魔法道具と制約
「何色って、言われたって……。」
リングの瞳から逃げるように、美穂奈はラズを見た。
「……リング。ミホナは魔法のない世界から来たんだ。魔法も、色も知らないらしい。もちろん、自分の色もね。」
「それは、知らないだけ…だろ?」
リングの言葉に、どういう事だと美穂奈は眉根を寄せた。
「魔法を知らねーっつう設定らしいから特別にいちから教えてやるよ。」
ラズの時とは違う、嫌味としか思えない言い方。
けれど、知らないのは事実で、ちゃんと順序立てて説明してくれるのは有り難い事だから、美穂奈は文句を飲み込み、何も言わずにリングを見た。
「ラズの持ってる緑の本は、ラズの曾祖父であるエルドが作ったものだ。読む時に読み手の魔力を注いで文字を出現させる特別仕様。魔法道具に分類される。」
リングはラズの緑の本を取り、その表紙を開きながら続けた。
「……魔法に級があるのは知ってるか?」
聞かれて、美穂奈は一つ頷いた。
「ラズに、聞いたから。」
「そうか。じゃあ、そこは省く。」
リングはあっさりとそう言うと、魔法道具についての説明を続けた。
「魔法に級があるのと同じで、魔法道具にも級が付いている。S級からC級の4段階だ。魔法道具ってのは、使う時に大抵制約が付いていることが多いんだが、この級が高ければ高いほどややこしくて面倒臭い制約が付いてることが多い。ラズの持ってるこの本はA級で、ご他聞に漏れず、面倒臭い制約が付いてる。」
言って、リングは緑の本に向かって、何事か小さく呟いた。
「ミホナ!」
ラズに呼ばれ振り向くと同時に、急に腕を引かれ、美穂奈はバランスを崩しながらラズの腕の中に収まった。
“バヂイィ!!”
その直後、鋭い音が耳を刺し、美穂奈は驚きに体をビクリと震わせる。
何が起きたのかと恐る恐る顔を上げれば、リングの手の中の緑の本からバチバチと光る緑色の電気の様なものが見えた。
「リング!ミホナに当たったらどうするんだ!!」
「知るか。適当に避けろ。」
ラズの抗議の声を適当にあしらい、リングは美穂奈を見た。
「この本の制約は、級と色。この2つ自体はそれ程珍しい制約じゃない。魔法道具を使う際の制約は大抵この2つのどちらかだからだ。ただ、この本はその両方が制約にあり、しかも縛りがキツイ。級制約ってのは、簡単に言えば魔法道具と同じ級の魔力を注げって事だ。この本の級はA。つまり、A級以上の魔力を注いでやらないと文字は浮かんで来ない。B級や、C級しか使えない魔法使いじゃ中身が読めないって事だ。」
A級以上。
ラズの説明でS級の魔法を使える者はほんの一握りだけだと聞いた。
つまり、A級の魔法を使える人間もそんなに多くはないだろう。
それだけでも、A級以上という縛りはなかなかに厳しいと美穂奈は思った。
「色制約ってのは、該当する色を持つ者でしかこの魔法道具を使えないって事なんだが…。色の種類については聞いたか?」
「……4大原色についてなら。」
美穂奈の答えに、リングは面倒臭そうに髪をかき上げた。
「あぁ、そうか。原色だけか。クソ、話があちこち飛びやがる。」
説明の説明をする事に、リングは煩わしいとばかりに髪をかく。
「原色が4種しかないのに対し、色の種類は割と多い。というか、正確には原色からの派生色なんだけど。」
いまいち意味がわからないと美穂奈が頸を傾げると、ラズが横から口添えしてくれた。
「例えば、さっき色遺伝の時に、母親が赤で、父親が青でって例え話したでしょ?その結果、産まれてくる子供が紫の色を持ってる。つまり、紫は赤と青の派生色って事。でも、紫にも色々あるよね。紫だけども、母親よりの遺伝だと色は『赤紫』に、父親よりだと『青紫』になる。この場合は、どっちの派生色かハッキリしててわかりやすいけど、母親と父親両方五分の遺伝だった場合、赤と青、どちらの派生色か難しいよね。その場合、その子供は赤系統なのか青系統なのか分類するのは難しい。」
