古代からの幻想
幽霊やよく分からない物より、実際に居る人間の方が怖いと言う話を何度か耳にする。実際に害を与えない幻想の存在より、現実に居る人間の方が周りに与える影響が強いからだそうだ。
しかし、その幻想の存在が現実に害を与えてきているとしたら、その様な事を言っていられるだろうか。現実の人間であれば、対処も可能であろうが、彼らに、それと同様の対処が出来るとは限らない。
ならば、一方的に害を与え、それを防ぐ術も無い幻想の存在にこそ、人は真の恐怖を感じるのかもしれない。それこそ、天災を恐れ、敬った古代人の様に。
私が通う大学は歴史が古い。その敷地内には戦前からの建物がそのまま残っていたりする。そんな大学に通い始めてから一年は経った頃だろうか。
この大学の雰囲気にも十分に慣れて来た頃だ。私は何の因果か、考古学を専攻する道へと進んでいた。別に此れと言って理由があった訳では無い。しいて言うのならば、この町の歴史について調べる機会があり、そこから興味を持ったというのが理由だろうか。
私はそこそこに、勉学へと没頭する様になっていた。そうすれば、自分のおかしな考えや妄想の類に振り回されなくて済むし、当時、所属していたサークルでとある先輩との関係に悩んでいた事から、逃げ場を作るとう意味でも、勉学へと集中する意義があったのである。
まったくの不純な理由であるが、それを前面に出さなければ周りからの評価はむしろ良い方へと向かう。
講義の行う講師や教授からの評価もそうであったのか、雑談程度の内容であるが、私が町の歴史に興味がある事を知ると、良く話をしてくれた。
彼らの話によると、当たり前の話だが、この町の歴史を深く刻んでいるのは、大学などの建物よりも、それが建つ土地そのものであると言う。何故なら、建物の歴史はせいぜい百数年なのに対して、土地というのは遥か悠久の時代から存在しているからだ。
この町の土地からは、数多く、古代の出土品という物が発掘されているらしく、中には数千年前の代物まで見つかっているらしい。
教授達は、それらの発掘品は町の片隅にある小さな博物館に所蔵されており、町の歴史に興味があるのなら、行ってみると良いとの話を私にしてくれたものだった。
確かに、その話を聞いた私は、その場所に興味を持った。例え不純な理由で始めた物だとしても、町の歴史に没頭する中で面白さを感じ始めていたからだ。
片隅にあると表現した博物館であるが、公共の物であるらしく、迷うこと無く見つける事が出来たし、建物の綺麗な物であった。
中に入り、受付で入場券を買おうとすると、学生である事を見抜かれたのか、学生証を出すように求められた。なんでも、割引で安くなるらしい。
地元の大学である事がわかると、受付をしていた男性は、同じ大学の人間が良く来る事と、展示品以外の所蔵物が見たければ、好きな時に話す様にといった事を話してくれた。
とりあえず入場券を買ったのであるし、何より初めての場所なので、展示物を見て回ると返答をして置き、私は博物館へと足を踏み入れていった。
博物館の中は、光源による展示品の傷みを防ぐためか薄暗い。それでも、展示品自体は良く見えるので見て回る。
硝子の箱に入れられた展示品は、皿や壷の様な容器や、土くれや粘土で作ったらしき人形などであり、その横にはそれらの物品についての説明が書かれたプラスチック板が並ぶ。
よく見ていると、展示品の幾つかはレプリカであるらしく、どこか真新しく、本物の出土品と並べてられているのを見ると、違和感を覚えてしまう。
しかし、私の目を一番引いたのは、何故か本物の方では無くレプリカの方であった。
そのレプリカは茶色の粘土で出来た物が多い中で、金属で出来た光沢を放つ代物で、なんとも言えない複雑な形状をしている。
