宝の持ち腐れコンビ
色。
それは、親からの遺伝である。
片親の色をそのまま受け継ぐか、両親の色を混ぜ合わせて出来る色になるか。
その混ぜ合わせて出来る色で一番多く出来る色が「茶系」と「黒系」。
元々色の三原色である、赤・青・黄は全て混ぜると黒になる(正確には純粋な黒は出来ず茶系統又は黒っぽい色になる)と言われているのだ。
遺伝である色が何年にも渡って、混ぜ合わせて混ぜ合わせて出来る色はどんどん暗い色となり、この2つの系統が多くなるのは必然の事だろう。
その為か、「茶系統」と「黒系統」の人は比較的魔力が弱いとされている。
ただし、例外がある。
純粋な黒。
黒系統でなく、真っ黒な本物の「黒」の色持ちは、原色に次ぐ魔力を持っているとされている。
「それがジェット。ここまではわかる?」
アンバーは白い紙の上に、色とりどりと絵の具を落としながら説明する。
いつの間にか、ジェット以上の頭の悪さだとアンバーに認識された美穂奈はジェットと並んでこの世界での常識である色についての説明を受けていた。
ラズにもリングにも色について説明はされたが、アンバーの説明は2人の話のどれとも違い、新しい情報だった。
紙の上では、緑の絵の具と赤の絵の具が混ざりあったものや、紫の絵の具に黄色の絵の具を混ぜたものなど、様々な茶色や黒っぽい色の斑点が出来ていた。
それを、美穂奈とジェットは2人並んで見ながら頷いた。
「ちなみに、黒と同等の魔力を持って生まれてくるのは白の色持ちだ。理由としては、こっちも希少価値が少ないからだな。普通、赤と青を混ぜれば紫になるのに、稀にピンクっぽい色の子供が生まれたりするんだ。それに緑を足せば白っぽくなったりと意味がわからねー。」
アンバーは紙の上に赤と青の絵の具を垂らし、その上に緑の絵の具を垂らした。
紙の上でそれらはまざり、暗い色をなしたのを見て、アンバーは眉根を寄せた。
「理由は不明だが、そういう現象が稀に起き、白に近い色を持って生まれてくる奴等がいる。その中でも特に真っ白、純白の色持ちは、漆黒の色持ちと同じくらい強い魔力を持っているんだ。」
その説明に、美穂奈はふと違和感を覚える。
どこかで聞いた事ある様な気がする。
赤と青と緑を足して白……。
『光の三原色』
脳内で、その言葉がパッと思い浮かんだ。
詳しい原理までは覚えていない。
けれど、確か色は引き算、光は足し算だと習った記憶がある。
この世界に来て、原色は4色あると言われた時に違和感を感じたのだが、どうやらこの世界の人達も原理はわかっていないが、とりあえず白を作るのに赤・青・緑が必要だと思ったのだろう。
だから、原色が赤・青・黄・緑の4色だと思っているのだ。
つまり、普通の色遺伝は引き算方式で形成されるが、稀に引くのではなく足して作られた色遺伝が存在し、薄い色の色が生まれてくると…。
「……ミホナ、大丈夫?ついてこれてる?」
難しい顔をして考え込んでしまった美穂奈に、アンバーが心配そうに声をかける。
その声に、美穂奈は慌てて頷いた。
「だ、大丈夫よ!続けて。」
「だよな。ジェットですらまだついてこれるもんな、この辺りは。」
言われて、ジェットが頷いた。
壊滅的に頭が悪いと言われているジェットが理解出来る範囲、つまりこの辺は赤子でも知ってる常識の範囲内だという事だ。
「んじゃあ、さっきミホナが言ってた、先天的に魔力が強ければ魔法を使えばそれなりの級(ランク)になるんじゃないかって質問だけど。」
そう言ってアンバーは新しい紙を引っ張り出してきて絵を描き始めた。