ラズの説明に、美穂奈はなるほどと頷いた。
「そう。だから、原色とは別に色に種類を設けた。赤系統・橙系統・黄色系統・緑系統・青系統・紫系統・茶系統・灰色系統・黒系統・白系統。他にも水色だの桃色だのあるが、今はこれだけわかれば充分だ。」
リングはそう言うと、本に関する説明に戻った。
「大体の魔法道具の色制約っていうのは、少なくとも2種以上ある。例えば、緑系統の色もしくは赤系統の色のどちらかでって感じだ。そして、その場合の複数色は何らかの法則性がある。例えば、補色であったり、同系色であったり、暖色・寒色であったり。……補色とかはわかるか?」
さすがにそれは美術で習ったと、美穂奈はリングに頷いてみせた。
「補色は、お互いの色を引き立てるもの。同系色は色相環で隣り合う色。暖色は赤系統や橙系統で、寒色は青系統や紫系統でしょ?」
美穂奈の答えに、リングは頷いた。
「シキソウカンが良くわからねーが、まぁ大体あってるし、進めるぞ。」
リングは緑の本の表紙をパンと軽く叩いた。
「だが、この本の色制約は『緑系統の色』のみなんだ。他の色持ちが本を読もうと魔力を注ぎ込むと、さっきの様な事になる。」
「さっき?…………あ。」
言われて、美穂奈は先程の鋭い音を思い出した。
「この本には、違う色の魔力を注がれた場合、攻撃してくる仕組みになってるな。まぁ、相殺したけど。」
だからラズは慌ててかばってくれたんだと知り、美穂奈がラズの顔を見上げれば優しい笑みとかち合い、美穂奈は勢い良く顔を下に向けた。
……リングではないが、女の子が苦手と言う割に、ラズはうっかりときめいちゃうくらい女の子に優しいと思う。
「…聞いてんのか?」
美穂奈の態度が気に入らないのか、低く凄んでくるリングに、美穂奈は大きく頷いた。
「大丈夫!聞いてるわ!!続けて!!!」
美穂奈の言葉に、ラズは頸を傾げ、リングは特大の溜息を吐いた。
「でだ、ここからは俺の推測だが。この本の2つの制約のうち、色制約の定義がおかしい気がすんだよ。さっきも言ったが、色制約ってのは、大体、対になる何かしらの色が存在する。単色でって前例がないんだ。今日この日まで、エルドが作った本だし、例外なのかなと思っていたんだが、おまえが持ってるその赤い本を見て思った。この緑の本と赤い本の魔法道具は元は1つの魔法道具なんじゃないかってな。緑の補色は赤だ。その本の革表紙の色とも一致する。」
言われてみれば、色が違うだけで全くと言って良いほどよく似た本だ。
『対』であったと言われても、納得がいく。
美穂奈は赤い本を見た。
魔法のない地球にいた時から、誕生日になると現れた不思議な本。
この本は、何故美穂奈の前に現れたのだろう。
「だがな。」
と、まだ続いていた説明に、美穂奈は本から視線を外し、リングを見た。
すると、先程美穂奈に「何色だ?」と聞いてきた時と同じ鋭い視線に射抜かれた。
「この仮説が正しかったとして、その本を縛る制約はA級以上の赤系統の色、魔力を注ぐ事。おまえが、その本に金色に光る文字を見たんだとしたら、おまえはその本に魔力を注いだんだ。……A級以上の赤の色をな。」
リングの鋭い視線に、尻込みしそうになるのをなんとか堪え、美穂奈は答える。
「私は魔法なんて使えないって言ってるでしょ。たとえ、無意識のうちに魔力を注いだとしても、A級とか、この世界の人間だって使える人がそう多くない難しい魔法、無意識で使える訳ないじゃない。」
その美穂奈の言葉に、リングは口角を緩め、笑った。
「そうだな。無意識で使うには難易度の高い魔法だ。が、それもおまえの色次第だ。」
「ど、どういう意味よ?というか、あなたは信じてないでしょうが、私は異世界から来たのよ。色自体ないわ。」