中央部分はおそらく球状であろうと思われるが、完全なそれでなく凹みや歪みが見れる。その歪んだ球状部分からは幾つかの節が長く出ていて、それが足となって地面から球を支えていた。
私はこれがいったい何なのか疑問に思った。そもそも、ここに並ぶ展示物は、どれも人が金属加工を知らない時代の代物であり、この様な金属で出来た物質はそれだけでも目立つ。しかも、この奇怪な形状である。目に付かないと言う方が可笑しい
といっても、その展示物はレプリカらしく、本物はこの博物館の別の場所に所蔵されている様だ。
ならば、この金属は粗悪なレプリカにもならぬ模造品なのではと思ったが、説明を見ると本物も金属で出来ているらしい。
非常に珍しい物らしく、金属自体は古代にこの土地へと落ちた隕鉄を元にしているそうで、長い年月による風雨と、人間による地道な作業によって、この形となったと説明されていた。
私はその説明を見るに、この隕鉄で出来た物質が、古代人の目にどの様な幻想を産んだのか夢想する様になった。
現在のこの様な場でさえ、際立って目立つと言うのに、金属などを見るような事さえなかった古代に、この隕鉄は存在していたのだ。そこに神性が宿る事さえあったのでは無いかと考えてしまう。
つい私はレプリカでは無く本物を見たくなった。受付で展示品以外の所蔵品を見たければ、何時でも話すように言われていた事を思い出し、話を通す事にする。
別の所蔵物を見たいと言う私の問いに、受付員は当初、快く許可を出そうとしてくれたが、私の見たい物があの隕鉄の本物である事を話すと、途端に渋るようになった。
曰く、あそこにレプリカの展示品の様に綺麗な物で無く、発掘品らしく薄汚れている。見ればきっと落胆するだろうから、見ない方が良い。他にも珍しい物は幾らでも有るのだからそちらを見ればどうか。
その様な理由にもならない話で、私に許可を出すのを渋っていたが、どうしてもと頼み込むと、受付員は見た後に文句を言わないという約束の後で、ようやく隕鉄のある場所へと案内してくれた。
案内された所蔵品を収める部屋は、展示室より一層暗く、数多くの物品が棚事に並べられている。
受付員は鍵を渡しておくので、用が済んだら再び鍵を掛け、返す様にと私に告げると、その場を去って行った。
随分と無用心な事をすると思ったが、それよりも私の興味はあの隕鉄へと向かっていた。数多くの所蔵品が有ると言っても、部屋自体はそれ程大きくない。並びも何らかの規則があるらしく、どの棚にあの隕鉄があるのかは、初めてここへ入る私でも、なんとか理解出来た。
棚に沿って歩きながら、並べられている所蔵品の中で、金属質の物を探す。ただでさえ、目立つ物品なので、程なくしてそれは見つかった。
それは、受付員が言ったように、所々が錆びて黒ずみ、どこか長い年月の中で草臥れた印象を抱いたが、間違い無く、本物の隕鉄であった。
しかし、見た瞬間にがっかりするという事は無く、むしろその汚れは、私に歴史を感じさせる物であり、それでも金属特有の光沢を輝かせる姿に、私は魅了されそうになった。
私の頭の中に、これを持ち出せないものかという思考が、ほんの一欠けらも無かったかと言えば嘘になる。
しかし、その小さな思いは、当然、私自身の常識と正義感によって直ぐに否定されている。そもそも、そんな事を考えずとも、ここに来ればいくらでも見られるのだし、今は本物の隕鉄がどの様な物か、じっくりと観察する時であると考えていた。
おおよその形はレプリカと同様に、不完全な球状から出る突起が面白い形で飛び出している。どこからが自然による風化で、どこまでが古代人の手によって加工された物なのだろうか。
私は触って確かめたくなったが、この物品を手で汚す事は躊躇われた。展示物の様に説明するパスチック板は無く、私の想像のみで、この隕鉄がどの様な物であったかを頭に浮かべていた。
