円の描き方
「王立魔法院?えぇ、知ってるけども……。というかミホナちゃん、知らないの?」
夜、宿に戻った美穂奈はソフィアになんとなしに学校の事を聞いてみて、しまったと思った。
アンバーとジェットといると忘れそうになるが、これはこの世界での常識な様だ。
ジェットは一緒に首を傾げるし、アンバーはジェットと美穂奈を同じ無知として扱ってくれる。
無知でいる事に、あそこはとても楽なのだ。
「あ、えっと。ほら、王立魔法院って、凄いわよね!ソフィアさんも憧れたりしてるのかなって……。」
美穂奈の苦し紛れの言い訳に、ソフィアは優しく笑った。
「そうね、凄い人達の集まりね。でも、私は別に、そこまで憧れたりしないかしら。」
「え、そうなの?」
アンバーの説明から、魔法を使える者なら誰もが憧れるのかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
「えぇ。あそこに入るのは凄く大変だけど、入ってからも大変でしょ?毎日毎日、いつ退学を言い渡されるかビクビクしながら魔法を勉強するより、私はココで宿を経営している方が楽しいわ。」
「……納得。」
たしかに、アンバーが言っていた。
3年以上何か成果を上げられないと、即追い出されるのだと。
そんな退学宣言に怯え日々勉強するのは、たしかに少し嫌かもしれない。
そんな中でもきっとヘラヘラしながらそつなく色々こなしているのであろうアンバーを想像して、やはり奴は大物だとか思っていると、ソフィアが「うふふっ。」とお上品に笑った。
「でも、ミホナちゃんは王立魔法院に行きたいわよね?」
どこか楽しげに聞かれたその言葉に、美穂奈は軽い既視感を覚える。
王立魔法院。
とても優秀な魔法使いが通える一流の学校。
という事は勿論、原色持ちのリングは…。
「リング様と同じ学校に行きたいわよね?」
その一言に、やっぱりかと美穂奈は額を抑えた。
「……ソフィアさん。誤解してるみたいなのでもう一度言いますが、私はリングとは何もありません。これっぽっちもありません!恋が芽生えるそんな兆しなんて微塵もありません!!」
「ミホナちゃんってば、照れ屋さんね。」
だが、そんな美穂奈の力一杯の否定もそんな一言で片付けられてしまう。
ソフィアと話していると力が抜ける。
美穂奈は反論を諦める事にした。
「あ~、うん。リングと一緒にね……。」
どうせ誤解されるならラズの方が良かったなと思いながら、美穂奈は自分の部屋に戻ってきた。
机の周りに積まれた沢山の本の1つに手をかけ、ページを捲る。
本を貰った当初は何が何だかサッパリ分からなかった魔法関連の書物も、アンバーに文字を教えて貰いようやく少しずつだが読み解く事が出来る様になってきた。
アンバーにも聞いたりしたが、魔法を使うにはやはり、魔力と知識、この2つが必要不可欠である。
その中でも、ここにある本はほとんどが知識を養う為のものだった。
しかも、土台となる基礎の塊ばかりである。
理由としてはなんとなく分かっているので、美穂奈もリングに悪態吐いたりせずに黙々と本を熟読する。
そう、知識の、それも基礎ばかり勉強させられる理由は……。
「多分、私の色が不明だからよね。」
『赤』かもしれないという結論が出たが、まだ本当に『赤』かどうかは分からない。
つまり、そこで魔力の勉強が出来る術がないのだ。
また、知識が基礎ばかりなのも、やはり色の問題があるからだろう。
魔法を発動させる時の知識の形となる魔法陣。
その律を編む為に必要なのが、自分の魔力の性質を良く理解する事なのだが、魔力の色が分からない以上、どう編めば良いのか明確な答えは求められない。
つまり、アンバーが言っていた「一応こういう風に律を編めばまぁ魔法発動すんじゃね?」の見本の魔法陣を覚え、個別にこれまた「一応こういう風に律を編めばまぁなんとかなるんじゃね?」の制御系等の律の編み方を覚えておき、実際に美穂奈の魔力の色が分かったところで応用しろという事なのだろう。
一応見本という名だけあり、そこまでデタラメな性質をもった魔力でなければ大体応用すれば使えるものばかりだろう。
「まぁ、それに。勉強の基礎は大事よね。土台がしっかりしていれば、いざという時になんとかなるものだし。基礎をしっかりやれば、応用も難しくないし。」
認めたくはないが、何だかんだ言って、リングと美穂奈の考え方はとても良く似ている。
似ていて好きなのだが、とりあえず性格が合わない。
どうしようもない程合わない。
「何であんな言い方しか出来ないのかしら……。」
美穂奈だって、リングが完全な『悪』だと思ってる訳ではない。
多分、ラズが言う様にそれなりに良い奴なのだろう。
