テストと保護先
思った以上にキツかった。
ラズとリングは保健室のベットにて青い顔して倒れながらそう思った。
今まで、何度も空を飛び上がる生徒を見てはいたが、まさか自分が飛ぶ日がこようとは夢にも思っていなかったのだ。
「こんなの何度も飛ぶ奴の気がしれねーぞ。」
「リング。彼等は飛びたくて飛んでるんじゃないよ。」
「途中、何度自分で浮遊魔法使おうかと思ったか……。」
「でも、我慢出来ずにそれしちゃうと、もう一回だからね。今日最初の犠牲者であった彼の様に気絶するのが一番賢いと思うよ。」
課題作りは概ね順調に進んでいた。
そう、「起承転」まで書いて、肝心の「結」の部分が欠落している事に気が付くまでは。
しかも、その時には既に後戻りは許されない時間帯だった。
「やっぱり、あんな強引な締め方じゃシルフィード先生は誤魔化されてくれなかったね……。」
「つか、課題に出来るだけの結論が出ているなら、俺等毎日図書館入り浸る必要なかっただろ。」
「……疲れてたんだね。」
「……疲れてたんだろ。」
勉強も根を詰め過ぎると判断力を鈍らせ駄目だと勉強になった。
今度からは勉強もほどほどにしようと2人は心に誓うのだった。
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「ミホナちゃん?入るわよ。」
コンコンと扉がノックされ、入ってきたのはソフィアである。
おぼんにお菓子と紅茶を持ってきてくれたのが香りでわかった。
「あ、ありがとうございます。ソフィアさん!」
机の周りに散らかした紙や本を片付けながらお礼を言い、一旦休憩に入る。
あの日、暫く来れないからと言っていたラズとリングは、言葉通りここ2週間程美穂奈に顔を見せていない。
最後に見たあの顔からして、暫く療養した方が良いだろうし、アンバーの話から精神的にも辛いだろう事は予測が付いているので良いのだが、全然顔を見せない2人にソフィアが美穂奈を心配し、こうして午後3時になるとお茶とお菓子を持って現れる様になった。
大丈夫だとは言ったのだが、色々勘違いしているソフィアは美穂奈が痩せ我慢している様にしか見えないらしく、もう好きにさせる事にした。
ソフィアとのお茶は楽しいし、そう何度も念を押して断る理由も見つからないし。
ソフィアは空いたテーブルでお茶の準備をしながら、美穂奈の机の上の紙を見て微笑ましそうに笑った。
「ん?何か、変?」
糖分、糖分とお菓子を口に突っ込みながら、ソフィアの視線の先を追い、魔法陣の要である円を描く練習中の紙を見つける。
たしかに、ジェットの様な完璧なものではないが大分マシになったと思ったのだが…。
美穂奈の不思議そうな視線に、ソフィアはゆっくりと首を振った。
「ううん。ただ、ミホナちゃんは可愛いな~って。」
「可愛い?」
文字なら丸っこかったりすれば可愛らしい字と言われるのも分かるが、これは円だ。
ただの丸だ。
可愛い感じなんて全くない。
とすれば……。
「リングの為に必死に勉強して?」
先回りしてそう聞けば、ソフィアは嬉しそうに頷いた。
本当に、恋バナが好きな人だ。
「だってミホナちゃん。それ魔法陣をいかに綺麗に描くかの練習でしょ?そんな高難易度の勉強しちゃって、よっぽどリング様に追いつきたいのね。」
「…………まぁ、追いつきたいというか、追い越して負かしてやりたいというか。って言うか……、え?ソフィアさん?これ、高難易度の勉強なの?」
聞き捨てならない言葉だ。
高難易度と言われれば、寸分も狂わず描くのはたしかに高難易度だが、円を描くだけで高難易度?