暫くすると、私は隕鉄が置かれるこの棚の周辺が、隕鉄と同様の場所から発掘された物品群である事に気づいた。
他の物は当然、金属などでは無く、拙い技術で作ったのであろう粘土細工の様な物である。中にはこの隕鉄の形を真似たのか、隕鉄に近い形をした粘土細工などもあり、隕鉄が古代人に崇められていた証拠と成り得る物であった。
さらに隕鉄を真似る粘土細工の周りには、不完全な人型の人形が並べられている。まるで、中心の粘土細工を守る様に配置された人形は、発掘された当初の配置を再現した物だろうか。
隕鉄の方の粘土細工はそこそこの再現具合であるのに、人形の方は、酷く乱雑に作った様で、なんとか人間型に見えたが、所々が人間の体とは懸け離れた形をしている。肩から伸びる腕には間接らしき物が無く、手の指に当る部分も無い。どこか触手じみた形をしており、一方で足は太くそして硬質感を思わせる形に作られている。それらが伸びる体自体は、言う程の特徴が刻まれていないのだが、体から顔に至る部分に首が無く、肩幅と同様の大きな顔が山型に体の上に乗っている印象を受けた。
何より不気味なのは、その顔に描かれる表情だ。人の顔を限界まで単純化させた様な穴が、目と鼻と口の部分に刻まれており、無表情だと言うのに、どこか私を見ているが如くに見えるそれは、私に嫌悪感を抱かせるには十分な代物だった。
これを作った者はいったい何を考えて、この様な人形を作ったのか甚だ疑問である。隕鉄を真似る様に作った粘土に力を注ぎすぎて、人の方までしっかりと作る事が無かったのか。
私は、再び考え込む様になったが、ふと、この部屋に入ってから、随分な時間が経っている事に気づいた。
ただ、何の説明も無く、所蔵品の一つを見に来ただけであったのに、これほどの時間を所蔵室の中で過ごすというのは、あの受付員に怪しまれる可能性がある。
もう既に目ぼしい物は見た後なので、私は部屋を出ようと考えた。考え込むだけならば、自分の部屋でも出来るのだから。
所蔵室を出て、扉に鍵を掛け、受付まで向かい、鍵を返す。何もやましい事など無いが、部外者が所蔵室に一人で居たのだから、軽い荷物検査くらいしたらどうだとも思ったが、それも無く、鍵を受け取ると、すぐに別の業務へと移っていった。
ただ一つ気になったのは、鍵を返す際、何故か気をつける様にと言われた事である。ただ、その一言だけを言われたので、いったい何に対する事なのか分からなかったのだ。
その日の夜、私は妙な夢を見た。暗闇の中を進む夢だ。しかし、視覚以外の五感は冴え渡っており、特に足の裏からの感触で、どうにもゴツゴツとした岩で出来た廊下を歩いている事が分かった。
靴も履いておらず、裸足でそんな場所を歩くからには、怪我の一つでも覚悟しなければならないが、何故か足がいつもより硬くなっている様に感じられ、岩肌であろうとも、怪我をする心配はなさそうであった。足音もそれと同様に一歩毎にコツコツとした音を立てている。
私はどこまでも続いていそうなその廊下を歩き続け、その向こうにある何かを探そうとしている。
しかし、この場所には出口は無い。だからこその暗闇なのだ。だが私は歩き続けている。外にある何かを見つけるために。
私は汗を酷くかいた状態で目を覚ました。随分と嫌な夢であった様に思える。暗所に閉じ込められるというのもそうであるが、まるで自身の体がまったく別の物に入った様な感覚が常に体中にあり、その違和感がなんとも言えぬ不快さを常に私に与えてくる。
なにより、夢の中の私はひたすら焦りという感情に支配され、ただ無為に暗闇の中を歩み続けていたのである。この感情は、夢から覚めてもまだ残っており、体を休ませる睡眠だと言うのに、私の心と体は疲労する羽目になってしまった。