それは、本に付けられたメモで分かる。
最初は何が書いてあるのか謎だったが、文字を覚えて読んでみれば、割と丁寧に細かくしかもわかりやすく、その本に対する要点だったり、律を編む際のコツだったりと書いてくれている。
「……性格の問題よね。」
やはり、そうなるのかと美穂奈はベットに転がった。
明日から、アンバーやリングは学校だ。
ラズは学校に行ってるのか分からないし、そもそも行ってないからと言って会いに来てくれるかも分からない。
「……本を持って、ジェットに会いに行くのが一番無難かな。」
そんな不確かな明日の計画を胸に、美穂奈はゆっくりと目を閉じた。
■■■■■■■◆■■■■■■■◆■■■■■■
コンコン。
「う~~~~?」
まだ日が昇りきっていない時間。
部屋をノックする音に、美穂奈は目を覚ました。
コンコン。
さらに急かす様に叩かれるそのノック音に、美穂奈はもそもそと布団から這い出した。
「待って、今開けるから……。」
寝ぼけ眼を擦りながら、ドアを開くとそこには久しぶりに見る不機嫌そうな顔があった。
「おはよう、ミホナ。ごめんね、起こしちゃった?」
「つか、ひでー格好だな。」
その言葉に美穂奈は自分を見下ろした。
寝巻き姿に、寝惚けた顔。
髪は寝癖できっとあちこち跳ねているだろう。
たしかに、男性の前で晒す格好ではない。
だがしかし、こんな時間に訪ねて来て、しかも早く開けろと言わんばかりにノックしていた奴が言うかと美穂奈は軽くリングを睨み言い返す。
「リング達よりマシよ。言っておくけど、一度鏡を見る事をオススメするわよ。酷い顔。」
「知ってるっつの。」
リングとラズは2人共目は赤く、うっすらと隈を作り、疲れきった顔が辛気臭く最悪だった。
美男子もこれでは台無しだ。
「それに……、今日は服装も辛気臭いわね。」
いつも身軽でスッキリした衣装を着ていたのに、何故か今日は黒くて長いマントの様なものを羽織、雰囲気と相まって黒ミサでも執り行うかの様だ。
「これは、制服だからどうしようも……。」
そのラズの言葉に、美穂奈は「あぁ。」と一つ頷いた。
「ラズも王立魔法院の生徒なのね。てか、登校時間早くない?」
「あ、うん。ちょっと調べ物があって王立図書に用事があるから。…って、あれ?僕達、ミホナに学校の事言っ……」
「ラズ。」
ラズが言い終わるよりも早く、リングは短くラズの名を呼び、会話を中断させた。
「あ、うん。」
それに対し、ラズも短く頷き了承の意を示す。
「えっと、ミホナごめんね。僕達時間があまりなくて。えっと、しばらく本を届けに来るのも無理そうだから、それだけ言っておこうと思って。本当にごめんね、寝てたのに。」
申し訳なさそうなラズに、美穂奈はふるふると首を振った。
「何も言わずに、パッタリ来なくなられるよりマシだわ。時間がないのにわざわざありがとう。」
そう、例え事前にアンバーやソフィアから学校があると聞いていても、いきなり何の連絡も無しにパタリと2人の姿が見えなくなれば不安になる。
一応、異世界で独りぼっちは心細いと思える程の気持ちは持ち合わせているのだ。
「じゃあ、僕達はもう行くけど。ミホナはもう一眠りしなね。」
「えぇ。」
そう言って手を振り、扉を閉めようとした時。
「おい。」
口数少なかったリングが呼び止めてきた。
「……何?」
寝不足のせいなのか美穂奈に対してなのかわからない不機嫌そうに歪められた顔を、扉を閉める手を止め見上げる。
「本の内容は大体把握したか?」
ここで言う本とは、多分毎日運ばれてくる魔法関連の本の事だろう。
「えぇ、まぁ。まだまだ勉強中だけども、大体は……。」
「じゃあ、今日から午前中は本を読んで、午後は魔法陣描く練習をしろ。」
「は?」
「紙に羽ペンで見本の魔法陣描け。同じのでも何度も寸分違わずにな。」
「え、ちょ、無理に決まって……、リング!!」
「行くぞ、ラズ。」
言いたい事は言い終わったとばかりに踵を返し、スタスタ歩き去るリングの背中にどういう意味なのかと名前を呼び問いかけるが、いつも通り足を止めることも振り返る事もなく、リングは去っていってしまう。
「……ごめんね、ミホナ。リング、待てって!!」
唯一の頼みの綱も本当に時間がないのだろう。
美穂奈に頭を下げ、その背中を追いかけていってしまった。
「…………寝直そう。」
とりあえず、良くは分からないがそうしようと、美穂奈は今度こそ部屋の扉を閉め、ベットに潜り込むのだった。
■■■■■■■◆■■■■■■■◆■■■■■■
「う~~~~~~~~~~ん……。」
長い長い呻り声を上げながら、美穂奈は自分が描いた魔法陣と本に描かれた魔法陣を見比べてみた。