「何、ミホナちゃん。知らずにやってたの?魔法陣って、大体基本が出来ていれば発動するの。よほど歪な円でない限り、ちゃんとね。でもね、綺麗に描く事で魔法の質を上げる事が出来るのよ。同じ人が同じ級の同じ魔法を使ったとして、魔法陣を丁寧に描いた方が威力は大きいのよ。低級の魔法だとあまり実感はわかないでしょうが、高級の魔法を使った場合、雲泥の差よ。大抵の人は、円の描き方にまで気を回さないけど、リング様みたいに魔力が高い方はそう言った細かい部分を見直すのでしょうね。ミホナちゃんも、それに触発されて勉強しているんでしょう?」
(……この円に、そんな意味があったんだ。)
リング様とやらは肝心のその部分を教えてくれないし、とりあえず文字の書き取りみたいに、魔方陣の書き取り練習かと思っていた。
魔力の勉強が出来ないかわりに、美穂奈が『赤の原色』である可能性を考え、級の高い魔法を使った際の質上げの練習だった様だ。
(あぁ、うん。ようやく納得。)
本当に、毎回一言説明ぐらいしてくれたら良いのにと心の中でリングに少し文句を言う。
目的もわからずただ漠然と勉強するのと、理解してするのとは全然違うというのに。
……というか、ソファイアの話が本当なら、見本と寸分違わず綺麗に描けるジェットは知識さえ身につければとても凄い魔法を使えるのだろうか?
『宝の持ち腐れ』
皮肉だが、的を得ている。
「リング様も幸せ者ね。こんな可愛い子が自分の為に、一生懸命勉強してくれているんだもの。」
そう言って笑うソフィアに曖昧に笑い返しながら、美穂奈はお茶菓子と紅茶を一気に飲み干した。
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「今日の授業はここまで。次回までにスターリーフの葉を採取出来るよう育てておく事。もし枯らしてしまった場合は、私の新薬の実験台になっていただきますのでそのつもりで。」
どうしてこう、この学校の教師陣(特に女)は、そうやって生死に係わる様な制裁を与えて来るんだと思いながら、リングは目の前の鉢植えを見た。
星の形の葉っぱが特徴の、スターリーフの苗。
育てるだけなら普通の植物とあまりかわらない、難易度的にはそんなに高くない植物だ。
ただ普通と違い、太陽の光でなく星の光を当ててやるだけなのだから。
「リング。今日こそはミホナの様子見に行ってあげよう。もう2週間以上放置してるでしょ?」
先生が退席してすぐ、隣の席のラズが立ち上がりそう言う。
日は経つのは早い。
空を飛んだのは、つい最近の事の様だというのに。
リングは、スターリーフの苗を手に立ち上がる。
「まぁ、そろそろ魔法の知識がどれだけ身に付いたかテストしなきゃ駄目だしな。結果次第で、もうちょいレベル下げるか上げるか決めなきゃなんねーし。」
「……何だかんだ言って手を抜かないよね、リングは。」
「ここで手を抜いて、またあの女に馬鹿にされるのはさすがに切れそうだからな。」
つい先日、S級の攻撃魔法を使おうとした人間が何を言うかとは心の中で、ラズはリングの背を追いかけるように足早に教室を後にした。
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「………………。」
「………………。」
「………………。」
黙り込んだまま微動だにしないラズとリングを見ながら、美穂奈も口を噤む。
久々に来てくれたかと思えば、急に今までのテストだなんだと言い、試験対策の猶予も与えてくれずスタートした。
制御系の律、空間振動の律、防御系の律、攻撃系の律と矢継ぎ早に飛んでくるリングの言葉に、慌てて紙に言われた律を描き込んでいった。
ジェットと何百個も魔法陣を描いて練習したのが良かったのか、美穂奈がそれらを考えずとも、手は自動書記の如く動いた。
そして、魔法に置いての基礎知識。
属性、系統、知識、魔力等の質問をされ、それも紙に答えを埋めていく。
こちらも、ほぼ考えずに反射で答えた。
何故なら、リングは美穂奈が答えを書き終わるのを待ってはくれず、次々に問題を出していくので、ついていこうと思うと1問数秒考えられるかどうかだったからだ。
なので、正直自分が何を書いたのか覚えていない。
今2人が難しい顔して無言で答案用紙を覗き込んでいるのも、結果が悪かったからだと言われたら納得出来るぐらいには自信がない。
(いや、ちゃんと考える時間さえくれれば私だってそれなりに……。)
「おい。」
「えっ!?な、何?」
突然声をかけられ声がひっくり返る。
ようやく答案用紙から顔を上げたリングは、珍しく何か言うのを躊躇うように口を開いたり閉じたりしている。
いつもはお構いなしでズバズバと言いたい事を言うのに、本当に珍しい。
珍しいだけに、美穂奈も身構える。
リングが口ごもる程の事とか、それなりの覚悟をしなくてはと、いくつか最悪な罵詈雑言を思い浮かべ待ってみたが、ようやく紡がれた言葉は、美穂奈の予想だにしない言葉だった。
「おまえ、ラズと一緒で国の保護下に入れ。」
「……………………は?」