もう一度、眠り直そうとも思ったが、また、おかしな夢を見てしまいそうで、私はそのまま起きて置く事にした。
日はまだ昇っていないが、もう深夜というより早朝に近い時間帯である。今日は大学での講義もあるし、時間潰しのために、その準備をしようと考えた。
講義を行うのは、確かあの博物館の場所を教えてくれた講師のはずだ。あの隕鉄について聞いてみるのも良いかもしれない。
朝からの講義に出席した私であったが、やはり可笑しなタイミングで起きたせいか講義の時間中、常に睡眠欲に襲われていた。この講義の後には、講師に直接、博物館での事を聞くつもりであったので、寝ぼけ眼ながら、なんとか耐えていたが、午後からの講義については、出席は遠慮する事を早々に決めていた。
講義が終わり、私はさっそく博物館の隕鉄について、講師に聞いてみる事にした。講師は教壇にまた立ちながら、講義で使った資料を持ち帰るために整理しており、そこへ私が話しかける事となる。
私の話は、博物館の場所を教えてくれた事に対する礼から始まり、私の隕鉄への興味に移る。講師は私の話を聞いている内に、同感する様な表情をすると、あの博物館の隕鉄は考古学上でも、非常に珍しい物である事を教えてくれた。
本来あってはならない時代の鉄細工がそこに存在している。それだけでも、確かに珍しい物であるが、あれ自体が神話や伝説に出てくる様な物が、そのままの形で残っている物なのだと言う。
私は、その話を聞いたとき、何かのファンジーか冗談では無いのかと思ったが、講師の話によると、要するに神話に登場する様な物品が、それそのままに受け継がれてきたという物らしい。
年代的にも、その神話と合致しているという。神話自体は荒唐無稽な話だそうであるが、何よりその話の元となる何かがあった事を証明する物であるらしく、やはり貴重な物であるそうだ。
私は、あの隕鉄が関わる神話という物を知りたくなり、講師に聞いてみるが、彼も次の講義の準備が忙しいらしく、興味があるならと、その神話を詳しく知る人物と、その人物が居る住所を教えてもらった。
次の休日にでも、その場所へ行ってみるのも良い。そう考えたが、その内に講義中、我慢をしていた眠気がさらに襲いかかってきた。
色々と考えるのは、後回しにして少し仮眠を取ろうと思い、私は大学の図書館へと向かう。
試験前ならともかく、そうでない日は人気が少ない場所であり、読書用に個人で座る机が、隅の方に配置されているので、仮眠を取るのには丁度良い場所なのである。
私は図書館に着くと、適当に一冊本を選び、個人用の机へと座る。本を読んでいる内に眠ってしまったという言い訳のためであり、別にこれから眠気を我慢して読書をする訳では無い。
私は本の半ばを空けたまま、肘を付き、頭を支えて目を閉じる。30分程眠ろう、それでもまだ、この眠気が取れないのであれば、家に帰れば良い。そう思いながら、私は微睡の闇へと突き進んでいった。
私はまた、あの暗闇の中に居る事に気が付いた。何も見えぬ暗闇。私はひたすらに出口を探し続けている。一歩を踏み出す毎に、気味の悪いコツコツとした足音が、私自身の足から聞こえる。手探りで辺りを探るも、何故か腕を上手く動かせない。まるで、間接が無い様な違和感のせいで上手く動かせない。指を一本一本確認しようにも、指の感覚すら無かった。
私はいったい何故、この暗闇の中で彷徨っているのだろうか。何かを探していたはずだ。大切な何かを。
私は図書館の机から飛び起きる様に席を立った。またあの夢だ。たかが仮眠で、再びあの可笑しな夢を見る羽目になるとは。
あの夢はなんなのだろうか。単なる偶然として片付けたくもあったが、もう一度眠りに就いた時、再び見る様な事があれば、私の精神が耐えられないかもしれぬ。
