。」
レスはそう言い魔方陣から出ると、美穂奈を見てニコッと笑った。
「……じゃ、いくよ。」
レスが指先から魔力が零れる。
それは、ここの魔方陣と同じ虹色の魔力。
その魔力で魔方陣を描く。
複雑な律だが、多分ここにある魔方陣と同じ律だ。
瞬間、美穂奈の足元から徐々に色が変わっていく。
沢山あった魔力の色が少しずつ数を減らしていき、そして最後に赤い色の粒子だけが残りこの部屋の全てを埋め尽くす。
「……赤の、原色。」
レスの言葉に、美穂奈はハッとしてレスを振り返る。
だが、レスは美穂奈の視線に気付かないのか、赤い光の粒子に見惚れる様に上を向いたまま呟く。
「……きれい。」
それは、先程美穂奈がこの部屋に入ってきた時と同じ反応であった。
色とりどりの沢山の色ではなく、ただ1つの『赤』という色に、レスは感動した様に静かに涙を流したのだった。