「魔法って言うのは、魔力と知識、この2つがなければ発動しない。魔力だけが強くても、知識だけあっても駄目。この2つのバランスが取れたところが魔法級を決めるんだ。例えば、魔力がA級で知識がD級程しかない人間がいたとする。その場合その人間が使える最高魔法級はD級の魔法。反対に、知識がA級で、魔力がD級の場合、やっぱり使える最高魔法級はD級。オレとジェットはまさしくこの典型だよな~。オレは知識はA級だけど、魔力がD級しかないからD級の魔法しか使えない。ジェットは魔力はA級あるけど、知識が級外で魔法が使えないっと。」
アンバーはそこで言葉を切ると、紙に描いたものを見せてくれた。
「これが知識の正体。何か分かるか、ジェット。」
アンバーにそう声をかけられ、ジェットは一瞬ビクッと体を震わせた後、恐る恐る自信なさそうに答えを口にした。
「……あ、えっと。ま、魔法陣?」
「そ、正解!良く出来たなジェット!!」
そう言ってアンバーがジェットの頭をわしゃわしゃ撫でてやると、ジェットが少し嬉しそうに笑った。
「魔法を使うには、魔法陣を描かなきゃ駄目なんだ。実際は紙じゃなくて、こう空中にな。」
そう言って、アンバーが空中に指を滑らせると茶色の粒子が指から零れた。
「あ、あぁ!それって魔法陣を描いてたんだ!」
その見覚えのある動作に、美穂奈は大きな声を出した。
ラズとリングが魔法を使う時やっていた動作である。
「指から零れるこの色の付いた粒子が魔力。描かれる魔法陣が知識。この2つが揃って魔法は発動する。だから、どんなに魔力が強くても魔法陣を描けなきゃ魔法は使えない。わかったか、ミホナ。」
「えぇ、理解したわ。」
納得だ、魔法陣を描けなきゃいくら魔力があろうが意味がない。
「というか、アンバーって頭良いのね。見えないわ。」
「あははっ。ミホナって案外ハッキリ言うな。ま、自分で言うのも何だけど、それなりには。でも、オレの色は茶系だから、どうあがいても魔力が少なくて駄目なんだよな~。伸ばせてD級まで。だからオレとジェットは周りから、宝の持ち腐れコンビって呼ばれてるんだよ。足して2で割れば良いのにって。その場合、超優秀な奴と、カスカスのクズが出来上がっちゃうんだけどな。」
「ジェットの知識は……この際置いておいて。アンバー、あなたの魔力は増やせないの?魔力の量って先天的なものだけど、生まれてから死ぬまで固定なの?知識が努力でどうにかなるように、魔力は増えたりしないの?」
もし、先天的なもので死ぬまで固定されているならば、ある意味他の人間が馬鹿らしい。
どんなに頑張っても、原色には勝てない。
原色ならまだしも、自分は生まれついての茶系統なんだから、他の色の人間には勝てないなんて、努力を嘲笑うかの様だ。
「うーん、結論から言えば増やせるよ。オレは元々E級しか使えなかったのを、魔力を伸ばしてD級使える様になったんだし。でも、魔力を伸ばすのにかかる時間と手間を考えたら割に合わないんだよな。例えば、ミホナが毎日毎日身を粉にして働いてボロボロになるまで働いて、貰える賃金が1年間でようやく飴玉1つ買える程度だった場合、働くの馬鹿らしくならない?」
「それは、……馬鹿らしいわね。」
一瞬この世界での飴玉がどんだけ高いのかと考えてしまった。
「そう、馬鹿らしいから止めたんだ。多分、オレが本気出して魔力伸ばしたら30年後ぐらいにはB級ぐらいの魔法は使える様になるだろうけど、それから後は歳と共に魔力も減退していき、またすぐD級又はE級の魔法しか使えなくなる。そんな一瞬の為に生きてるの馬鹿らしいだろ?だから、そうそうに見切りを付けて、今は魔法道具についての研究をしているってわけ。」
「………アンバーって、本当に頭が良いのね。」