「じゃあ、どうやって本の文字を出した?」
「それは……。本自体に魔法が定着していたとか?」
そんな事があるのかどうかも知らないけども、美穂奈が適当に答えると、リングは面白そうに笑った。
「まぁ、その可能性もない訳じゃないが、ほぼゼロだ。その場合、この本に魔法と魔力を定着させなきゃいけねー。しかも、長い年月。それだけで、魔法道具の価値が一気にA級からS級……、いや下手したらSS級に跳ね上がる。エルドがこの本を作ったのは晩年になってからだ。全盛期ならまだしも、いや、全盛期でもそれだけのものが作れたか怪しい。それ程、おまえが言ってる理論は難しいんだよ。」
何も言い返せない美穂奈に、リングはさらに続けた。
「異世界から来て色なんて持ってないと主張したいなら、おまえに色があるって『例え』で話を続けようぜ。例えだよ、俺の推測だ。」
言い方はむかつくが、たしかに今ここで色があるないの水掛け論をしていては話が進まない。
美穂奈はリングの例え話に乗ることにした。
「おまえの色がうっかりこの本に流れ込み文字が浮かび上がったとして、その場合のおまえの色は赤系統だ。だがな、ここで1つ問題がある。この世界で赤系統っつたら、数百年前に途絶えたとされているんだよ。」
「……え?」
ど、どういう意味だと美穂奈はラズを見上げた。
「僕と同じだよ。赤の原色持ちが死んでからいくら待っても、次の赤の原色持ちが産まれて来なかったんだ。そうこうしているうちに赤系統の色を持った一族は皆死んでしまい、血脈が途絶えた。それから、数百年、赤の原色持ちは未だに産まれてこないことから、赤の原色持ちは途絶えたと言われている。」
「そう、だから国は緑の原色持ちが同じ運命を辿らぬ様、必要以上にラズを保護する訳なんだけどな。赤系統の色は途絶えたっつても、一応派生色の桃系統や橙系統は無事だから、完全に赤の原色持ちが産まれてくる可能性が途絶えた訳でもないんだが。」
それでも、ラズの説明では原色は特に血筋の濃い場所を選ぶと聞いた。
何百年も経ってしまったら、濃いもへったくれもない。
可能性は、ゼロと言ってしまっても良いぐらいに低いのだろう。
そんな貴重な色が、私の色かもしれないの?
「おっと、まだ納得するなよ。」
リングの声に、まだ何かあるのかと美穂奈は眉間に皺を寄せた。
「色制約の謎が解決しても、級制約の謎がまだだろ。」
「……そうね。もし仮に私に魔法の才能があったとして、色が赤系統だとしても、A級以上の強い魔法が使える可能性は低いわ。」
美穂奈の言葉に、リングは頷く。
「そうだな。でも、可能性が1つだけある。」
「リング。でもそれはいくらなんでも突拍子もなさ過ぎるよ。」
リングの可能性に、ラズは気付いているのかそう抗議するのを見て、美穂奈もその可能性とやらを考えて見る。
強い魔法を使える可能性。
無意識レベルでも、強い魔法が使える天性的な強い魔力…。
「……まさか。」
「馬鹿ではないみたいだな。」
リングの初めての褒め言葉に、「けれど」と美穂奈は首を振った。
いくらなんでもありえなさ過ぎる。
「もちろん、ちゃんとした色分析もしてないし、あくまで俺の推測、想像だ。けれど、割と高い確率でおまえの色は、途絶えたとされている赤の原色である可能性が高い。」
原色。
それは、生まれながらに強い魔力を宿しているとされる全ての色の元となる4つの色。
赤・青・黄・緑。
その中で、既に途絶えたとされる赤の原色。
原色は、血の繋がりの濃い場所を好む。
では、美穂奈の体に流れている血は、どこかで元赤の原色持ちと繋がっているのだろうか?
わからない。
自分の身に流れているその血の正体がわからず、美穂奈は恐怖にただただ自分の体を抱き込むようにして、目を閉じたのだった。