本の色と魔法の色
「ミホナ、大丈夫?」
ラズの声に、美穂奈はゆっくり目を開けた。
「顔色、悪いよ。」
「……大丈夫。」
答えて、美穂奈はリングを見た。
この際、自分の色が赤だろうが青だろうが、それはどうでも良い。
けれど、原色、血の繋がりの濃い場所を好むとされている原色が自分の色だというのには、どうしても賛同出来ない。
だから、美穂奈はリングの言う可能性をどうにかして打ち砕けないかと口を開いた。
「……私が、赤の原色持ちの可能性より、この本に魔法や魔力が定着していて、魔法道具としての価値、級がSS級だって言う方が可能性として高いんじゃない?」
「ま、そうだな。この本の級自体がもっと上である可能性。この本は実はラズの持ってる本と対でもなんでもなく、ただの本の可能性。対だったとして、色制約が赤系統でない可能性。おまえが異世界の人間だって言うなら、おまえの世界で色という概念がないんではなく知らないだけでみんなが色を宿していた場合、おまえが赤系統であってもおかしくない可能性。あげたらキリがない。まぁ、いくつかの可能性なら今ここで潰せるが。」
言って、リングは美穂奈の赤い本を手に取った。
「ミホナ!こっち来て!!」
ラズに腕を引かれ、美穂奈はラズの背の後ろへと隠れる。
その動作に、リングがまた本に魔力を注いでみるのだと理解した。
「俺の色は黄色。この本の色制約が、黄系統の色以外だった場合、もちろん本は読めない。で、この本がラズの本と対だった場合、多分さっきみたいに攻撃されるだろう。その時の、攻撃魔法の色を見れば、この本自体の色がわかる。」
「……どういう、意味?」
不安からか、知らずラズの服の裾を握り聞く。
「さっき、ラズの本に攻撃された時、見たか?緑色の電撃みたいなの。」
言われて、美穂奈は頷いた。
バチィイと鋭い音の後、本の周りには、緑色に光る電気みたいなものが走っていた。
「魔法を使うには、自分の色で魔力に練り、それで律を編む。難しく考えず、自分の色が、魔法にも影響を与え色がつく程度に思ってろ。俺の色は黄色だから、俺が使う魔法はみんな黄色に色付く。」
言って、リングは本を持ってない方の手で、宙に何かを描くように指を滑らせた。
瞬間、小さな黄色い火がついた。
「わかるか?ラズが同じ魔法を使えば緑の炎になる。」
言って、リングが手を握ると、黄色い火はあっと言う間に消えてしまった。
「それと同じで、魔法道具自体にも色が存在する。基本的には作った人間の魔力を元に構成される訳だから、作成者と同じ色になる。ラズの本であれば、エルドが作ったものだから、緑系統の色だな。おまえの赤い本が、エルドの作ったこの緑の本と対の場合、エルドの色である、緑系統の色の可能性が高い。」
「待って。それじゃあ、おかしくない?私の本の色制約は赤系統だって話じゃなかったの?なら、その本の色は赤系統じゃないの?」
美穂奈の質問に、リングは首を振る。
「いや、違う。級制約は、魔法道具と同じ級の魔力を必要とするが、色制約は同じとは限らない。そもそも、色制約が2種以上あるのが普通なんだから、同じ色でなくてはいけないってのが既に矛盾だろう。」
言われて、たしかにそうだと美穂奈は頷く。
「……ややこしいわ。」
「まぁ、全部わかれとは言わねーよ。とりあえず、やってみて、この本の色が黄色だった場合、俺が中身を確認出来るし、違った場合この本の色が判明する。…何も起きなければ、ただの本だ。」
言って、リングは先程ラズの本にしたのと同じく、口の中で何やら小さく呟いた。
瞬間、目の前にあるラズの背中に緊張が走ったのがわかった。
素早く先程のリングと同じ様に、空中に何かを描くと、ラズの周りに緑色の光の粒子が舞い上がった。
そして、最後にラズが何か呟くのと、凄まじい音が耳に届くのは、ほぼ同時だった。
“バリバリバリッィイイイッツ!!”
「ひゃああっ!」
近くで雷が落ちた様な轟音に、美穂奈は目を瞑りラズにしがみついた。
「くっ……!!」
ラズの辛そうな声に驚いて目を開けると、辺り一面赤い光に包まれていた。
「何、これ?」
「ミホナ!触っちゃ駄目だ!!」
そっと手を伸ばして触ろうとした瞬間、ラズに大きな声で制止され、美穂奈は慌てて手を引っ込めた。
それと同時に、赤い光も徐々に弱くなり、消えた。
「な、何が起きたの?」
ドサッ。
「え?ラ、ラズ!!」
呆然とその景色に見入ってた美穂奈を現実に戻したのは、ラズが倒れる音だった。
「ラズ?ラズ、大丈夫?!」
慌ててしゃがみ込み、額や頬を触ると、「うっ。」と小さなうめき声がラズの口から漏れた。
顔色が悪く、脂汗をかいていて、見るからにやばそうな感じではあるが、どうして良いのかわからず、美穂奈は首を巡らせる。
「何、どうなって……。そうだ……!」
ふと思い出したもう1人の人物を探し美穂奈が振り返った先には、赤い本を地面に取り落とし、膝を付いてやはり苦しそうにしているリングの姿だった。
「ちょ、大丈夫?!何、どうしたの2人共!」
ラズと違い、かろうじて意識のあるリングに美穂奈が問いかけると、リングは苦しそうに一度息を吐き出した。
「マジかよ。」
呟いて、赤い本を睨むリングに美穂奈は更に声を張り上げた。
「ねぇってば!!」
「わりぃ、ちょっと、後にして……。」
ドサッ。
「あ!ちょっと、待ってよ!!ねぇ!!」
限界と言わんばかりに床に突っ伏してしまったリングに、美穂奈は意味がわからないと部屋の中ぐるりと見渡し、呟いた。
「……どうしたら良いのよ。」
この世界に来てすぐと良く似た光景にデジャヴを感じながら、美穂奈はどうして良いかわからず、しばらくその惨状に呆然とするのだった。