空腹と怒り
パチッと目を開け、美穂奈はベットから起き上がる。
今日もぐっすり快眠、パッチリ起床。
やはりベットは良いなと、数日前の野宿を思い出しながら美穂奈は洗面所へと向かった。
籠に入っている青い宝石を取り出し、何度も何度も青である事を確認しながら、桶に宝石を落とすとあっという間に水が溜まった。
それで顔を洗い、服を着替え、髪を梳かした美穂奈は元気良く部屋を飛び出した。
「ソフィアさーん、おはよう!」
1階へと続く階段をおりながらそう言えば、ちょうど食堂のテーブルに新しい花を飾る、この宿の女主人と目が合った。
「ミホナちゃん、おはよう。あ、お洋服ピッタリね。」
最後の段差をおりたところで言われた言葉に、美穂奈は少し照れながら頷いた。
「はい、ありがとうございます。ただの客の分際で、服までいただいちゃって…。」
「良いのよ。私はもう着ないし、気にしないで。ご飯、作るわね。」
「あ、じゃあ手伝います!」
宿に泊まりはじめて早7日。
美穂奈はこの宿の女主人ととても仲良くなった。
彼女の名は、ソフィア=コバート(25)。
亡くなったご両親にかわり、1人でこの宿を切り盛りしているらしい。
宿に泊まりに来た初日、今後の事を話して帰ると言ったリングは、「まぁ、どうするかはまだ何も決めてねーし、しばらくココで適当にしとけ。」とだけ残し、行ってしまった。
美穂奈自身、具体的な解決方法は期待していなかったしそれで別に良いのだが、あまりにも適当過ぎる。
しかもその次の日、リングは宿に来てくれなかった。
毎日来るとはたしかに言ってないが、それでも様子見ぐらい来てくれるものだと思っていたからだ。
リングのもとで宝石使用の実践はしたが、まだ1人で使うには不安だからとお風呂も入らず待っていたというのに。
食事とか、着替えとか、困ってる事はたくさんあるというのに、その辺りの気遣いは一切なし。
あり得ない。
そう思いながら美穂奈はベットに倒れた。
ギュルルルルッ……。
お腹の虫が悲鳴をあげる。
「……水、じゃ誤魔化せないわよね。水、カロリー0だし。お腹のたしにもなりゃしないわよね。」
青い宝石を思い浮かべるが、そもそも下手に宝石を使うのも危険なのだ。
でも、このまま餓死するくらいなら、いっそ宝石を使って何か食べ物とか召喚出来ないかと考えていると、コンコンと部屋の扉がノックされた。
窓の外は真っ暗で、既に夜中の時間帯だろう。
もしかして、今頃リングが来たのだろうかと美穂奈はゆっくりとした動作でベットから起き上がり、扉を開くと、そこにはこの宿の女主人であるソフィアさんが立っていた。
「あ、ごめんなさい。こんな夜中に。寝ていたかしら?」
「いえ。大丈夫です……。あの、何か?」
少しびっくりしながらもそう答えれば、ソフィアさんは美穂奈を見て少し困った様に微笑んだ。
「いえ。昨日の夜から何も食べていないんじゃないかしらと思って。食堂で準備して待ってたんですが、来られなかったので。」
「…………へ?」
ソフィアの言葉に、美穂奈は間抜けな声を出す。
「あら、お聞きになってませんか?お連れの方にお伝えしたんですが…。朝・昼・夜、食堂にてお食事をご用意しておりますので、食べにいらして下さいと。」
「……………………。」
この怒りを、どう昇華すれば良いのか。
だが、怒りはあれども水に濡れた某アンパン並みに力が出ない。
だから、その前に。
「あの、こんな夜遅くに本当に申し訳ないんですが、今から食べても良いですか?」
そう、まずは食事だ。
お腹が満たされない事には、怒るに怒れないし。
「ええ。すぐにご用意致しますね。」
とても親切なこの女性に感謝しつつ、美穂奈は次にリングに会った時、どうしてやろうかと考えながら、階下にある食堂に向かった。
そこで、ソフィアと自己紹介を交わし、リングに我が身を預けておくとよろしくないと痛感した美穂奈は、駄目元でソフィアにお願いをしてみた。
自分が異世界の人間だとは打ち明けず、ちょっと常識知らずなところがあり分からない事が多いので聞いて良いですか?と。
宿の客だというだけで、見知らぬ人物にそう言われるのなんて迷惑だろうに、ソフィアは嫌な顔一つせず、頷いてくれた。
最初は客と従業員の距離があったが、徐々にその距離は縮まり、3日経つ頃には既に仲良し姉妹と思われる程仲良くなった。
「ミホナちゃんが手伝ってくれるから、とても助かるわ。」
「いえいえ。ソフィアさんにはとてもお世話になってますから。」
ラズも良い人だったけど、やはり同じ女だからか、ソフィアといるととても落ち着くような、そんな気がした。
ソフィアが作った料理を皿に盛り、いざ食べようとお箸を手にする。
「それにしても、ミホナちゃんのお連れ様、あれ以来顔を出さないわね?」