あの夢を見るようになったのは昨日からだ。昨日何があったかと言えば、隕鉄を博物館で見たという事くらいである。
夢と隕鉄。何か関係があるのかもわからないが、今のところそれくらいしか心当たりが無いので、隕鉄について調べるために、講師に教えてもらった住所へと向って見ようと考えた。
時計を見ると、まだ正午を少し回ったばかりであり、元々、午後の講義は休むつもりであったのだから、今から向かう事もできる。それ程焦っている訳では無いのだが、これまでの経験から行動は早い方が良いと考える様になったのだ。
教えてもらった住所は大学からはバスで二駅程度の距離であり、探す手間がいらなかった事もあって、かなり早く着く事が出来た。
というのも、指定された住所には大きな神社が建っていたからだ。なるほど、神社であるのならば、古くからの土地が残っているし、地面を掘れば古代の出土品が出て来る様な雰囲気もある。
実際、神社の境内に入り辺りを見渡すと、発掘用の穴らしき物が、幾つか一般人が入らない様に幕などで仕切られていた。
隕鉄を良く知るという人物も、この神社の関係者なのだろう。私は拝殿で賽銭箱に小銭を入れてから、近くに立っている、別の建物へと向かう。何故なら、そこだけ神社に立っている様な物では無く、一般的な家らしい造形をしていたからだ。
恐らく、この神社の神主か関係者が、一般的に暮らす家だと思われる。家の門には丁度イヤホンもあり、私はそれを鳴らす事にした。
暫くしてから、家の扉が開き、初老の男性が顔を出した。随分と落ち着いた印象で、神主らしい格好をしていた。
私が自身の名前と用向きを話すと、彼にここでは何だから家に入るようにと、家内へ案内された。
玄関で靴を脱ぎ、居間らしき場所へと向かう。居間の中心にある机の横に座布団を敷かれ、そこに座る様に言われる。
私が遠慮がちにそこへ座ると、そのままお茶を用意される。彼が私と反対側の場所へと座った後、彼自身がやはり神主であることを伝えられ、用件について詳しく話す事となった。
どうにも慣れた対応に疑問を覚えたが、私が隕鉄に関する話をすると、やはりかという顔をした後に深い溜息を神主はした。
いったい、どうしたのかと聞く私に、同じ事を神主に聞きに来る人間が毎年1人か2人程居るのだという。それも、隕鉄と夢の関係についての話が殆どだそうだ。
私は、その話を聞いたとき、自身の直感が当たってしまった事に恐怖を覚えた。私は再び、あの闇の中へ足を踏み入れてしまったのである。
神主は、境内からあの隕鉄が発掘された事からすべては始まったと語る。若い頃の神主は、私と同じ様に古き歴史に興味を抱く青年であった。青年は、その若さ故、貪欲に知識への探求を進めていたらしい。
そんな彼にとって、自身の家である神社は、肥大する欲求を満たすには十分の代物だったそうだ。彼は神社に代々伝わるという歴史や、古文書などを独学で読み解き、時には町の歴史とも擦り合わせながら、自らの知識を深めて行った。
まわりの者で、そんな彼の行いを止める者は誰一人として存在しなかった。神社の跡継ぎが神社の歴史を調べる事に、不満を抱く者など居なかったのである。
そして彼の好奇心は、自らが生まれ育ったこの神社が建つ土地には、思いもよらぬ程の深い歴史が刻まれている事を発見するに至った。
この神社自体の歴史という物も、青年の予想より古い物であった。それは、かつて、この国に統一した統治者が存在しなかった時代まで遡る。せいぜいが百年単位の歴史だと考えていた青年にとっては、非常に興味をそそられる事柄である。
この神社の創設譚は、この国で数えきれない程存在する神の一柱を、また別の神が打ち倒す事から始まっている。
