認められる瞬間
「え………。ちょ、どういう事?」
意味がわからない。
さっきまでテストだ何だって言ってたのに、どうして行き成りそんな話になったの?
「国の保護下に入れって。多分、おまえは『赤の原色』だ。その場合、衣食住全て国が保証してくれるから、生活に困ることはねーし、いらねーっつても戸籍も与えられる。」
「いや、意味わからないし。たしかに、この国は『赤』とくに『赤の原色』を強く求めているから、そんなのがひょっこり現れたら、諸手をあげて歓迎してくれるでしょうよ。例え、異世界人だろうがなんだろうが戸籍もくれるし、生活保護どころか、金一封だって出そうな勢いよ!でも、だから何でいきなりそうなったの?!そりゃあ、リングがこの宿のお金とかも払ってくれてるし、文句は……あんまり言えない立場だけど。でも、国の保護下ってつまり……。」
言って、チラリとラズを見る。
「種馬にされるって事でしょ!!」
「違うだろ。おまえは種付けされる方だし。」
「どっちも一緒よ!!」
「いやいやいやいや!ちょ、2人共?!今まで僕の事そんな風に見てたの!?」
ラズの突っ込みを無視し、美穂奈はうんざりだとでも言いた気に溜息を吐いた。
「異世界に来てまで強引に結婚を押し進められるなんて、最悪っ!」
美穂奈はかつての婚約者様を思い浮かべ、吐き捨てる様にそう言う。
「つか、別に結婚は断れば良いだろう。真正面からハッキリやるのは体裁が悪いが、遠回しにやれば良い。ようは国に結婚の意思がないと悟らせなければ良い訳だ。」
たしかに、リングが言う通り、この世界で美穂奈は大財閥の一人娘でもなければ、返さなければならない様な感謝もない。
見合い相手を連れて来られたら、断れば良いのだ。
けれど、やはり嫌なものは嫌だ。
美穂奈は恨みがましい目でリングを睨む。
「……やっぱり、あれ?シルフィード先生とやらに空高く放り投げられて落下したのが私のせいだから、厄介者払いなの?」
ふと、アンバーに聞いた話を思い出した。
それがあったから、急に美穂奈を国に売るなんて言い出したのだろうかとリングを見れば、その時の事を思いだしたのか、若干遠い目をしていた。
「いや、つか今はそれ関係な……って!何でおまえがそれを知ってんだよ!!ラズ?!」
リングがラズを振り返るが、ラズは手と首を横に振り否定した。
「ラズじゃないわよ。アンバーよ。街で偶然知り合ったの。」
「アンバー?」
誰だそれと顔をしかめるリングとは逆に、ラズは思い至ったのか驚いた顔で美穂奈を見た。
「アンバーって、もしかしてアンバー=ブラニカ?!」
「そうよ。そのアンバーよ。」
誰だと言いた気に見るリングに、ラズは何て言えば良いのかなと視線を彷徨わせる。
「ほら。魔力も知識もなく使える魔法道具を作るって言ってる……。」
「……ああ!宝の持ち腐れか!!」
名前は有名ではないが、『宝の持ち腐れ』という2つ名の方は割と有名な様だ。
「つか、おまえ!まさかそいつに変な事…!!」
「言ってないわよ。アンバーは無理に詮索してこないし。……ちょっと勉強を教えてもらっただけよ。」
その美穂奈の言葉に合点が言ったと、ラズは手を打つ。
「だから、あんなに上達がはやかったのか!!」
「これ、そいつに教えてもらったのか?」
リングの言葉に、美穂奈は素直に頷いた。
「私、この世界の文字が読めなくて。毎日本が届くけど読めないし、だからと言ってソフィアさんに文字を教えてなんて言えないしで、手詰まり状態で街を歩いていたらアンバーに会ったのよ。アンバーはジェット…、宝の持ち腐れの片割れが文字を読めないから、私が文字を読めない事にもあまり疑問を抱かず、普通に教えてくれたのよ。」
美穂奈の説明に、リングは難しそうな顔をして下を向き、ラズは青い顔で美穂奈を見た。
「ミ、ミホナ。文字、読めなかったの…?」
「えぇ。私も誤算だったわ、言葉が通じるしてっきり文字も同じかと思ってたら全く違って。」
「ご、ごめんね!ちゃんと確認すれば良かったのに…!!」
「良いわよ、別に。今はもう読める様になったし、不便はないわ。」
美穂奈がそう言い終わるのと同時に、リングは顔を上げ美穂奈を見てもう一度先程と同じ言葉を口にした。
「国の保護下に入れ。」
「……訳を聞いても良いかしら?」
上からな物言いは相変わらずだが、いつもと違う真剣な表情にただ美穂奈が邪魔なだけでなく、何か考えがあるのだろうかと思う。
「本格的に魔法を学ぶべきだと思ったからだ。」
「……どういう事?」
今だって割と本格的だと思う。
というより、そうそうたるメンバーに教えてもらっている。
誰もが羨む王立魔法院のツートップに、宝の持ち腐れと言われているがその分野ではとても優秀な人達と、ある意味贅沢だ。
