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colors  作者: 湊 翼
第一章
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プロローグ

 水狼ヴォルフィンが鳴き、ラズは読んでいた本から視線を上げた。

 水狼は気性が荒い方だが、こんな風に鳴く事はあまりない。

 森で何かあったのだろうか?

 不思議に思い窓の外を見てみるが、特に何もない。

 首を一度だけ傾げ、ラズは視線を本へと戻した。

 緑の革表紙に金の縁取りがある分厚い本。

 ページを開けば、そこは真っ白な空白ばかりが続く。

 だが、ラズはその灰緑色の瞳でそこに何かが書かれているかの様に凝視した。

 細く、長い指が、その真っ白いページをそっと撫でると、うっすらと文字が浮かび上がった。

 まるで、ラズの指から紡がれているかの様に現れるその文字は、金色に輝きゆっくりと白いページを埋めていく。

 ゆっくりゆっくりとページを埋め、最後のページでその光はさらに大きく膨み……。

そして、弾けた。



■■■■■■◆■■■■■■◆■■■■■■



 出来れば今日という日を迎えたくはなかった。

 と、自室に閉じこめられた美穂奈みほなは本気でそう思っていた。

 今日。

 そう、美穂奈は今日で16歳になるのだ。

 16歳の誕生日、それは今まで行ってきた誕生日とは違う響きを持つ。

「16歳……。嫌な法律よね。」

 呟いて、美穂奈はベッドに突っ伏しる。

 そう、16歳。

 日本では、女は16歳、男は18歳になると親の同意さえあれば結婚が許されるのだ。

 そう、親の同意さえあれば、政略結婚させる年齢という訳だ。

「お義父様とお義母様の為だけど……。」

 美穂奈はこの家の本当の子ではない。

 小さい頃、両親を亡くし、どうする事も出来ずただ呆然と佇んでいた美穂奈を助けたのが、この家の夫婦であった。

 だから、美穂奈は、この家に対して凄く恩を感じていた。

 多少の事なら頑張れる。

 勉強も、運動も、礼儀作法だって、一生懸命に頑張った。

 彼等の期待に応えられるよう、一生懸命に。

 だけど……。

「結婚かぁ……。」

 呟いて、思い出す。

 なんともつまらないあの婚約者の事を。

 そう、あれは初めて顔を合わせて、庭で散歩した時の事だ。

 彼はこう言った。

「あなたの様な素敵な人が僕のお嫁さんで本当に良かったです。あなたとなら、きっと良い家庭を築けると思います。」

 と……。

 何とも型にはまった定型文。

 庭に出る前に少し「ご趣味は?」「お茶を少々」という、やはり型にはまったやりとりを少ししただけで、私の一体何がわかると言うのか。

 どこをどう見て、何を基準として、私が素敵な人なのか。

 そう思うと、吐き気がした。

 そして、この人との先が見えてしまった。

 型にはまった、つまらない結婚生活。

 そんなものを強いられ一生生きていくのかと思うと、急に嫌になったのだ。

 ……だからと言って、逃げ出す勇気などないのだけれど。

 固く閉ざされた部屋のドアを見て、美穂奈は自嘲気味に笑う。

 そう、逃げる勇気なんてないのだ。

 なのに、あの両親は一体私がどこに逃げると思ったのだろう。

 逃げる場所なんて、どこにもないのに……。

 ジッとしてると、時計の音が煩わしく、ゴロンゴロンと無意味にベッドの上で転がる。

「痛っ!」

 と、何か固い物にゴツンと頭をぶつけ、美穂奈は転がるのを止め、体を起こした。

 無駄にふかふかなこのベッドの上に、一体何なんだと思った私は、ソレを視界にとらえビクリと体を震わせた。

 赤い革表紙に、金の縁取りが付いた分厚い本。

「今年も……、なの?」

 呟いて、美穂奈はソレにそっと手を伸ばす。

 ずっしりとした重みが、掌と心の奥底に刻まれる。

 指先でそっと撫でてから、美穂奈は視線を巡らせる。

 今、この部屋には自分しかいなく、そして、唯一の出入り口であるドアはやはり固く閉ざされている。

 そうすると、やはりこの本は……。

 そっと、ページを捲ってみる。

 白く眩しいページが、どこまでも続く。

 かなり分厚い本だが、さすがに何も書いてないとパラパラと繰るだけで終わり、あっと言う間に最終ページに到達した。

「やっぱり、あの本なのね……。」

 何も書いてない。

 何も書いてないからこそ、美穂奈はこの本が毎年見ている物と同じだと判断出来た。

 何も書かれていない不思議な本。

 毎年、美穂奈の誕生日になると突然現れる不気味な本。

「仕方がないわね。」

 呟いて、美穂奈はその本をそっと枕元に置いた。

 ちなみに、不気味だからと投げ捨てたり燃やしたりしても、いつの間にか戻ってくるので、余計に気味が悪い。

 それならば、今日という日が終わるまでどこかその辺に置いておく方が幾分かマシである。

 今日が終われば、この本はやはり知らない間に消えているのだから。

 その時、外から犬の遠吠えが聞こえ、美穂奈は顔を上げた。

 滅多な事がなければ鳴かない様に躾られている番犬が鳴いている。

 珍しい、泥棒でも入ったのだろうか?

 不思議に思い窓の外を見てみるが、特に何もない。

 首を一度だけ傾げ、美穂奈は視線を部屋の中へと戻した。

 瞬間、ビクリと体が震える。

 枕元に置いてあった、あの赤い本が、ひとりでに表紙を開いたのだ。

 風ではない。

 というか、もし風が吹いたとして、革表紙に金の縁取りがあるあの本の表紙を捲る事なんて無理だろう。

「な、何?」

 恐る恐る近付くと、真っ白いページが微かに光っている。

 目をこらし良く見れば、それは金色に輝く文字、……の様なものだった。

 正直読めない。

 つまり、日本語と英語ではない。

 フランス語でもないと思う。

 ……アラビア文字?

 最初に抱いた感想は、ソレだった。

 模様の様な、でも規則性のある文字の様な、そんな金色に光り輝く不思議な文字が白いページを埋めていく。

「綺麗……。」

 気味が悪いとか、怖いというよりも先に、そう思った。

 金色の光は、小さな光の粒子の様で文字の周りをキラキラと彩る。

 そっと指を伸ばし、触れてみるが、何もない。

 美穂奈の指にその粒子が付くわけでも、感触がするわけでもない。

 けれど、美穂奈はなんとなく、その文字を指でなぞった。

 ゆっくりと進むその光を、美穂奈も同じ速度でゆっくりと後を追う。

 点字をなぞるかの様に、そっと。

 どれくらいそうしていたのかは分からない。

 ただ、この追いかけっこもようやく終わりが見えてきた様だ。

 最後の白いページ。

 そこを、今までと同じように金色の文字は進み、埋めていく。

 ゆっくりと、美穂奈が最後の一文字を撫でた瞬間、その光は大きく膨らみ……。

 そして、弾けた。



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