ボキッ
と、手の中のお箸が真っ二つに折れた。
先程までの穏やかな気持ちは、『リング』と言う3文字によって完全に吹っ飛んだ。
そう、リングはあれから一週間、一度も来ていない。
放置である。
もしかして、このまま美穂奈をここに置き去りにして迎えに来ないのではないかと思うほど。
「きっと、お忙しいのよ。だってあの方、リンドベルイ家の方でしょ?」
美穂奈を気遣ってか、どこか宥める様にそう言うソフィアの言葉に、美穂奈はビックリした顔でソフィアを見た。
「ソフィアさん、リングの事知ってるんですか?」
「知ってるもなにも…。リンドベルイ家は大変な名家ですもの。この辺りに住んでる人なら、誰でも知ってると思うわよ。特に、嫡男であるリング様は目立つし。」
「…あの口の悪いのが、名家の嫡男。」
あり得ない、と美穂奈は口の中で小さく呟く。
美穂奈の知ってる名家の出と言えば、無駄に紳士的で上品な喋り方をする人ばかりだった。
例え、心の中でなんと思っていようとも、表面上はみんなそんな感じである。
特に、女性を相手にする時は、不必要な程。
「リンドベルイ家はリングの代で終わらせるおつもりなんですかね?」
「ミ、ミホナちゃん!」
いや、でも本当にそう思う。
たしかに、見目は良いと思うけど。
「リング様はとても優秀なお方よ?原色持ちですし、とてもおモテになるわ。だから、そんな可愛くない事、言っちゃ駄目よ。ライバルは多いんですから。」
「………え?ちょ、ソ・ソフィアさん?」
何、今の会話。
何だかとてつもなくあり得ない想像してない?
そんな美穂奈にはお構いなしに、ソフィアはニッコリと笑う。
「でも、大丈夫よ。リング様が直々に宿の手配までするなんて、きっとミホナちゃんの事、大好きなんだと思うわ。だから、ね?」
その何も言わずとも、全部わかっているからみたいな笑顔のソフィアに、美穂奈はお腹の底から否定の言葉を叫ぶのだった。
「あんな奴、こっちから願い下げですーーーーっ!!」
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「ラズ、そっちあったか?」
「いや、特に目新しい情報はないかな。」
王立図書の一角、机に山積みにされた本の間から、そんな会話が聞こえてきた。
「チッ。やっぱ、教科書や歴史書に載ってる以上の情報はなかなかないか。」
「でも、もう何百年も昔の話だからね。赤の原色持ちを知っている生き証人もいないし、地道に書物をあさるしかないでしょ。」
言いながら、2人の目と手は止まることなく本の上を滑っていく。
赤い本の謎を解くには、やはり赤の原色持ちを知る必要があると思った2人は、世界一の蔵書量を誇る王立図書館にこもり、毎日毎日本を読んでいた。
「最後の赤の原色持ちは女。」
「とても強い魔力を持っており、その素質は今まで語り継がれてきた魔法使い達とは比べものにならないほど。そして、若くして死に、その後赤の家系は滅びの一途を辿る。」
「んなの、今時子供でも知ってるっつの!」
分厚く難しそうな本に向かい吐き捨て、リングは机の上に突っ伏した。
「同じ内容を言い回しを少し変えただけで何冊も何冊も、意味ねーだろ。」
「それだけ、赤の原色持ちの事は謎って事だろ。」
ラズの言葉に、溜息を吐きながらリングは図書内をぐるりと見渡す。
まだまだ読んでない本は山程あるが、たいした成果は得られそうになかった。
今日ももうすぐ日が暮れる。
そしたら、警備員がココにやってきて追い出されるだろう。
それまでの間に、もう数冊読み進めるかとリングは体を起こした。
「あ、そういえばリング。」
「なんだ?」
パラパラと本から顔も上げずに生返事するリングに、ラズは凝り固まった肩をほぐしながら聞く。
「ミホナ、元気?」
「は?知らねー、つかなんで俺が知ってんだよ。」
ラズの質問に、リングは本から顔を上げて眉根を寄せた。
「え、何でって……。毎日様子見に行ってるんだろ?」
「なんで。」
その返事に、ラズは一瞬固まる。
「別に、毎日見に行かなくても良いだろ。死にゃしねーよ。」
その一言に、ラズは手にした本を力一杯リングの顔面目がけて投げつけた。
「リングのアホ!!」
ラズの放った本は、リングの額に直撃し、綺麗な弧を描いたのだった。
年末に向けての仕事、忘年会、年賀状作成、大掃除、おせち作り等。
年末年始にかけて、更新が滞る可能性があります。
楽しみして下さってる方には大変申し訳ありませんが、ご理解の程宜しくお願い致します。
と言いながら、隙を見て更新出来る様であれば更新していきます(笑)
なので、次回がいつ更新かはわかりませんが、これからもよろしくお願い致します。