良く分からないと首を傾げる美穂奈にラズが口を添える。
「リングの言う本格的にって言うのは、魔力の色を知り、本当に魔法を使うって事だよ。この世界で自分の色を知る方法は唯1つ。王宮の地下にあると言われている魔法陣に入り、色登録をする事。僕達は生まれてすぐ、王宮の人に預けられ色登録にて自分が何色かを知るんだ。つまり、美穂奈が自分の色を知るには、国に魔法陣使用の許可を取らなくちゃいけなくて、そこで『赤の原色』だと分かれば、国の保護下に入るのは必然なんだよ。だからリングは、美穂奈に国の保護下に入れって言ってるんだ。」
理にかなっている。
分かってはいるが、自分の色を知る方法は本当にそれしかないのかと、美穂奈は抜け道を探す。
「……王宮に忍び込んでこっそり調べるとか。」
「無理だ。」
美穂奈の提案を、リングが直ぐさま却下する。
「……何でよ。」
美穂奈自身無理だろうとは思っているが、こう即座に却下されるのは腹が立つ。
「言っただろう。俺等は生まれてすぐに色登録を受ける。生まれて数週間のガキを王宮の神官に預けて、そこで儀式は行われる。魔法陣がある場所までの道順は、その神官しか知らない。生まれて数週間のガキが覚えているなら話は別だがな。」
まぁ、無理だろう。
ここで思い出せとラズとリングを責める程理不尽ではない。
「じゃ、じゃあ!その神官の地位までのし上がる!!」
「無理だ。」
「……王宮使いは皆、魔法の優秀な人じゃないと無理だからね。最低、王立魔法院に在学していたぐらいの経歴がないとまず雇って貰えないよ。」
ラズの言葉に、魔法が使いたくて潜り込むのに、魔法を使わないと潜り込めないと言われ美穂奈はがっかりする。
やはり、リングの言う通り国の保護下に入るしかないのかもしれない。
地球でも、異世界でも、似たような問題で悩まなければならないとは、運命とはなんとも酷である。
溜息を吐いて、落ち込む美穂奈に、リングは先程の答案用紙で美穂奈の頭を軽く叩いた。
「おまえは、国の保護下に入ってでも魔法を本格的に学ぶべきだ。文字が読めないゼロからの状態でここまで出来るのは、ある意味化け物だ。」
リングのその言葉に、美穂奈は瞳を瞬かせた。
(幻聴かな。化け物はどうかと思うが、リングに褒められてる気がする。)
「私がというより……、アンバーが優秀だと思うんだけど。」
「だったら尚の事、国の保護下に入るべきだ。たしかに、アンバー=ブラニカは知識に長けている。が、専門じゃねー。教える奴が優秀であればあるほど、おまえの上達がはやいのなら、国の保護下に入って、王立魔法院の教師共に教えてもらうのが一番効率が良い。」
本当に不気味だ、何で今日はここまで褒めてくれるんだろうか。
何としてでも国の保護下に入れて厄介払いしようとしているのではないかと疑わしいぐらいだ。
「でも、王立魔法院は魔法の優秀な人しか入れないんでしょ?」
「赤の原色ってだけで十分入れる。それに、おまえには才能がある。さっきのテスト、何で俺が考える時間も与えず次々に問題を出したかわかるか?出来れば魔法は、反射で使えるのが理想だからだ。初めて会った時、赤い本から攻撃された時、攻撃魔法が来るから防御魔法を~とか考える時間なんてあったと思うか?肌で感じて反射で律を組まなきゃ死んでたぞ。」
言われて、美穂奈はあの時ラズが何かにハッと気付いた直後、素早く律を組んでいたのを思い出す。
たしかに、考える時間なんてなかった。
「まぁ、あれはほんのイジメだったんだがな。後で、もう1度同じ問題を今度は時間をかけて解かせるつもりだったが、ほぼ満点に近い点数出されたらそれをする事自体無意味だろ。」
やっぱりあれはイジメだったのか!と心の中で憤りながら、一応褒められているので下を向きながらグッと拳を握り堪える。
「ミホナ。おまえは、魔法を勉強するべきだ。いっとくが、俺が魔法でここまで誰かを認めたのはラズ以来だぞ。」
美穂奈は弾かれた様に顔を上げ、リングを見上げる。
「リング、今私の名前……。」
「一応、認めてやる訳だし。名前くらい呼んでやる。扱いをもうちょい良くしたいなら、最低でもA級ぐらいの魔法は使える様になれよ。」
そこまで言われてしまうと、美穂奈の答えはもう1つしかない。
ラズを見れば、優しく微笑みながらでもしっかりと頷いてくれる。
だから、美穂奈は意を決してリングに返事をするのだった。
「わかった。国の保護を受けるわ。」
あのリングが、認めてくれると言ってくれた。
なら、それに応えなくては。
「でも、もし『赤の原色』でなかった場合は、今まで通り私の事をリングとラズが保護してよね。」
そんな約束付きで……。