「ん?だろ~。」
そう言って笑うアンバーの顔を見て、美穂奈はしみじみと呟くと、アンバーは一瞬キョトンとしてから、またニパーと緊張感のない顔で笑った。
そう、アンバーは賢い。
知識とかそういうのでなく、その一瞬にすがって努力する事もけして無駄ではないかもしれないけども、それでも時間をもっと有意義に使えないかとすぐに切り替えられるその柔軟性が賢いと思ったのだ。
賢い人ほど頭が固い人が多いが、賢く柔軟性もあれば天才にもなり得る。
そう思うと、急に彼らが作っているあの銃に興味が出てきた。
美穂奈はアンバーが持つ拳銃へと視線を向ける。
「ねぇねぇ、アンバー。さっき魔法道具って言ってたけど、この銃って普通の銃じゃないの?」
「ジュウ?」
「銃よ、拳銃。それ。」
何故か首を傾げるアンバーに銃を指差せば、アンバーが不思議な顔をした。
「……ジュウって、これの名前?」
「そう……よね?」
あれ?と美穂奈は首を傾げた。
どっからどう見ても銃だ。
種類とか詳しくは知らないが、ドラマとかで使われるスタンダードな形のものだと思う。
でも、アンバーは美穂奈の言葉に首を傾げた。
(しまった、もしかしてこれって……。)
「……これは、まだ未完だし名前付けてないんだけど。」
そう、アンバーは言った。
自分が設計してジェットが作ったものだと。
街中で普通に売りに出していても誰も気にしていなかったのは、日常的に手に入るお手軽なものではなく、見た事がないものだったから。
科学の存在しない魔法の世界。
この世界に、拳銃はない。
「…………ジュウ、良い名前。」
どうしようかと思考回路停止の頭真っ白状態の美穂奈の耳に飛び込んできたのは、ジェットの小さな褒め言葉だった。
「アンバー。どうせ名前決めてなかったんだし、ジュウで良いんじゃない…かな?」
ジェットはアンバーの手の中にある銃を見て、少しだけ微笑んだ。
「ジュウ。結構、気に入った。」
その言葉に、アンバーは一瞬呆けた顔をした後、
「ぶはっ!そうだな、良いんじゃないか、ジュウ。銃でいこうぜ!」
いきなり吹き出し、盛大に笑いながら同意した。
訳がわからず、とりあえず助かったのかとアンバーを見れば、目があった瞬間ニッと笑った。
「良いよ。聞かないでおく。」
ジェットに聞こえない様小声でそう言い、アンバーは手の中の銃を高く掲げた。
「よーし!今日はこいつの命名記念に飲むか!!」
「ワイン、奥にあった。」
「んじゃ、それ飲むか!!ミホナも飲むか~?」
「え、いいえ。私は……。」
「じゃあ、ミホナはオレと一緒にジュースな、ジュース!」
「……何かを飲むのは決定事項なのね。」
買い出しだー、飾り付けだー、とはしゃぐアンバーと、奥からワインを持ち出しどことなくホクホクしているジェットを横目に、美穂奈は深追いしてこなかった2人を心の中で拝んでおいた。
特にジェットは、故意か偶然かはわからないが、助け船を出してくれた訳だし、2度拝んでおく。
「……それにしても。」
2人に聞こえないよう小さく呟き、美穂奈は本日の主役である『銃』を改めて見た。
形状、構造。
もちろん、詳しい形状も構造もわからないが、美穂奈の記憶のものにとても良く似ている。
この世界に銃がないのならば、あれを一から作り出したアンバーとジェットは本当の天才かもしれない。
2人にそんな気はないのかもしれないが、魔法しかないこの世界に、科学を持ち込もうとしている。
きっと、この世界の人達から見たら荒唐無稽で馬鹿な行為にしか見えないんだろうけど……。
「面白いわ。」
科学を知っている美穂奈から見れば、それは凄く素晴らしくて興味深いものに映るのだった。