倒された神の姿は非常に奇怪な物で、巨大な甲虫を思わせる足と、蛇のごとくうねる腕、そして表情を持たない輪郭の崩れた顔を持つ、祟り神の如き存在であったと言う。
神は自らの視覚や思考を、他者に分け与え、自身と交感させる事で、洗脳する様に神の信奉者を増やしていったそうだ。
その様子を、邪悪な物であると感じた別の神が、土地に棲む神とその信奉者を倒し、土地に平穏を取り戻す。しかし、土地の神は不死身であり、土地に攻め入った神は、土地の神を、神を奉る祭壇ごと、地面へと埋めてしまったのだと言う。そして、土地神を倒した神の偉業を称えるために余所から来た神を祭る場所として、その土地に祭壇を建てたのがこの神社の始まりである。
私がその話を聞いた時、どこにでもありそうな話であると感じた。この話は、要するに征服者と被征服者の争いを神話化した物であろう。
土地に棲む神とその信奉者は、元々の住民であり、それとは別の神は、征服者の象徴である。征服者は戦争に勝利し、被征服者の土地を支配する。その話を正当化する上で、正義の神が悪の神を倒したという筋書きを用意したのだ。
唯一、興味を感じたのは邪悪な神の姿であり、その姿を何故か私は知っている様な気がした。
私の感想は、同じく歴史を嗜んでいた神主にとっても同じ物であり、いくら歴史が古いと言っても、それほど心惹かれる物ではなかったそうだ。
ただ、土地の神を倒した後、土地の神が占有していたと言われる、日に輝く神宝を征服した神が手に入れ、暫くその祭壇に納められていたらしいという話も伝わっており、そちらに神主は興味を覚えた。
神宝は時代が下り暫くして、邪悪な神が持っていた物をありがたがる必要は無いとした当時、土地を治めていた権力者によって、神社の片隅へと埋められたそうだ。
つまり、神社の土の下には神宝がまだ埋まっている可能性が高い。神主が若く、まだ神社を継いでいない時では、それを探すのは不可能であったが、彼が後継者として正式に神主となってからは、地元の考古学者を募り、境内の発掘を許可する事にした。
これについては反発もあったが、神主の歴史や神性さとは、日の目を見るからこそ、価値が出るという説得と、純粋に学術的見地によって、土地を発掘する旨を明確化させた考古学者達の努力が合わさり、発掘作業にまで漕ぎ着けたそうだ。
そうして始まった作業は、想像以上に上手く行ったそうだ。少し、地面を掘るだけで、そこには多くの土器や土偶が見つかる。地面を掘る深さに比例して、その数も多くなる。町の博物館にある、多くの発掘品の内、半分以上がこの神社から見つかった
当然、作業を行う考古学者の士気も上がって行き、作業も順調に進んだ結果、1月程で目当ての神宝を発掘する事が出来た。それこそが、あの隕鉄である。
それを発見した時の神主の興奮は、言葉で言い現せぬ程であったそうだ。語り継がれた物語を証明する物品というのは、いつの時代も、発掘者に喜びと興奮を与えてくる。しかもそれは、それ自体がどの様な物であったか、研究が進む中で、より一層の輝きを増す物であったのだ。
まさに神話の時代から受け継がれた物であり、それも星々の彼方から降って来た物質。神主は自分の行いが、まったく正しい事であったと考える様になり、発掘された隕鉄を、神社の御神体にする勢いであったという。
では、何故、今、御神体になるはずの隕鉄が博物館の所蔵品となっているのか。私がそれを聞くと、神主は夢を見る様になったからだと答えた。
その夢とは、まさしく、今、私を苦しめようとしている暗闇の夢であり、神主はさらにその先を見たのだと言う。
神主が言うには、あの隕鉄を見た者の内、隕鉄に強く惹かれる者が、あの夢を見てしまうそうだ。
これまでも何度か、それに悩む者が神社に訪れた事があると言う。その中でも、神主自身がより強く隕鉄に執着を持っている人物であったせいか、より鮮明に、暗闇の夢を見る様になったそうである。