まぁ、同じだ。
大体は同じだ。
だが、寸分違わずかと聞かれれば違うに決まっている。
大体、魔法陣は円だ。
コンパスもないのに、フリーハンドで真円を描けとか、無茶苦茶も良いところである。
「ミホナ……。ど、どうしたの……?」
難しい顔をしながら呻っている美穂奈に怯えているのかビクビクしながら話しかけてきたのはジェット。
美穂奈の手の中にある紙を見て、首を傾げる。
「ま、魔法陣?」
「そうよ。今、魔法陣の勉強中なの。」
美穂奈はそう言って手の中にある自分が描いた魔法陣と、本の中にある見本の魔法陣を両手に掲げる。
「ねぇ、ジェット。こっちとこっち。同じに見える?」
その美穂奈の質問に、ジェットはすぐさま首を横に振った。
「全然、違う……。」
「即答な上に全然ときたか……。」
「あ。ご、ごめん……。」
気を悪くしただろうかと、慌てて謝るジェットに美穂奈は不思議そうに首を傾げた。
「何を謝ってるの?実際問題違う事にかわりはないんだし、ハッキリ言ってくれた方が嬉しいわ。ありがとう、ジェット。」
ニッコリ笑ってお礼を言えば、ジェットは凄く嬉しそうにはにかんだ。
「ミホナ、これと同じの描きたい?」
聞かれて、美穂奈は頷いた。
「そうね。出来れば、こんな似た様な…ではなく、寸分違わぬ同じものをね。」
不可能に近いけど、と胸の中で呟きながら美穂奈は自分の描いた魔方陣を見る。
たしかに、何度も練習すればこの歪な円はもう少しなんとかなるだろうが、どうあがいても完璧に複写する事は出来ないだろう。
アンバーの作業机を見れば、美穂奈に魔法を教えてくれる際にアンバーが紙に書いた魔方陣がある。
美穂奈よりは断然綺麗だが、それでも円は完全なまん丸ではない。
(寸分違わずとか、寝不足でイラついてたから八つ当たり的に言ったのかも……。)
と、そんな考えが浮かぶ程には完全に同じなんて無理だろうと諦めている。
と、一緒に美穂奈の描いた魔方陣を一緒に眺めていたジェットが、おもむろに羽ペンに手を伸ばし、先程の美穂奈と同じく本に描かれた魔法陣を真似て紙に模写し出した。
ジェットが工具ではなく羽ペンを持っているなんて新鮮だと思いながら、紙を覗き込んだ美穂奈は驚愕した。
ジェットは本を見ながら迷いなくペンを走らせる。
そう、リングが言った通り、寸分違わず正確に。
機械みたいに真円度なんて正確に計れないけども、ジェットが描く魔法陣の円は美穂奈の目にはまん丸に見えた。
美穂奈が描いた途中ガタガタになったり、へこんでいたり膨らんでいたりの円とは比べものにならない。
「こんな感じ?」
本に描かれた魔方陣を描き終えたジェットが、どこか誇らし気にそう聞いてくる。
「…………そ、そんな感じ、だけど……。ちょ、ジェット?!あなた今どうやって描いたの!?手?フリーハンド!!?」
バッとジェットの手を掴み見るが、何か特別な仕掛けなどはもちろんない。
ただの男の人の手だ。
「え、えっと……。どう……、こう?」
美穂奈に言われ、ジェットはもう一度紙にサッと丸を描く。
それは、まるでコンパスを使ったかの様に素早く綺麗に本と全く同じ大きさの円を描いた。
「………………ジェット、これじゃなくてこの本の魔法陣描ける?円だけで良いから。」
美穂奈はジェットが見ていた本を取り上げ、別の本のページを開きジェットに見せた。
そこには先程よりも、小さい魔法陣が描かれていた。
「えっと……。こう?」
ジェットはそれを数秒眺めると、やはり寸分違わぬ正確さで紙に円を描いた。
「……ジェット。あなた、天才かもしれないわよ。」
「えぇ!?ち、ちが……。」
「違わないわよ。これ、あなたが思ってるよりもずっと凄い事よ。ほら、あなたが賢いと崇めているアンバーですら、これよ。」
そう言って美穂奈はアンバーの描いた魔法陣を見せた。
「あなたの事を馬鹿だって貶す人達がいるかもしれないけど、自信を持って良いわ。あなたは、他の人にはない才能を持ってる。凄い事よ。」
美穂奈がそう言えば、ジェットは泣きそうに顔を歪めた。
その様子に美穂奈は背伸びをし、そっとジェットの頭を優しく撫でてやる。
「……よし!ジェットにここまで完璧なものを見せつけられたなら、出来ないなんて泣き言は言ってられないわね。ジェット、私にこの円の描き方のコツ、教えてくれる?」
「お、教えるなんて……。頭、悪いから……。」
グシッと涙を拭いながらそう言うジェットに、美穂奈は軽く背中を叩いた。
「大丈夫よ。魔法陣を写すだけなら頭はいらないでしょ?私よりも上手なんだもの、きっと大丈夫よ。」
そうジェットに言い聞かせながら、美穂奈は再び魔法陣を描く勉強に戻るのだった。