私が、自分の夢の内容について話し、やはり神主もその夢を見続けたのかと聞くと、それはまだ始まりに過ぎないと返される。
今はまだ暗闇の中を彷徨うだけであるが、夢を見続ける毎に暗闇に目が慣れていくのだと。
そして神主は、暗闇の中で自分の体を見たと言う。それは、決して人間らしい体をしていなかったそうだ。
神主はだから隕鉄を手放したのだ。博物館へと夢の原因を移すために。あの夢を二度と見ぬために。
私は、神主に縋り付かんばかりに迫り、あの夢を見ぬ方法が無いのかと聞き出そうとした。私は、その様な夢の結末を見たくは無い。見ればきっと後戻りが出来なくなりそうだ。
神主は、夢を見なくする方法はあると語ってくれた。神主自身、隕鉄を手放した後も、あの夢に悩まされ続けており、なんとかその方法を探し続けたという。
結果、その方法を見つける事が出来た。神主は一度、部屋の襖を開けると、中から何か人形の様な物を取り出す。
それは、隕鉄と共に博物館で見た、不自然な人型土偶であった。神主曰く、これは神主自身の手で作った模造品であり、夢を見たという人物が神社に訪れた時のために、あらかじめ用意している物だという。
その不自然な土偶は、例の神話に残る、元々土地に棲んでいたという神を象った物であるのだそうだ。私は、その土偶を見ると気分が悪くなった。何故か何度かそれを見た覚えがある様な気がするのだ。いや、確かにあの博物館では一度見た事はある。しかし、それ以外の場所でも心当たりがある様な・・・。
私の葛藤を余所に、神主はその土偶を私に手渡し、それを神社の庭で、どの様な方法でも良いので壊せば、夢を見る事は無くなると話してくる。
神主もかつて、苛立ち紛れに隕鉄と共に発掘されたそれを壊した事で、夢を見る事は無くなったらしい。
私は、その土偶に感じる不快感も忘れて、それを手に取り、神主に言われた通りに庭にその土偶を叩き付ける。
土偶は地面へとパリンと言った音を残し、砕け散った。神主は、もう夢を見る事も無いだろうし、今回の事は忘れると良いと話し、私を神社の鳥居まで送ってくれる事になった。
そして、そのまま家に帰った後の夜は、もうあの夢を見る事も無かった。
夜が明け、朝が来ると、夢を見ていた時の目覚めの不快感も無く、私の心を落ち着ける事が出来た。冷静になって物事を見ると、あの暗闇の夢に、なぜあれ程の恐怖を感じていたのか、分からなくなりそうであった。
まるで、自身の体が別の何かに入って行く様な不快感。あの夢の見た後には、そんな感覚に襲われていた。それが恐怖と感じていたのだろうか。その感覚も、なんだか遠い物に思えて、恐怖も薄れて行く。
しかし、あの神主は、私以上にその様な感覚に襲われ続けていたのだろうか。想像もしたく無い事であった。
そう言えば、あの神社には疑問が残る。あの神主は夢を恐れていたはずなのだが、何故、今も発掘作業を続けている様な場所があるのだろうか。
隕鉄を恐れ、それを遠ざけたのであるならば、発掘作業を行うなどもっての外であるはずなのだが・・・。
彼は、まだあの神社で何かを探す気でいるのかもしれない。神社の下に眠る物、それは発掘された隕鉄以外にも、もう一つあるはずであった。
外から来た神によって倒され、祭壇ごと地面へと埋められた土地神。私は自身の想像が外れている事を祈る他無かった。
地面の下に不死の神居るなど考えたくも無いし、そんな神の意識が隕鉄を見た者の夢に現れるなどと言う妄想なんてそうそうに頭から払うべきなのだ。
しかし、それでも私の頭から離れぬ記憶がある。博物館の隕鉄でも、土地神の姿でも無い。
私の記憶に刻まれた物。それは、自身の苦しい思い出を語るはずの神主が、常に浮かべていた、陶酔に近い笑顔であった。